百二十話 状況変化
新しい全身ジャケットとヘルメットを付けて、東京ダンジョンへ。
今日は日曜日だったこともあり、電車の中は空いている。
だから俺のガイコツ頭と毛の生えたトカゲのような体という、特異な見た目に視線を送る人は少なくて済んでいる。
ちなみに、たまたま同じ車両に乗り合わせた、子供たちの反応は両極端。
片方は怖がって親の後ろに隠れ、もう片方は興味深そうに俺に近づこうとして親に止められている。
俺に近づこうとした子供の中には、今年の変身特撮ヒーローの名前を口にしていた子がいた。その子が、将来で特撮オタクになることを願っておいた。
東京駅に着き、東京ダンジョンへ。
その道すがら、今まで気にしていなかったが、何やら外国人の姿が増えたような気がした。
以前にも日本鎧姿の探索者を見に、外国の観光客が来てはいた。
俺が言いたいのは、その手の外国人ではなく、探索者らしき装備の外国人がいることだ。
外国人が日本のダンジョンに入ろうとすることは、とても珍しい。
なにせダンジョンは世界中にある。それこそ、どのような小国だろうと――バチカン市国とバチカン公国にすら一つダンジョンがあるぐらい。
だからダンジョンに入って稼ごうとするのなら、海を渡る必要がある日本に来る必要性が薄くなる。
疑問に立ち返り、ではどうして外国人の探索者らしき人の姿があるのだろうか。
考えられる理由は、一つだけ。
つい最近、日本の東京ダンジョンにいる探索者が、以前にないスキルを発現させたこと。
そこから連想するに、この外国人探索者たちは、新しいスリルを得る方法を探りに来たというところだろう。
そんな観察と考察を行っていると、件の外国人探索者の一人――ぱっと見で欧州系の大柄茶髪の男性が喋りかけてきた。日本語は喋れないのか、英語と西洋鎧を来た体によるボディーランゲージでだ。
俺はあまり英語が得意じゃないので、聞き取れた単語と身振りから推測するに、こう言っているんだろうと思う。
『なあ。その変な格好は、探索者のためのものか』
聞き逃した単語があるから、本当はもっと細かく聞いているんだろうけど、俺には理解できなかった。
俺はどう答えたものかと考えてから、待ち合わせ場所に目当ての人物が立っているのを見て、質問に答えなくていいと思い立った。
「そーりー。あいむ、びじー」
「OK。Sorry,about that。 Have a nice day」
とても残念といった身振りをする外国人探索者に別れを告げて、俺は待ち合わせ場所へと進む。
その場所に立っていた人物は、俺の方向に目を向けると、ギョッとした顔つきで目を剥いている。
俺が誰だかわかってない反応なので、声をかけることにした。
「インタビューする気がないのなら、東京ダンジョンに行っていいよな。江古田記者」
「えっ!? もしかして、カマキリ仮面さん!?」
「装備を買い替えたから、もうカマキリじゃないぞ」
「いや、それは見ればわかりますけど……」
江古田記者は、俺の全身を上から下まで眺め、下から上へともう一度観察する。
「で、インタビューはするのか、しないのか?」
「えっ、あ、はい! しますします。萌園さんが、新スキルのヒントをくれた人にインタビューしろって、編集長から言われているんで!」
聞き覚えのない名詞に、俺は首を傾げる。
「萌園? 誰だ、そいつ」
「えっ!? カマキリ仮面さんが助言したんじゃないんですか。あの新スキル、火魔法スキルの取得についてです!」
そこまで説明されて、ようやく誰のことだか理解出来た。
「あの魔法少女志望の魔女っ娘のことか」
「そうです。あの萌園さんです」
「あいつに助言ねえ。したといえば、そうなのかもな」
「本当なんですね。なら、そのときのことを詳しく聞かせてくれたらなと」
江古田記者の用件は分かった。
それならと、俺は腕組みした後で、ガイコツ頭ヘルメットの顎部分に手を当てる。
「語って聞かせてやってもいいが、俺への見返りは? 前の記事のときは、俺の宣伝になると思ったから、喫茶店の高いランチも奢ってやった。しかし今日は、俺のことじゃなくて、その萌園ってやつの話なんだろ。じゃあ、貰うもの貰えなきゃ、口が重くて仕方がねえなあ」
俺がイキリ探索者ムーブをかますと、江古田記者はあからさまなほどに狼狽える。
「えーっと、謝礼金なら少しは……」
「おいおい。いま第八階層まで迷っているような探索者だぜ、俺は。半日で軽く五十万円は稼げる。その時間を、そちらの都合で使わせてやるんだ。五十万円以上の謝礼金が出せなきゃ、俺が丸損じゃねえか?」
「そんなに払えません!」
「じゃあ、謝礼金に加えて、何か寄越せよ。五十万に足りない分を補填するぐらいの、何かをな」
俺が強請ると、江古田記者はなぜか自分の身体を抱きしめ始めた。
「だ、駄目ですよ。そういう子とはしちゃダメだって、言われているんですから」
どういう意味かは、俺も普通の大人の男性なので、察することができた。
「お前、かなり図々しいヤツだな。最高級ソープ嬢だって、一晩五十万円なんて稀だぞ」
「……どういう意味ですか」
「素人の立ちんぼなんぞ、一晩一万円ですら高いって言ってんだよ。そんなのが補填になんてなりゃしねえってんだ」
「お、乙女の純潔を、そんなのって!」
「うっせえ! そんなもん要らねえから、他のもんにしろって言ってんだろうが!」
そんな言い合いをしていると、頭ガイコツと普通の恰好の女性の組み合わせは注目を集めてしまったようで、周囲にいた人たちの目がこちらに向いていることに気付いた。
俺がしたいのはイキリ探索者ムーブであって、警察に厄介になるような犯罪者ムーブではない。
ここは軌道修正が必要だな。
「チッチッ! おら、インタビューすんだろ。どこでやんだよ、案内しろよ」
「人のことを要らないと言っておいて、舌打ち! それも二回も!」
「うっせえなあ! 本当にインタビュー取りやめにすんぞ!」
「だから、それは困るんですって! インタビューの場所は、ちゃんと決めてますから!」
俺と江古田記者は、それからもギャンギャンと喚きながら、インタビューを行う場所へと向かった。
俺は演技でやっていたんだけど、途中から江古田記者を言葉で弄るのが楽しくなってきたので、道中を楽しく過ごすことが出来たけどな。




