百九話 他の探索者も頑張ってる
俺は第七階層の中層域を進むにつれて、モンスターたちが探索者を殺しに来ていると、ヒシヒシと感じるようになった。
多脚連弩は壁や天井に貼りついて、こちらの視界外からの遠距離攻撃を仕掛けてくる。
火鴉は常に顔を狙って飛んできて、こちらの呼吸器を焼こうとしてくる。
鬼は、その膂力こそが驚異的で、攻撃一発で軽く人間を吹っ飛ばす。
そんなモンスターたちが連係して探索者を襲ってくるんだ。ハッキリ言って、恐怖でしかない。
「よくよく考えてみたら、浅層域のモンスターたちも、連係したら強かったっけ」
ゴブリンヒーラーが他の魔物を回復し、装甲ワニが噛みつきの攻撃力と装甲の防御力で圧倒し、歩く大茸が胞子による探索者の妨害を行う。
探索者側が正しい対処をできなければ、あのモンスターたちも十二分に強敵だ。なにせゴブリンヒーラーに治される装甲ワニを延々と倒せないまま、大茸の胞子で毒状態になり、死ぬ可能性だってあるしな。
「そう。明確に、戦術で殺しにきているよな」
この第七階層では、モンスターの相性を考えて、出る場所を配置している感じがある。
それこそ、探索者に『仲間の役割の相性は重要だぞ』と教えるかのようにだ。
「でも大体の探索者は、身体強化スキルによるごり押しで対応しているんだよな」
いまいる場所は、第七階層中層域のモンスターが二匹一度に出る区域――つまり他の探索者がいても不思議じゃない場所。そのため俺は、治癒方術と基礎魔法のスキルを他者に隠すため、他の人の気配がないか気を配りながら歩いている。
そうした用心をしていたことで、進んでいる通路の先に、他の探索者が戦っていることに気付いた。
少し音の方に近づいていくと、そこにはモンスターが二匹と戦う、他の探索者たちの姿があった。
その五人の彼らは、兜周辺にまとわりついてくる火鴉を無視し、五人で一斉に鬼へと刀を振るっている。
いや、振るっているって表現は正しくないな。囲んで攻撃する構成上、同士討ちを避けるために、突きを多用して戦っているしな。
鬼は前後左右から刃で突かれ、腕や胴体に関係なく穴だらけ。その怪我の具合は、未だに致命傷はないみたいだけど、遅かれ早かれ急所に刃が届きそうな感じがしている。
そんな傷だらけの鬼を助けるべく、火鴉は探索者の頭を狙って嘴で突いたり火を纏う翼で叩いたりしている。
しかし探索者たちは意に介さずに、ひたすらに鬼を集中攻撃する。
そうしている間に、どうやら鬼の傷ついては内臓まで刃が達したようで、鬼は薄黒い煙と化した。
鬼という強敵を排除した直後、探索者の一人が頭の近くにいた火鴉を腕に纏った籠手で叩き落とした。そして頭を狙って踏み付ける。
火鴉の踏まれた頭から骨が折れる音が聞こえ、そして火鴉は薄黒い煙と変わった。
「なるほど。火鴉の対処のしかたは、叩き落としてから頭を踏めばいいのか」
俺は小声を放つことで、新たな気づきを頭に記憶させた。
俺が感心する一方で、探索者たちは日本兜を脱いで火鴉に炙られた装甲の表面を掌で撫でている。炙られたことで剥離してしまった塗料を払い落としているようだ。
そして探索者たちは、鬼が落とした毛皮のコートと、火鴉が落とした炭の両方ともを、自身たちの背嚢の中へと収める。
その姿を見て、俺は意外に感じた。
毛皮のコートは、今から少し先の季節が冬であるから、需要があって売れるため、回収するのが分かる。
しかし炭の方は、電気式の暖房が有り触れている現代では、需要があるとは思えない。
俺のように次元収納スキルを持っているのならまだしも、普通の探索者が持ち運べる重量には限りがある。
大した値段が使いないはずの嵩張る炭を、わざわざ持っていくのは道理に合わないと思う。
どうして回収するのかという疑問はあるが、探索者たちがわざわざ回収するからには、それなりの値段で役所が買い取ってくれることは間違いないはずだ。
俺が役所に炭を売り払う際に、どこに売却する予定の炭なのかを聞いてみることにしよう。
そう俺が予定を決めていると、先ほど戦っていた探索者たちが俺の方向――第七階層の出入口へ戻る方向に歩いてきた。
その背中にある大容量のバックパックがパンパンな様子を見るに、ドロップ品の回収量が限界に達したため、ダンジョンの外へ出るみたいだな。
イキリ探索者っぽく見られるよう、堂々とした態度で片手を上げる挨拶をしながら、俺は探索者たちとすれ違う。
そのすれ違いざまに、この探索者たちのバックパックの容量を、ざっと目算してみた。
全部足しても、次元収納のレベル二と同程度の容量しかなさそう。
このぐらいの容量だと、鬼の毛皮のコートと火鴉の炭を集めたんじゃ、あまり良い収入にはなりそうにない。
どうせならバックパックの容量一杯まで、多脚連弩がドロップする小さな魔石を集めて売った方が、収入は高くなりそうなものだ。
でも、鬼、火鴉、多脚連弩のうち、どれが一番の難敵かといえば、壁や天井に貼りついて遠距離攻撃してくる多脚連弩だろう。
その多脚連弩を狙って狩り続けるとなると、怪我を負うリスクは、他のモンスターを狙って戦うよりも明らかに多くなる。
そして怪我を治すには、俺は治癒方術があるけれど、普通の探索者はポーションか自然治癒しか方法がない。
怪我をして戦えなくなれば、探索者は金を稼ぐことができなくなる。
「極力怪我のリスクを回避しつつ稼ぐには、鬼と火鴉のドロップ品も捨てられないってことかもな」
ダンジョンに稼ぎに来ている人は大変そうだなと思いつつ、俺は通路の奥へ向かって歩くことを再開したのだった。