百十八話 余裕をなくして
岩珍工房の新しい革の全身ジャケットが出来上がるまで、一ヶ月。
この時間をどう使うかを考える。
「まあ、普通に第八階層の浅層域の通路の解明をやるだけだよな」
第八階層の通路は、第九階層へ至る順路付近以外は、ほぼ未解明になっている。
第七階層の深層域から宝箱の中身が更に良くなった感じがあるので、特殊な効果のあるポーションが出ても変じゃない。
「もし第八階層で不老長寿の秘薬が出たら、頼んだジャケットが無駄になるな」
なんて皮算用をするが、それは叶わない望みだろうなという予感はしている。
その予感が当たっていると示すように、日にちをかけて第八階層の通路の一つを解明し終え、宝箱を見つけて開けてみたが、中に入っていたのは握り拳大の魔石が一つだけだった。
「なんかダンジョンが宝箱を通じて、そんな甘いわけないだろって言ってきている感じがあるな」
俺はメイスの強化に魔石を使用した。割った魔石から出てきた光が、メイスに吸い込まれるが、やっぱり進化はしない。
結構な数の魔石を与えているけど、進化しないのは、やっぱり条件がまだ揃ってないんだろうな。
「倒している魔物の数が足りないのか、はたまたスキルレベルが達していないのか、それとも魔石の量が単純に足りていないのか」
そもそもの話、武器を二度進化させたなんて話は、ネットの情報には転がっていない。
ましてや三度目の進化となると、実際に達成している人がいるか怪しい段階だろうな。
まあ、気長にやるとしよう。
不老長寿の秘薬だって、簡単に手に入らないと見越しているから、時間は沢山かけられるしな。
そんな結論を出してから、俺は変わらずに第八階層の浅層域の全通路の解明に腐心した。
新しいジャケットは注文しているので、いま着ているジャケットを使い潰してもよくなった。
進んで破損させるような真似はしないけど、これまでよりも積極的に敵からの攻撃を寸前でよけるようにして、掠りダメージを肩代わりしてもらうことにした。
コボルドボマーを相手にする場合なら、今までは安全策をとって、爆弾をメイスで打ち返してから、コボルドボマーに接近していた。
けど今は、コボルドボマーが投げた爆弾の下を掻い潜るようにして、爆弾が爆発するより先にコボルドボマーの頭をメイスで潰すようにしている。もちろん、俺の背後で爆弾が爆発するので、爆発で散った細かな破片が背中側のジャケットを小さく傷つける。
オオムカデも、その毒は怖いが、ポーションで治ると分かっている。そして、ポーションの数は十八個と潤沢だ。十八回もの保険があるのだから、オオムカデは噛みつきに来たところをメイスで潰すようにした。既に一回迎撃に失敗してポーションを一つ消費し、そして使用後に治癒方術のリムーブっていう、病や毒や呪いを消してくれる存在を思い出して、無意味にポーションを消費したことに項垂れた。ともあれリムーブがあればオオムカデに噛みつかれることは怖くないので、むしろ噛まれながら頭を潰したりするのことを戦法に取り入れている。
ヒュージスケルトンについては、下手に大きく避けると倒すのに時間がかかるので、相打ちで攻撃してきた相手の手や足の骨をメイスで叩き折るなんてことをやっている。
そうした小さなダメージを負うことを許容しているため、いまのジャケットは日を追うごとにボロボロになっていっている。
どうせ買い替えるからと、手入れは続けていても補修することは止めているので、買い取り窓口の職員に心配される見た目になっている。
「本当に、怪我はないのですね?」
「俺が怪我をするわけないだろうが。つーか、防具がボロボロになるのは、敵からの攻撃を防いでくれた結果だぜ。だから、むしろ防具が新品同然の連中の方を心配してやったほうが良いんじゃないか? 安全マージン取り過ぎて、稼げてないんじゃねえかってな!」
俺がイキリ探索者ムーブをかますと、新品同然の見た目の鎧を着た一団が色めき立つのが見えた。しかし何かを言ってくることなく、東京ダンジョンのある方へ向かっていった。夕方から入るってことは、高校や大学の同級生か社会人の同僚ってところかな。
そんな観察をしていると、職員が再び声をかけてきた。
「月刊誌「ワライラ」の江古田という女性から、小田原様へのインタビューのお願いが来ておりますが?」
「俺を名指しでか?」
「いえ、カマキリ仮面様宛てにです」
「まあそうだろうな。あいつ、俺の名前知らないしな」
「……インタビュー、以前に受けてましたよね?」
「あのとき、あいつは俺の名前を聞かなかったんだよ。だから記事にある俺の名前が書けなくて、カマキリ仮面なんてケッタイな仇名で書きやがったんだよ。酷いと思わねえ?」
「カマキリの仮面をヘルメットに着けている探索者は、小田原様だけ。唯一無二なのですから、構わないのであはりませんか?」
「いやいや。装備変えて、カマキリの仮面じゃなくなったら、その仇名じゃ都合悪くなるだろうが」
「装備を更新する際に、カマキリの仮面を使用し続けるというのはどうです?」
「この仮面、第四階層のモンスタードロップ品だぞ。より性能の良い仮面ドロップ品がでたら、そっちに乗り換えるっての」
そんな雑談を交わした後、俺はインタビューについて少し考えた。
「そうだな。少し先なら、受けてもいいな。具大的に言うなら、一か月後ぐらい先ならな」
今日で、岩珍工房に言った日から一週間ほど経っている。
つまり今日から一ヶ月後は、俺が新しいジャケットを受け取り、ジャケットが着慣れて小慣れるのに十分な時間が取れるってことでもある。
頭装備の仮面についても、既にヒュージスケルトンのレアドロップ品であるドクロの面を入手済みなので、新しいヘルメットを作る事だってできるからしな。
俺がそう予定を立てていると、職員は深いことを聞かないまま了承してくれた。
「では、そうお伝えしておきますね」
「頼んだ。でもまあ、インタビュー自体なくなるかもしれねえけどな」
「それはまた、どうしてです?」
「俺以外にも、今までの攻略法から外れた行いをする新しい探索者が出始めているんだ。そっちを取材した方が有意義だろうからな」
俺が以前に会話をした魔女っ娘と、その連れ合いのモンク青年。
あの二人が入手した新スキルが大々的なニュースになり、今や後追いで魔女や格闘家の格好をしている人が増えていた。
得に金銭的に余裕がなくて探索者に成ることを諦めていた人たちが、どうにか格闘着だけを工面する金を用意して、格闘着姿でダンジョンへ徒手空拳で挑むなんて事例もでてきているというネット情報もある。
雑誌に載せる記事としては、一度載ったことのある俺へのインタビューよりも、新時代の探索者といえる彼らの方がインパクトのある記事になるはずだ。
そんな真っ当な常識を、イキリ探索者を演じる俺が言うわけにもいかないので、適当な理由をでっち上げて口に出す。
「雑誌のインタビューなんて、半日から一日潰れるってのに、はした金にすらならねえ取材料しか貰えないしな。俺のように稼げている探索者は、インタビューを受けるだけ損ってなもんだぜ」
「雑誌に度々載ったら、それだけで有名になれるのではありませんか?」
「俺は、名より実を取るタイプなんだよ。有名になったところで、金がなくて腹を空かせてるようじゃ、意味ねえだろうがよ」
「えっ、名誉欲がないんですか?」
不思議そうに問い返してきた職員の反応を見て、イキリ探索者ムーブに失敗したと悟った。
普通に考えて、他人にイキリ散らす探索者は、自分をより良く見せようとする、名誉欲の権化だろうしな。
仕方ない。軌道修正しよう。
「勘違いすんな。人々の賞賛ってのは、俺ぐらいになると周囲から自ずと出てくるもんなんだよ。雑誌に載ったって自慢を語ったところで、寒いだけだっての」
受け取る名誉を選んでいるということにすると、職員の疑念は払拭されたようだった。
とりあえず誤魔化せたことに安堵して、俺はドロップ品の換金した代金を受け取るための整理券を受け取って買い取り窓口から離れることにしたのだった。