百十一話 ちょっとした疑問
第七階層の深層域の探索は、順調に進んでいる。
もうすでに何本かの通路の端まで辿り着き、そこに宝箱や隠し部屋がないことは確認済みになっている。
そんな探索の中で、他の探索者たちが次の階層への順路で戦闘している光景を見る機械があるのだけれど、その際に疑問に思った。
身体強化スキルを使っている割に、膂力が弱くないか?――という疑問をだ。
俺の次元収納スキルの倍率を元にするのなら、身体強化スキルもレベルアップすれば二倍から八倍の力を発揮できるはず。
仮に最低倍率の二倍だったとして、レベル一で常人の倍、レベル二で四倍の膂力を発揮するのなら、超人的な力強さになるはずだ。それこそ肉体教科系の漫画のキャラみたいに。
しかし現実に戦っている人たちは、確かに普通の人を越えた動きはしているが、人間を辞めているような暴力的な動きはしてない。
探索者たち一人一人の強さと俺とを比べると、俺よりちょっと強いぐらいなんじゃないかって思えるぐらいだ。
探索者たちの動きを観戦しながら、極めて小さな声で疑問を口にする。
「あっちは多人数なので、経験値が分散して俺よりもスキルの成長が遅くなり、スキルレベルが二か三しかないと仮定する。それでも出力が弱すぎないか?」
身体強化スキルの出力が低い問題として、考えられるのは三パターンだ。
一つ目は、身体強化スキル自体の強化倍率が低い場合。俺は二倍は最低あるだろうと予想したが、実際はレベル一で二割増しとか三割増しとかぐらいなんじゃないだろうか。
二つ目は、身体強化スキルの倍率は次元収納スキルと同じだが、身体に負担がかからないようリミッターが働いている場合。身体強化で身体を壊したら、元も子もないからな。
三つ目は、身体強化スキルの強化具合が、使用者の筋力量に依存している場合。例えば、握力十キロの人が身体強化スキルで握力二十キロになったとしても、成人男性の平均握力に比べたら弱いままだ。そういった具合に、使用者の筋力の低さが、出力の低さに現れているんじゃないかという考察だ。
俺が直感的にありそうだと思うのは、二つ目か三つ目。もしくは、その両方が適応されているんじゃないかだ。
使用者の筋力が低いから出力が低くなり、筋肉の強度が低いから筋肉を壊さないようリミッターが働いて更に出力が低くなっている。
そう考えると、身体強化スキルの探索者たちの動きの悪さに説明がつく。
「それに使用しない筋肉は衰えるっていうしな」
身体強化スキルで膂力を底上げすると、その分だけ人間の身体は楽さを覚えるだろう。
そして人間の身体は、不要な筋肉があればカロリーの節約のために削減しようと働くという。
そういった点を考えると、探索者たちがいくら戦闘を行っても、身体強化スキルで肉体的な疲労が薄くなることで肉体の成長が阻害されているんじゃなかろうか。
つまるところ、身体強化スキルの特性と、探索者の肉体の成長のなさから、身体強化スキル持ちの攻撃が弱くなっているんだと思われる。
「……ま、俺には関係ない話だな」
俺は身体強化スキルを持ってないから、身体強化スキル持ちが強かろうと弱かろうと、どうでもいいこと。
未だ誰も発見していない、不老長寿の秘薬。それを手に入れるためには、むしろ他の探索者は弱い方が良い。
他の探索者が手をこまねいてくれるのなら、未探索の場所にあるお宝を、俺が手にする増えることに繋がる。それは攻略が停滞している最前線のその先にも適応される。
「というか、身体強化スキル持ちと膂力に差がさほどないって、俺の肉体ってかなり鍛えられているのでは?」
探索者になる前に比べて、今の俺の肉体は筋肉質になっている。
しかしどれほど強い肉体になっているのかは、ちゃんと確認していない。
「ダンジョン探索を終えた後に、ちょっと確認してみるか」
俺はこの日、探索を終えてドロップ品を売却し終えると、売り上げ金を持ってスポーツ用品店がある東京柄駅前のデパートへ。
スポーツ用品の店で、筋トレグッズの場所に行き、様々な重さがあるダンベルを手に取る。そして重さを確かめるフリをして、次々にダンベルを試して、どの重さでどの程度筋力に負荷がかかるかを調べていく。
重量固定のダンベルで十キログラムを越えても、俺の腕は楽々とダンベルを上下できている。
ならと、『無理だと感じたら持つのをやめてください』や『ゆっくりと置いてください』という注意書きが置いてある、三十キログラムの可変式ダンベルに手を伸ばす。
流石に重たくて身体が傾いてしまったが、それでもダンベルを上下に動かすことは出来た。
「意外と筋力がついていたんだな」
俺は感慨深く思いつつ、ダンベルをゆっくりと元の位置に下ろした。
そして次は、サンプル品として置かれていた、電子式の握力計を手に取った。
高校生時代に計ったときは、だいたい四十キロ前後だった覚えがある。
今はどれぐらいだろうと思いながら、取手の位置をツマミで調整してから、右手で思いっきり握りしめてみた。
「ぎっ、ぐっ」
力の入れすぎで声が漏れたけれども、握力を完全に発揮できたという感じがあった。
表示はと見てみると、なんと六十三キロと出ていた。
では左手はと試してみると、こちらは五十九キロ。
この握力の数値は、ネット情報によると、リンゴを潰せるようだ。
「メイスを振り回していただけで握力がコレだから、なら他の部分の筋肉も」
学生時代には考えられないほど、筋力が上がっているんだろうな。
もしかしたら、下手なボディービルダーよりも、身体が鍛えられているんじゃなかろうか。
そしてそんなに筋力があるからこそ、平均的な肉体で身体強化スキルを持っている探索者と俺とが同じぐらいの戦闘力なんだろうな。
やっぱり筋力か。筋力は全てを解決するわけだな。
しかしそれにしてもだ、探索者に成ってまだ半年も経ってないのに、この筋力の増加具合は異常ではなかろうか。
「もしかして、ヒールかリジェネレイトの効果か?」
治癒方術のヒールの効果は、即時の肉体修復。リジェネレイトの効果は、時間経過による肉体の回復だ。
モンスターとの戦闘で疲労した肉体が治る際、筋肉が肥大成長するという超回復が起こっていたのなら、俺の異常な筋力増加に説明がつく。
使用頻度を考えると、ダンジョン探索中は常にかけるようにしているリジェネレイトの方が、より筋力増加に貢献しているんだろうな。
そんな治療方術の効果はともかく、俺の肉体がかなり鍛え上がっていることは、持ち上げられたダンベルの重量と握力計の数値からも確かだ。
そしてより身体をダンジョンで鍛えるためには、基礎魔法に頼るんじゃなくて、極力メイスでモンスターを倒したほうが良い。
でもまあ、怪我をしたら元も子もない。自分の中で安全が確保できていると思う状況なら、基礎魔法を使わないようにするぐらいが適当だろうな。
自分の筋力の調査も終わったので、デパート内にある電気屋に寄ってスマホの最新機種を冷やかしで眺めてから、家に帰ることにした。




