百十三話 コボルドボマー
東京ダンジョンに入るための待機列で、スマホでネットの情報を漁る。
例の魔女っ子が火魔法スキルを入手したことが、全世界で話題になっているようだ。
検索ブラウザのトップ記事はもちろんのこと、動画サイトで魔女っ子と関係なさそうな人たちが火魔法スキルについて語るという内容の動画をバンバンと上げている。
この加熱っぷりを見て、俺が治癒方術と基礎魔法のスキルを秘密にした判断は間違ってないと確信した。
こんなに注目が集まってしまっては、例え俺が仲間は要らないと言ったところで、押しつけがましく仲間に成りたいという人が多数押し寄せてくるだろうからな。
もし他人が近くにいる状況が続いたのなら、俺は不老長寿の秘薬を他人に横取りされる可能性すら潰したいので、しばらくダンジョン探索を休まなければならなくなったことだろう。
「まあ、そうはなってないから良しとしよう」
俺はスマホを革の全身ジャケットの内側に仕舞う。その際に、ジャケットの様子を確かめる。
様々な場所を素人修理していて、随分とボロボロだ。
ヘルメットを脱いで状態を確認してみると、こちらもかなり傷が目立つ。
これはもう、買い替えの時期に来ているのは間違いない。
それでも、まだもう少しぐらいは無茶がききそうだから、第八階層の探索の途中までは使用可能だと思いたい。
そんな考えを巡らせながら、俺はダンジョンの出入口から第六階層へと直接入り、次元収納からメイスを取り出すと第八階層を目指して歩き始めた。
第八階層へと進み、本格的な探索を再開する。
第八階層に出てくるモンスターは、コボルドボマー、オオムカデ、ヒュージスケルトン。
さて最初に出くわすモンスターはなにかな。
そう思いながら通路を歩いていると、コボルドの姿が通路の先に見えた。
以前に見かけたコボルドと違うのは、大きな袈裟懸けのカバンを持っている点と、犬っぽい手に手袋をしている点だ。
俺が様子を伺っていると、コボルドボマーは、その名前が付けられた理由である爆弾を、袈裟懸けカバンの中から取り出した。
その爆弾は、なんというか、とてもレトロイメージな形をしていた。
黒色で丸っこく、鉄片からは火縄のような導火線が垂れている、そんな形だ。
コボルドボマーは、爆弾の導火線の先をグローブを付けた手で握る。
すると直後に導火線の先に火が付き、シュワシュワと音を立てながら、どんどん爆弾近くへと火が近づいていく。
火が付いた爆弾を、コボルドボマーは両手で持ち直すと、両手での下手なげで俺の方向へと放り投げてきた。
俺は導火線が燃えるスピードと、導火線の残っている長さをすぐに確認し、まだ爆発まで時間の猶予があることを理解する。
そこで俺は、自分から投げられた爆弾へと近づき、メイスで爆弾を叩いて、コボルドボマーの方へと打ち返した。
打ち返された爆弾は、コボルドボマーの胴体へ命中した。コボルドボマーは引き返してきた爆弾に当たった衝撃で、仰向けに倒れている。
コボルドボマーは倒れた状態から起き上がろうとして、自分の目の前の爆弾の導火線が燃え尽きそうな長さであることを認識したようだった。
大慌てで爆弾を自分の近くから退かそうとしたが、あまりにも焦っていたために爆弾を持とうとした手を滑らせた。
再び拾うまでの猶予はなかったようで、コボルドボマーの間近で爆弾は爆発した。
ハズレは爆竹ぐらいで、大当たりは本物の手榴弾ぐらいの爆発があるという。
その爆発の幅を考えると、今回のコボルドボマーの爆発は小当たりぐらい――爆発の威力で少し身体が傷つくぐらいの爆発力だった。
「威力がまちまちなのは、対処の仕方に困るな」
これが爆竹ぐらいの威力で統一されていたのなら、爆弾の威力に怯えずなくて良かった。
逆に手榴弾ぐらいの威力で統一されていたのなら、明確な対処法を確立して戦うという安全策がとれた。
しかし威力がバラバラだと、とりあえず安全策を取るしかないが、爆発が弱いものに大して全力で対処してしまったときは徒労を感じてしまうだろうな。
「爆竹ぐらいの威力の爆弾を、全力で避ける。傍目からしてみれば滑稽だろうなあ」
きっとパーティーを組んでいる探索者たちの場合は、仲間内でゲラゲラ笑われることになる事案だろう。
そして下手に意気地を出してコボルドボマーの爆弾を避けないと決めると、そういう時に限って最大威力の爆弾を引き当てるのが、人生の法則というものだろうしな。
「とりあえず、メイスで打ち返しても爆発はしないのは分かった」
俺は、自爆して目を回しているコボルドボマーの脳天を、メイスで叩き潰した。
コボルドボマーは薄黒い煙と化して消え、その代わりに片手に乗せられるぐらいの小袋が中身が詰まった状態で現れた。
袋の口を開いて中を覗いてみると、真っ黒な粉があった。
「コボルド火薬――見るからに黒色火薬だな」
いまどき黒色火薬なんて、花火で使うかどうかの古臭いものでしかない。
需要なんてなさそうだけど、ちゃんと買い取ってくれるんだろうか。
黒色火薬の材料は、炭と硝石と硫黄。異世界転生や転移のラノベでは、よく出てくるレシピだから覚えてしまった。
炭も硝石も硫黄も、現代社会では珍しいもんじゃないから、高値がつきそうには思えない。
「現実の火薬とは違う材料で作られていて、それで高値で買ってくれるとか?」
もしそうなら、どんな材料で作られているか気にはなるが、俺は爆弾を使う気はないから興味は押し殺すことにしよう。
次元収納の中に火薬の入った小袋を入れ、通路を先へと進むことにした。




