百十七話 再びの岩珍工房
東京駅から新幹線に乗り、京都駅で乗り換えて、奈良駅へ。
駅近くのレンタカー屋で荷物を多く載せられるワゴン車を借り、奈良ダンジョンに入って中で次元収納から納品用のドロップ品の革をリアカーに出し、ダンジョンの外へ。
ワゴン車の中に荷物をいれて、再び奈良ダンジョンに入り、リアカーを次元収納の中へ戻す。
その作業をしてから、いざ岩珍工房へ。
小一時間ほどのドライブの後、俺はワゴン車から下り、岩珍工房の受付へと向かった。
「すみません! 連絡してあった、小田原旭ですが!」
少し声を大きくしながら呼びかけると、パタパタと足音がして、十代半ばの少女が受付に現れた。
以前と同じで、黒髪ボブヘアでスレンダー体型なその少女は、パッと顔を明るくする。
「welcome! 小田原さま! お待ちしておりました!」
手放しに歓迎する態度に、俺はデジャヴを感じる。
以前もこうやって歓迎してくれたんだっけな。
「こんにちは。東京ダンジョンの第八階層で取れる革――双頭犬の敷物と盾恐竜の革を持ってきたんで、納めてください」
「はーい。この革も、防具として使うってことで、大丈夫ですか?」
「ああ、そうしてくれると助かる。その他の革も、少しだけある。第八階層へいくために第六、第七階層の順路の中で狩ったモンスターのドロップ品だから、あまり数はないけどね」
アルマジロ鱗革、オーク革、装甲ワニの革、オーガの毛革のコート、浮遊サメの革を五、六枚ずつ納入した。
「わー。ありがとうございます。小田原さまのお陰で、在庫が潤って作業が捗ってますよ」
「海外から注文するお客さんの場合だと、防具を作る際の革を持ち込んでくれないんだっけ?」
「革って重くて嵩張るんで、どの国の探索者さんたちも集めてこないことの方が多いみたいで」
「同じ重量と体積なら、換金率の良いドロップ品のみを拾いたいのは、稼ぎにダンジョンに入っている探索者の気持ちとしては正しいからね」
久々に喋り相手にイキリ探索者ムーブをしなくてよいので、会話が楽だ。
そして岩珍工房の娘さんはお喋り好きみたいなので、お互いにポンポンと会話が弾んでしまう。
会話の止めどころを失っていると、岩珍工房の主である岩見珍斎が現れた。
「おい、喋ってないで、新しい防具はどうするのかを話し合わないか」
「あ、そうだった。じゃあ、小田原さま、こちらの資料をどうぞ」
娘さんが差し出してきたのは、厚みの少ないレポートのような、端をホチキスで止めた紙束だった。
何が書かれているのかと目を向けると、最初のページには俺が今まで納入してきた革の一覧と、それらの一般的な買い取り額の総額が書かれていた。
そしてその総額が、俺が岩珍工房に預けているプール金ということになる。
「一、十、百、千……おお、百万円を越えてるのか」
「五階層以降の革は、なかなかに出回らないので、納入してくれた感謝から少し上乗せしてますので」
「それで、俺の新しい革の全身ジャケットを作るとして、制作代金はこれよりも高くなりそう?」
俺の質問に、娘さんが俺の持つレポートの紙を捲る。
そこには、防具用の革の全身ジャケットの大体の概要と、使用する革のグレードによる価格差が書かれていた。
それによると、最上級の革を使う場合は足が出るようだ。
「ん? 最上級品だと、俺が納入した覚えのない革の名前が書かれてる?」
「はい。伝手を辿って、どうにか手に入りそうな素材の中から、一番上等なものを載せてます」
「じゃあ、俺が納入した革だけ使う場合だと、どのグレードになりそう?」
「そうですねえ。最上級から、二つぐらい下がった感じです」
娘さんの示す部分に改めて目を向けると、プール金が少しだけ余るぐらいの制作代金が書かれていた。
俺はどうするべきか考える。
岩珍工房が揃えられる最上級の革を使った防具は、とても良い物になるに違いない。
長く使うことを考えるのなら、最上級一択だろう。
しかし俺が買うのは、消耗品といえる防具だ。
最上級の革を使った防具であっても、使い続ければ草臥れてボロボロになる。
適度に買い替えることを考えるのなら、自分で入手できる革を使用した防具の方がいいんじゃないだろうか。
俺は考えをまとめずに、質問してみることにした。
「これに載っている最上級の革って、どのぐらいの階層のドロップ品?」
「十一階層の革です。身体から炎を噴き出している牛のモンスターのですね」
俺がいま八階層で、九、十、十一と階層を進めばいいだけだな。
十階層が壁だけど、突破出来たら、件の牛の革はすぐに手に入る素材ということになる。
今回革ジャケットを新調しにきた際に突破した階層の数を考えると、十一階層に入った前後にもジャケットを買い替えるのが良い時期ってことになるはずだ。
その段階になったら、最上級っていう革は腐るほど手に入れることが出来るだろう。
なら、ここで伝手を頼って手に入れられる程度の量の最上級の革で防具を作るより、俺が十一階層に踏み入って大量に集めた革でジャケットを作ってもらった方が、より良い作品が出来るんじゃないだろうか。
よし、俺の腹は決まった。
「じゃあ、俺が持ち込んだ革で、新しい全身ジャケットを作ってください。」
「それで良いんですか?」
「これから作るジャケットが物足りない階層まで進んだら、そのときはまた革を持ち込んで新しいジャケットを作りにくるんで、大丈夫です」
「自分で狩ったモンスターのドロップ品で、防具を作りたいってことですか。探索者らしい拘りですね」
上手い勘違いなので、あえて否定しないことにした。
「革を納入したし、作ってもらうグレードは確認したから、次は俺が使い続けたジャケットを見てもらうのがいいかな」
バックパックに入れて持ってきた、全身ジャケットを広げて提出する。
娘さんはジャケットを受け取ると、憮然とした顔になり、岩見珍斎を手招きする。
岩見珍斎もジャケットを間近で見て、顔を大きく顰めた。
「おいおい、なんだよ、この無様な見た目は」
「モンスターに切られちゃった傷を、革の端切れとかで貼り付けて修理したんですよ」
「それは見たらわかるが、それにしてもなあ。探索者ってのは、みんなこんな風に防具を直して使うもんなのか?」
「他の人は知らないですけど、少なくとも俺は、補修して使える分には直して使い続ける性分ですね」
「防具も安い買い物じゃないから、事情はわからなくはない。手入れ自体はこまめにやってくれていたようだから、その点については問題ない」
岩見珍斎は、ジャケットにある大小の傷を撫でる。表面を革を張って補修している部分は、裏地から手を当てて傷の程度を確認している。
「予想以上にモンスターの攻撃力が高そうだな。防具の革の厚みを増やしても構わないか?」
「どのぐらい重くなるんでしょう?」
「倍――といいたいところだが、五割増しぐらいで抑えようとはする」
ダンジョンでモンスターと戦い続けてきたので、俺の身体は鍛えられてきている。
多少ジャケットの重量が上がったからと、身動きが悪くなるということはないだろう。
「それぐらいなら、大丈夫ですね」
「それならよし。作る防具の想定ができた。あとは体型の測り直しだな。以前と体格が見ても違うとわかるからな」
「はーい、小田原さま。メジャーで測りましょう」
俺は岩見親娘の二人係で、身体のあちこちのデータを測り取られた。
「出来上がりは、何時頃になりそうですか?」
「うーん。一ヶ月ぐらいは見ておいて欲しい。時間をかける分、出来は保証する」
「一ヶ月ですね、分かりました。それで、本当に代金はプール金で賄っちゃって良いんですね?」
「構わない。そっちの方が、お互いにとって得になるだろうからな」
革とジャケットの物々交換の方が、事務作業的に楽ということだろうか。
よく分からないけれど、岩見珍斎がそれで良いというのなら、良いと言うことにしよう。
俺は制作依頼書を書き、少しデザイン面でやりとりを行った後、岩珍工房を後にした。




