百六話 浮かぶサメ
補修痕の目立つ革の全身ジャケットを着て、今日も東京ダンジョンへ行く。
今日からは第七階層の深層域で活動を始める。
東京ダンジョンの出入口から第五階層へと入り、第七階層への順路を進む。
途中現れるモンスターをメイスで駆逐してドロップ品を回収もする。第七階層までの良い肩慣らしの運動になる。
そうして目的地に着いたのだが、出くわしたモンスターを見て、俺は目を丸くする。
「事前情報で知ってはいたけど、本当にサメが空中を泳いでいるぞ」
体長二メートルほどの、サメとしては小柄な体格で、これぞサメっていう形をしている。
普通のサメと違うのは、額、両胸ヒレ、尾ビレ、そして腹部に、浮遊ゴーレムのドロップ品だった浮遊する石が一つずつ埋め込まれている点だろう。
たぶん、あの石のお陰で中に浮いていられるのだろうけど、水のない空中で呼吸はどうしているんだろうか。
「サメの一部は、陸上でも呼吸できる種類がいると聞いたことあったような?」
サメじゃなくて魚だったかもしれない。
そんなうろ覚えの知識を頭の奥へと押しやって、俺はメイスを構える。
空中を泳ぐサメは、俺が構えるのを待っていたかのように、こちらに向かってきた。
空中を泳いでいるからか、尾びれの一振りで、俺のすぐ目の前までやって来てくる。
「怖ッ!?」
乱杭歯がズラリと並んだ口が目の前で開かれる。俺はその迫力に驚きつつ、咄嗟にしゃがみ込む。
俺の頭上を、噛みつきに失敗したサメが通り抜けていく。
その通り過ぎざまに、しゃがんでいる俺の身体に尾っぽの一撃を入れてきた。
バシッと肩口を叩かれて、俺は座り込んでいたこともあって、横にコロリと転がってしまう。
俺は転がった状態から慌てて立ち上がり、メイスを構え直す。そして尾っぽで叩かれた場所に目を向ける。
「ゲッ。擦過傷が……」
尾っぽで叩かれた場所が、おろし金で強く擦られたように、細かい傷が一方向についていた。
そういえばサメの皮って、ワサビを擦るおろし金に使われているんだったっけか。
「このサメ肌だと、こちらの武器や防具の耐久度が削られそうだ」
防具ならまだしも、日本刀のような刃がある武器を使ったら、一回斬り付けた途端に刃が削れてナマクラになりそう。
つまり、この空中を泳ぐサメが他のモンスターと組んだ際の役割は、乱杭歯による噛みつき攻撃と、体当たりによる探索者の体勢崩しと、サメ肌で防具を削ることだな。
「日本の探索者は日本刀装備の連中ばっかりだから、逆に、このサメの倒し方は沢山でてきたけどな」
よほど日本刀の刃を削られた人が多かったんだろう。刀をナマクラにされた恨みをぶつけるように、ネット上ではこのサメの楽な倒し方が何種類も載っていた。
その多くは鱗が柔らかい腹に刃を突き刺せって助言だったが、鈍器に適用できる倒し方を紹介する内容もあった。
「このサメは、浮遊石で空中で浮いている。だから、その石を一つでも壊してしまえば、浮力に影響が出る」
俺はネットの攻略情報を思い出しながら、メイスを振るって、迫ってきていたサメの頭部にある石を砕いた。
サメはメイスの衝撃によって、頷くように頭を下げる。そこに浮遊石が壊されたことで浮力が失われ、重力に頭が囚われる。
その結果、サメはでんぐり返しするように、空中で引っ繰り返った。
俺は素早く横にステップし、上から来た尾っぽを避けつつ、再びメイスを振り上げる。
サメはでんぐり返った後、頭が重くて体勢が直せない様子で、仰向けの状態だ。
俺は振り上げていたメイスを振り下ろし、腹部にある浮遊石を叩き壊した。
これでサメの頭と胴体の浮力が失われ、逆に胸ヒレと尾ヒレに浮力が残ったままになる。
その結果、まるで見えない人が両胸ヒレと尾ヒレを持って上げているかのような、その三点だけが中空に浮き上がった状態になった。
サメはバタバタと暴れるが、頭と胴体が重力に囚われ、胸ヒレと尾ヒレが浮かんでいる状態だと、その場から動くことができなくなるようだった。
「これで無力化できたな」
俺はメイスを再び振り上げ、サメを殴打する。そして薄黒い煙と化すまで、延々とメイスを叩き込み続けた。




