十二話 新武器
俺はいま、東京ダンジョン近くに建っている、ホームセンターの制作室にいる。
なにをしているのかと言うと、新しいL字頭の鉄パイプの製作と、レッサーゴブリンの砂を小型の坩堝で溶かすことをしている。
砂を坩堝で溶かすことは兎も角、どうして魔具のメイスがあるのに鉄パイプをまた作っているのか。
これから俺は、魔具のメイスを手に入れたので、普通のモンスターが出てくる場所で活動することになる。
その活動の際に他の探索者にメイスを見られると 俺は最も浅い層にばかり通っていたのに、どうして魔具のメイスを持っているのかと、疑問を持たれることだろう。
そしてその疑問から、最も浅い層の奥の隠し部屋に、確定で一日に一度五十万円程度の価格の魔石が出ることが、知られてしまう可能性が出てくる。
あの魔石の存在は、俺のアドバンテージの一つだ。
それを、みすみす手放すなんて真似はできない。
だから俺は、他の探索者の目を欺くため、メイスに進化した鉄パイプの代わりとなる、新しい鉄パイプを製作しているわけだ。
「坩堝で砂が溶けきるまでの暇つぶしに、工作は最適だしな」
誰にも聞こえない呟きを漏らしつつ、新たな鉄パイプを完成させた。
さて、坩堝の中はどうなっているかなと、坩堝の蓋を開けて中を覗いてみる。
開けた蓋から熱気が出てきて、思わず顔を背けてしまう。そして恐る恐る電気炉の中を見やると、真っ赤に熱された坩堝と、その中にある溶けた物体が目に入る。
どうやらレッサーゴブリンの砂は、溶け切っているように見える。
俺は耐熱手袋と鉄鋏を装備すると、鉄鋏で真っ赤になっている坩堝を炉から取り出す。そして急いで、砂の鋳型に坩堝の中身を投入した。
鋳型といっても、弁当箱ほどの大きさの鉄箱の中に、砂を敷いて板状の溝を掘っただけの安物だ。
単純にレッサーゴブリンの砂がどんな成分なのかを知るだけなら、これぐらいの装置でいい。
坩堝から出され、砂の鋳型の中で、溶かされたレッサーゴブリンの砂が空気に冷まされて固まっていく。
段々と冷え固まっていくと、赤かった表面が黒っぽく変化していく。
「なんとなく黒曜石に似ているか?」
電気炉が出せる温度でガラスが溶けたっけと疑問を抱きつつも、断熱手袋越しなら持てるようになるまで冷えたソレを手にする。
見れば見るほど、黒曜石にそっくりな見た目だ。
いや、よくよく観察してみると、都会の夜空にある星のように、少数の輝く粒が中に散らばっている。
この輝く粒があるのは、普通の黒曜石にはない特徴だ。
だがなんとなく、この素材特有の特徴というわけではなく、別の金属が入って輝いている気がする。
「別の金属だとしても、粒をより分ける手間をかけるほどの量じゃないな」
仮に粒をより集めても、耳かき一杯分にすらならない量しかない。
そんな手間をかけるよりも、これはこのまま使った方がいい。
なにせ溶かして固めただけとはいえ、ダンジョンで採れた砂を加工したものだ。
この素材に刃をつければ、モンスターに通用する武器になるに違いないのだから。
俺は目の細かいベルトサンダーを使って、素材の先端部だけを尖らせ、持ち手部分には麻紐を巻き付けて接着剤で固めた。
「万が一の護身用だし、こんなもんだろ」
用途は突き一択しかない武器ではあるが、なんとなく急所に刺さればモンスターを倒せそうな気がする。
俺は鉄パイプと黒曜石っぽい素材のナイフを手に、もう一度東京ダンジョンの中に戻ることにした。
これから探索するのではなく、次元収納の中に両方収めるために。
新鉄パイプを作った翌日の朝、俺は再び東京ダンジョンにやってきた。
そして黒い渦を通ってダンジョン内に入ると、昨日作った鉄パイプを次元収納から取り出した。
俺は鉄パイプを肩に担ぐと、探索者たちが歩く流れに従って歩いていく。
今まで通っていた左の脇道を通り過ぎると、他の探索者からギョッとした目を向けられた。
俺が最も浅い層に行かないことが不可思議、と言いたげな目だ。
「んだ!? ああっ?」
威圧の声を出すと、探索者たちの反応が割れた。
関わり合いになりたくないと目を逸らす人と、底抜けの馬鹿がようやく知恵をつけなと笑う人。
たぶん後者の人たちは、俺が最も浅い層のモンスターが何も落とさないことを、一ヶ月以上かけて学んだんだと思ったんだろうな。
俺は自身のオリジナルチャートに従い、その勘違いを増長させるための行動を取る。
「な、なな、なにを笑ってやがるんだ!」
まるで、人から笑われることに心当たりがあるような態度を装う。
すると探索者たちからの失笑具合が増した。
「ちくしょう、不愉快だ!」
俺はへそを曲げたという演技をしつつ、心の中ではしめしめと思っていた。
俺がこんな態度を取れば、他の探索者たちは『やっぱり最も浅い層には何もなかったんだな』という見解になる。
そう思ってくれた人が拡散すれば、魔石が確定出現の最も浅い層の通路の奥まで行くような人は現れないだろうしね。
そんな演技をしていると、右に二方向、左にニ方向の、計四方向の分かれ道が現れた。
探索者たちが、ぞれぞれの組に分かれて、それぞれの道を進み始める。
どうやらこの地点で、探索者たちは解散するようだ。
俺はどっちの道に行くべきかを考えて、最も浅い層へは左に曲がる脇道だったので、今度は逆に右側を選んでみることにした。
そして右の二方向のうち、手前側の道を選択する。
すると直ぐにまた分かれ道があり、真っ直ぐに進むか、右に進むかを選ぶことになった。
今日は試しに来てみただけだし、マッピングの用意をしてこなかったので、帰り道が楽になるよう直進を選ぶことにした。
それから先も、分かれ道がある度に、直進に近い道だけ選んで進んでいく。
そうやって少し歩いていくと、ようやくモンスターと出くわした。
「あれは、イボガエルだな」
浅い層から現れるようになる、座布団と同じぐらいの大きさを持つカエル型のモンスター。名前の通り、背中の部分に大きなイボが何個もあることが特徴だ。
攻撃方法は、飛びついての圧し掛かりと、長い舌を使った拘束だ。小型の武器だと舌で奪われて食べられてしまうこともあるらしいが、討伐さえすれば食べられた武器は戻ってくるらしい。
俺はそんな情報を思い出しながら鉄パイプを構え、イボガエルの様子を伺う。
イボガエルは、ちょこちょこと小さく跳んで近づいてくる。そしてある一定の距離まで近づいてきたところで、ぐっと身体を大きく沈ませる。
跳びかかってくると感じた直後、本当にイボガエルが跳躍してきた。
その跳躍の速さは、座布団の大きさとカエルの厚みのある姿から、修学旅行で行った枕投げの枕を、俺に思い起こさせた。
「その速度じゃあ、遅いな!」
俺は鉄パイプを大きく振るい、跳びかかってきたイボガエルの顔面へ叩きつけ、湿った毛布を叩いたような感触を感じながら、イボガエルを地面へ撃ち落とした。
そして俺は、イボガエルへの追撃で、鉄パイプを振り続ける。
「この、このこの、このこのこのこの!!」
鉄パイプで滅多撃ちにしていくが、全然黒い煙に変わらない。
どうやら、この鉄パイプのような簡易的な自作武器だと、浅い層に出る弱目のモンスターにすら通用し辛いらしい。
それでも俺が何度も叩いていると、ようやくイボガエルが黒い煙となって消え、イボカエルの革というハンカチ大の革が残った。
「くそっ、手古摺らせやがって」
鉄パイプ振るい続けたことで上がった体温を下げようと、自然と汗が吹き出てくる。
そんなイボガエルに苦戦した様子を晒した俺の耳に、俺の後ろについて来ていた探索者たちからの失笑が聞こえてきた。
「必死だったぜ、カエル相手なのによ」
「イボカエルは刀ならサックリ倒せるのに、自作の鉄パイプだとああも苦労するんだな」
そんな失笑の声に、俺は『気分を悪くした』という態度を作ると、イボカエルの革を拾って次元収納の中へ収めてから、通路を進むことを再開した。
俺を失笑した探索者は、次に現れた分かれ道で別々になった。
これで俺の周囲には探索者の姿はなくなり、次元収納の中から魔具のメイスを取り出しても、誰に見咎められることがなくなった。
「でも念のため、もう何回か分かれ道を進んでから使うようにしようかな」
別に、この鉄パイプで倒せないわけじゃないんだし、急いでメイスに持ち帰る必要もないだろうしね。