百十三話 五匹一組は厳しい
第七階層の中層域の解明は、俺がモンスターたちと戦い慣れるにしたがって、より奥へと進めるようになった。
三匹一組の区域から、四匹一組の区域で戦えるようになった。
さらに未探索通路の奥へと試しに進むと、そして以前にしていたように、五匹一組でモンスターが現れる区域になっていた。
そこで俺は、手荒い洗礼を受ける羽目になった。
いま俺が戦っているモンスターの内訳は、多脚連弩が二匹、鬼が二匹、火鴉が一匹。
鬼二匹が前衛に立ち、火鴉が空から陽動し、多脚連弩が後衛から矢を射かけてくる。
モンスターの役割分担については、特に驚くべきことはない。
では何が『洗礼』だと感じるかというと、その戦い方だった。
「マジかよ!? 味方の被害無視し始めたぞ、こいつら!?」
多脚連弩が矢を装填する度に狙いもそこそこに発射してきて、その矢が何度も鬼の身体に掠っている。
火鴉も、俺と鬼とが戦っている間に入ってきくるので、翼から出る火の粉が鬼の顔に降りかかっている。
あっ、いま火鴉の翼に、多脚連弩の矢が刺さって、火鴉が地面に落ちた。
「同士討ちしてでも、俺を殺したいってことかよ!」
モンスター側の気持ちとしては、こんな場所まで来れる探索者を犠牲なしに倒せるはずがないんだから、あらかじめ犠牲を許容した戦い方をしようってところなんだろうな。
その覚悟は見事だけど、探索者としては歓迎できない心意気だ。
「ああもう、面倒だな!」
多脚連弩へ、あえて魔力球を放つ。空中を進む魔力のボールを、矢への壁にするためだ。
そうして多脚連弩からの援護射撃を数秒間停止させている間に、鬼を一匹だけでも倒してしまいたい。
「って、お前らも蹴り主体で戦ってんじゃねえよ!」
鬼二匹は徒手空拳なのは相変わらずだが、俺と距離をとって蹴りを主軸に攻撃していきている。
これは多分、拳の間合いで戦うと、多脚連弩からの援護射撃の邪魔になると理解しての行動だろう。
しかし蹴りを中心に戦う気でいるのなら、こちらもやり様はある。
俺は一撃食らう覚悟を決めながら、メイスを振り上げる。鬼の中段回し蹴りを横腹に食らうが、足を踏ん張って吹っ飛ばないよう耐える。そして、振り上げていたメイスを、鬼の地面に着けている方の足目掛けて振り下ろす。
鬼は蹴りで片足を上げているため、軸になっている方の足を攻撃から逃がすことはできない。
俺が振るったメイスが鬼の足に命中し、肉を潰す感触と骨にヒビが入る手応えがあった。
片足がダメになった鬼が尻餅をつくように倒れる。
「ぐふっ。リジェネレイトで回復できるっていっても、蹴りを受けると痛えんだぞ!」
そこに追撃し、鬼の頭をメイスで叩き潰した。
しかしその攻撃の終わり際に、横から鬼が俺に低空タックルを食らわせてきた。
「ぐあッ――」
体格と体重に差があるため、俺はあっけなく地面に押し倒されてしまう。
この状態は拙いと起き上がろうとするが、鬼に肩を抑え込まれて起き上がれない。
それどころか、鬼は大口を開けて、俺に噛みつこうとしてきた。
門歯も犬歯も尖っている鬼の歯をヘルメット越しに見ながら、俺はメイスの柄で鬼の口を防いだ。
「へへっ。急所を晒してくれてありがとうよ。魔力弾」
俺はメイスの柄と鬼の口の間に親指を滑り込ませると、その親指の先から魔力弾を放った。
鬼の口の中から後頭部へと魔力弾が貫通し、俺に多い被さっていた鬼は薄黒い煙となって消えた。
二匹の鬼を退治したので、この寝転がったまま一息つきたい気持ちだが、まだモンスターは三匹残っている。
そして止まった状態では居られないのは、多脚連弩の矢の装填が終わる音が聞こえてきたことからも分かった。
少しは休ませて欲しいものだと思いながら、俺は横へと転がる。
俺がいた場所に二本の矢が突き刺さる音を聞きながら、俺は回転した勢いを利用して勢いよく立ち上がる。
回転して少し三半規管が狂いが出ているが、多脚連弩へ走り寄る分には問題ない程度だ。
俺は勢いよく走り出そうとして、横が明るくなるのに気付く。
ハッとして明るい方向に顔を向けると、片翼に矢が刺さった火鴉が、地面から飛び上がった勢いで俺に飛びかかって来ていた。
片翼が傷ついているから飛び続けることは無理だが、片翼でも地面から飛び立つぐらいはできるらしい。
「邪魔だ!」
俺は咄嗟にグローブを着けた手で、火鴉を撃ち落とす。
火に炙られた革の臭いが鼻にくるが、気にしていられる状況じゃない。
俺はメイスの十字架ヘッドを胸元に来るように構え直し、ようやく多脚連弩へと走り出した。
火鴉への対処で少し時間を使ってしまったので、多脚連弩の次弾が装填されるまで辿り着けるか微妙な時間しか猶予がない。
俺は急いで走り、矢を放たれる前に、一匹の多脚連弩を打ち壊すことに成功する。
しかし猶予はそれで終了だった。
もう一匹の多脚連弩は装填を終えて、俺を至近距離で狙い撃った。
俺は身を捻って、矢をどうにか回避した。しかし回避しきれずに、矢の先が革のジャケットの上を擦過する音を耳にした。痛みはないため、被害はジャケットだけで済んだようだ。
「まだまだ大事に使う予定なんだぞ!」
攻撃を終えて無防備な多脚連弩を、メイスで叩き壊す。
その後、地面の上で翼を広げて飛びかかろうとしてきていた火鴉も、メイスの攻撃で倒した。
「はあはあ。あー、怖かった……」
俺は荒ぶる息を整えつつ、矢の攻撃を受けた部分に目を向けつつ手も当てる。かなり深い切れ込みがあるように見えるが、どのぐらいの深さは手袋越しじゃ分からなかった。
俺は手袋を取って、改めてジャケットの傷の具合を確認する。
傷が底まで貫通しているわけじゃないが、革の厚さの三分の二を切り裂かれている感じだ。
この傷を放置したら、この部分からジャケットが裂けそうな気がする。
「とはいえ、糸と針なんて持ってないしな」
俺はどうしようかと考えながら、次元収納の中身を確認して、なにかいいものがないかを探る。
「うーん。素人修理すると岩珍工房に怒られそうだけど、仕方がない」
俺は、第一階層の最浅層域にある隠し部屋から得た投げナイフ、防具ツナギの補修用として入れっぱなしだった接着剤、浅層域を通過する際に戦った装甲ワニから得たワニ革を出す。
ジャケットの傷がある部分に接着剤を薄く延ばして塗布し、ワニ革を傷が隠せる大きさにナイフで裂いて接着剤を付けた場所へと貼り付けた。
俺は出したものを次元収納に仕舞うと、補修した場所を手で押さえつけて接着剤が乾くのを待つ。
「モンスターは来るなよ」
そう念じながら、倒したモンスターのドロップ品を回収していく。
大半は通常ドロップ品だったが、ジャケットに傷を受けた見返りかのように、火鴉のドロップ品は魔石だった。