百十四話 ヒュージスケルトン
第八階層の浅層域の分かれ道に差し掛かり、俺は第九階層へ続く順路から外れた道を選んで進む。
すると程なくして、ヒュージスケルトンに出会った。
全長三メートル、俺の背丈の約1.7倍の体長のあるスケルトン。
初めて見るからか、予想よりも実物が大きいように感じる。
「デカい骸骨って妖怪がいたよな。たしか、がしゃどくろ、だったか?」
俺が昔に見た妖怪アニメの情報を引き出そうとしていると、ヒュージスケルトンが近づいてきた。
股下のコンパスが長いからか、ゆっくり移動しているように見えるのに、俺との間にある距離がみるみる減っている。
「デカいだけの相手なら、戦いようはある」
現実でもアニメでも、こういう大きい相手は初っ端に脚部を攻撃することが鉄板の攻略法だ。
そう考えて近づこうとして、俺がメイスの距離まで近づくより先に、ヒュージスケルトンが自身の腕を打ち払ってきた方が先だった。
どうやら攻撃の間合いは、俺よりもヒュージスケルトンの方が広いようだな。
ヒュージスケルトンの掌は、俺の上半身を覆えるぐらいの大きさがある。
まともに食らったら痛そうなので、俺は地面に伏せるようにして、ヒュージスケルトンの打ち払いを回避した。
俺の頭上を通り過ぎる際に、ヒュージスケルトンの手が空気を払う音が聞こえ、その大きな音に回避を選択して良かったと胸を撫で下ろす。
「下手にメイスで受け止めてたら、壁まで吹っ飛ばされていたかもしれないな」
自分がした回避の判断に自画自賛を送りつつ、俺は立ち上がってヒュージスケルトンの足元へと急ぐ。
すると今度は、ヒュージスケルトンの片足が持ち上がり、俺に向かって蹴りを放ってきた。
サッカーボールを蹴るときのように、一度足を後ろに引いてから前に送り出す蹴りだ。
その予備動作の大きさから、俺は攻撃がくるより先に横へ回避していたので、蹴りを食らうことはなかった。
これで二度の攻撃を回避できたのだから、今度は俺の攻撃の番だ。
「おりゃああああああああ!」
メイスを力強く振るい、ヒュージスケルトンの脛骨を横から叩いた。
人間の骨は横からの衝撃に弱いと聞いたことがある。なら人間と同じような骨格をしているスケルトンも、同じ弱点を抱えているはず。例え、骨格の規模が大きくなろうと、それは同じはずだ。
そんな俺の予想に反して、ヒュージスケルトンの脛骨を打った際に帰ってきた手応えは、まるで金属を思いっきり叩いたかのような硬いものだった。
「うぎッ!?」
殴った衝撃がモロに持ち手に戻ってきて、俺は手に痛みと痺れを感じた。
思わずメイスを取り落としそうになるが、気合を入れて手を握り締めることで、どうにかメイスを手放すことを阻止した。
しかしメイスに伝わった衝撃で俺が動きを止めてしまったことで、ヒュージスケルトンの攻撃の番が来てしまう。
ヒュージスケルトンは拳を握ると、下から掬うような軌道で拳を動かし、俺の胴体へ目掛けて殴りつけてきた。
俺はヒュージスケルトンの間近。回避する余裕はない。
仕方ないと覚悟を決めると、メイスを盾にしてヒュージスケルトンの攻撃を受けた。
ヒュージスケルトンは、その名前の通りに、デカい動く骸骨だ。その身体は骨しかない。
肉がないぶん体重も軽いはず。
それなのに、俺が攻撃を食らった瞬間の感想は、高速で移動してきた自転車にぶつかった様だというもの。
軽自動車に追突されるよりは衝撃が少ないが、しかし確りと手痛い衝撃が俺の身体を貫いた。
「ぐあッ!」
俺は口から悲鳴を上げながら後ろに吹っ飛び、受け身を取り損ねて地面を転がった。
転がり止まった先で、どうにか立ち上がろうとする。だが、転がった所為で三半規管に狂いが出てしまっている。
こんなに足元が覚束ないと、回避行動するのに支障が出る。
それでも回避と防御を行って身体の回復を待つのか、それともあえて自分から攻撃しに行くのか。
俺がどう行動するべきかを悩んでいる間に、ヒュージスケルトンが近づいてきていた。
悩む時間は、もうない。
「チッ。仕切り直しだ!――治癒方術、フォースヒール!」
アンデット系モンスターに特攻の治癒方術をぶつける。
今までのアンデット系モンスターは、これで一撃で倒せていた。
今回もそれを期待しての使用だったのだけど、ヒュージスケルトンはフォースヒール一発では倒れなかった。
ヒュージスケルトンは治癒方術を食らった影響で、肋骨と片腕をバラバラと地面に落としながらも、その他の無事な部分で俺に攻撃してきた。
まさか治癒方術を耐えるなんてと驚きながら、俺は再びメイスを盾に使って防御する。
ヒュージスケルトンの蹴りと、俺のメイスが衝突した。
先ほどの状況を踏襲するのなら、俺は再び吹っ飛ぶべき場面だ。
しかし今回に限っては、そうはならなかった。
ヒュージスケルトンの蹴りの威力が、俺が耐えきれるぐらいまで弱まっていたのだ。
「どうやら、一発で倒せなくても、大幅な弱体化をさせることは出来るらしい、ぞっと!」
俺は今の状況を確認する呟きを出しつつ、メイスでヒュージスケルトンの足を攻撃した。
さっき攻撃したときは、まったく効かなかった攻撃。
しかし今回は、メイスでスケルトンの脛骨を叩き折ることに成功した。
片足を折られて、ぐらりと倒れるスケルトン。その頭蓋骨は、ちょうどメイスが届く位置まで下がってきている。
「うううりゃああああああ!」
気合一発入れ直し、俺はメイスをヒュージスケルトンの頭蓋骨に叩きつけた。
こちらも先ほどの脛骨と同じように、メイスで楽に砕くことができた。
そして頭部が割れたことが致命傷になったようで、ヒュージスケルトンは薄黒い煙と化して消えた。
ヒュージスケルトンのいた場所に現れたのは、土嚢のような、重そうに膨らんでいる麻袋が一つ。
麻紐で閉じられている口を開いて中身を確認すると、白と灰色が混ざった粉が詰まっていた。
「これは、骨粉だな。卵を生む鶏の餌や、復元生産している骨灰磁器の材料としての需要があるんだったか」
都市伝説的な噂では、カルシウム錠剤の原料にしているとかいうのもあったけど、こちらは眉唾だろう。
しかし、ヒュージスケルトンっていう大きな強敵と戦って勝って、得られるのが袋一杯の骨粉とは。
次元収納を持つ俺だから良いが、他の探索者だと袋に入った骨粉なんて荷物でしかない。
「普通の探索者なら、文字通りに骨折り損だな」
確認のためにスマホで第八階層浅層域の地図を呼び出してみると、やっぱり通路の大部分が探索されていない。
コボルドボマーの爆弾の脅威度と、ヒュージスケルトンの骨の硬さ、そしてそれらのドロップ品がどちらも袋で嵩張るという、重量比に対する換金率の悪さ。
まだオオムカデが残っているが、コボルドボマーとヒュージスケルトンの特徴とドロップ品を見るだけでも、探索者がこの階層で稼ぎに来ようとはしないだろうと分かってしまう。
「で、探索者が来ないから、モンスターと出くわす機会が多くなるわけだよな」
俺が進もうとしていた通路の先に目をやると、新たなヒュージスケルトンの姿があった。
俺は一呼吸入れて気持ちを引き締めると、今度のヒュージスケルトンは治癒方術なしで倒してみようと試みることにした。