十一話 一歩前進へ
有意義な休日を経て、俺は再び東京ダンジョン通いを再会した。
そして、最も浅い層の道を奥まで進んで帰ってくる行動を三日続け、その後に一日休日を取ることに決めた。
そんな四日で一つのサイクルを、十回繰り返した。
都合一ヶ月以上も最も浅い層でしか活動していない俺は、東京ダンジョンで活動する探索者の中で噂される人物となっていた。
俺が演技でしていたイキリ探索者な様子も合わさって、口先の英雄様なんて呼ばれているらしい。
なんとも不名誉な仇名だが、悪評を広める役にたつ。
だから俺は、『英雄』という部分だけ知ったという態度を作り、イキリ演技中に一度は「俺は英雄だぞ!」という決め台詞を言うことに決めた。
この調子づいた様子が更に失笑を読んだようで、他の探索者たちから『馬鹿英雄様(笑)』蔑まれるようになった。
そんな風に順調にオリジナルチャートを進めていたのだが、ここで更に嬉しいことが起こる。
十サイクルも繰り返して、ようやく鉄パイプが吸収し続けた魔石による存在進化を果たしたのだ。
そのときは突然で、割った魔石から出てきた輝きが鉄パイプに入り込んだ直後に、鉄パイプ全体が輝きだした。
「これは、いよいよか!」
俺が喜色の声を上げて、輝く鉄パイプを見ていると、その輝く形が変化していくことに気付く。
L字だった先端が『凸』のような三方向に分かれる形になり始め、持ち手部分にはグリップらしき造形が生まれていく。
やがて輝きが納まると、俺の手にあるものは鉄パイプではなくなっていた。
全体で見ると、下部分を長くした『十』の形をしている、総鈍銀色の金属の塊だ。
先端部分は『凸』状で、手持ち用の金槌のヘッドを三つ組み合わせたような形になっている。
得の長さは鉄パイプの時と同じで、持ち手部分には金属バットのような革が巻かれている。
「これは戦槌? いや、戦根かな?」
鉄パイプから進化したメイスを、試しに振るってみる。
使い心地は以前と変わらないが、なんとなく振るった手応えに力強さを感じる。
これは戦いで試してみるしかないと、俺はダンジョンの出入口へ向かいつつ、出会うモンスターに使用してみた。
すると、ただでさえ弱かった魔物が相手だと、このメイスで撫でただけで倒せてしまった。
「なるほど。立派に魔具になっている。これで、チャートを前に進められる」
この最も浅い層にある道の奥で、一日一度確定で魔石を手に入れることが出来ることが分かったのは、やっぱり幸運だった。
本来のオリジナルチャートでは、普通の強さのモンスターを倒して金を貯めて、それで魔石を購入して鉄パイプを強化する予定だった。
こうして鉄パイプが進化したメイスを入手したことで、だいぶ時間短縮ができたし、資金の節約にもなった。
「これで、あと必用なのは、スキルの進歩ないしは進化だな」
スキルの進歩。そしてスキルの進化。
どちらも似たような言葉だが、意味合いは大きく違う。
身体強化のスキルを持っていた場合を例にしよう。
スキル進歩だと、身体強化のスキルの効力が上昇するだけだ。もちろん効果が高まるので、より重い物を持てたり、速く動けたり、疲れにくくなったりすることができるようになる。
そして進化の場合だと、身体強化のスキルが消えて、別の新しく強いスキルになったり、身体強化のスキルはそのままに新たなスキルを得たりする。
既存チャートによると、身体強化のスキルが消えた場合は『闘気』スキルになることが多く、別のスキルが手に入る場合だと『剣撃』や『槍突』などの使用武器の補助スキルが手に入りやすいようだ。
この進歩と進化について、ダンジョンが出来てから二年の間、探索者たちの間でどちらが良いかは議論が続いている。
けど、その決着はついていない。
スキル進歩という単純に強化される方が、今までと同じ感覚でモンスターと戦えるという主張は最もだし、スキル進化で強いスキルや新しいスキルを得た方が後々により活躍できるという主張にも頷ける。
そしてスキルが進歩した後で、更にスキル進化を起こした方が、とても強いスキルが手に入る傾向にあるという意見だってあったりする。
既存チャートの場合だと、仮にどちらか選べる状況なら、進歩の方を薦めている。
単純にスキルを強化するだけなら、今まで苦労していたモンスターに勝てるようになるだけの変化しかない。
しかし進化で強力な新スキルに変えたりや武器系の補助スキルを手にした亜場合、そのスキルに慣れるまでの時間が必要になる。そして、その習熟期間はより安全に配慮してモンスターと戦う必要ができてしまう。
そも、その新スキルや補助スキルが、本当に有用なスキルなのかは、実際に使ってみたり使ったデータがなければ判別できないのも問題だ。
身体強化のスキルを進化させて得た新スキルが、とんだ産廃スキルだった場合、その探索者の戦闘力はがた落ちになってしまう。そうなっては今まで組んでいた連中と組み続けることができなくなり、新たな仲間を探すか引退するかを迫られることになる。
そうしたリスクを負わないためにも、冒険心を出さずに、スキルは進歩だけさせておけばいい。
それが既存チャートにおける判断だ。
「俺の場合は、進化や新スキル入手の方が歓迎だけどな」
次元収納スキルは、進歩させると、内容量が増えるだけ。
逆に進化させた場合の例は、俺が調べた限り、存在していない。
だから次元収納スキルを消失する代わりに手に入る強力なスキルとはなにか、または新たに入手するスキルが何なのか、とても興味を引かれる。
「でもまあ、スキルの進歩も進化も、普通の強さのモンスターを倒すようになってから起こるものだろうしな」
少なくとも俺のオリジナルチャートでは、最も弱いモンスターを倒し続けたら起こるものだと予定していない。
「スキルの事は横に置くとしても、次元収納に入れているレッサーゴブリンの砂もコップ一杯ぐらいの量になったみたいだし、鋳溶かしてみて、何の砂なのか調べてみないと」
ミドルマウスの砂とメルトスライムの片栗粉も同じぐらいの量が入っているけど、塩も片栗粉もスーパーで買えるから、あんまり意味がないんだよな。
とりあえず砂と塩と片栗粉は、ダンジョン内でそれぞれビニール袋に入れてから、ダンジョンの外に持ち出すことにしよう。
「ダンジョン外でもスキルが使えたら、わざわざビニール袋に入れる手間がいらないのに」
そんな愚痴を呟きつつ、俺はダンジョンの出入口へ向かって歩いていった。