百八話 急に殺意が高くないか?
第七階層の中層域の未探索通路を調べるため、俺は奥に進もうとしていた。
その中で、浅層域とは違って、探索者の数がそれなりにいることに気付いた。
しかし不思議なことに、その探索者たちはモンスターが一匹だけと二匹同時に現れる区域の際ぐらいの場所に集まっている様子だった。
どうしてかと観察していると、その理由が分かった。
探索者たちはモンスターを二匹同時に相手にした後、すぐに一匹だけでる区域に戻ってくるようにしているみたいだ。
そんな手間とも安全策とも取れる行動をしているのには、モンスターの手強さが理由だろう。
「くそっ! 弩虫の処理を手間取ったから!」
「ポーションを使うのは足の傷口を圧迫止血してからだ! その方が早く治る!」
「燃えるカラスを斬って、刀の刃が熱でやられてナマクラになっちまってる!」
「撤退中に出くわしたオーガ。あれに噛まれた肩盾に穴が開いてやがる。高かったんだぞ、この鎧」
モンスターが一匹だけでる区域に退避してきた探索者たちの口から、怪我の処置の指示とモンスターへの愚痴が出ている。
その声を聴きつつ、俺は彼らの横を通り過ぎて、通路の奥へと進んでいった。
そして十二分に離れたところで、そっと息を吐く。
「ここら辺に来るような探索者でも、あんな大怪我をするんだな」
しかし、出てくるモンスターの種類を考えると、仕方がないとも思える。
この中層域に出るモンスターは、俺が戦ったことのある多脚連弩、あとは火を纏うカラスこと火鴉と、二メートルほどの背丈で筋骨隆々な赤い肌をした鬼。
その三種の組み合わせによっては、探索者にとって嫌な戦いをしてくるのは予想がつく。
「火鴉の燃える体に目を奪われている隙に、壁や床の上から多脚連弩が矢を射かけてくる。もしくは鬼と正面切って戦っているときに、火鴉が顔に飛んできたり、多脚連弩が援護射撃したり。どちらであっても、対処が難しいよな」
考えるだけでも厭らしいと感じるのに、実際に戦う段になったらもっと困ったことになる予感がする。
しかし、このモンスターたちを突破しないことには、未探索通路を解明して宝箱を発見することは出来ない。
まだ世界中のどこでも発見されていない不老長寿の秘薬を手に入れるためには、一つ一つの通路の解明とモンスターの対処をクリアしていかないと、きっと手が届かない。
だから、こんな場所のモンスターに尻込みしているようでは、駄目だよな。
俺は決意を新たにすると、視界の先にいたモンスター二匹――火鴉と鬼の組み合わせに挑むことにした。
火鴉と鬼の二匹のうち、火鴉が先に空中を飛んで俺に近づいてくる。
この燃える翼を羽ばたかせる光景を日本画にしたら、八咫烏を想起させる神々しさになることだろう。
しかし現実の俺の目から通すと、熱気を放つ厄介な鳥でしかない。
「それに鴉って、こんなに大きかったか?」
翼を広げて飛んでくる火鴉は、翼の端から端が一メートルはあるように見える。
近くで詳しく見た経験がないので、こんなに大きかったかと疑問を抱くものの、こんな大きさだったかもしれないとも思ってしまう。
ともあれ、この火鴉に対処しないといけない。
火鴉が俺の顔を目掛けて飛んできているのを見ながら待機し、俺に衝突する寸前で、メイスをコンパクトに素早く振るった。
小さく振るため威力は落ちてしまうが、確実に火鴉にメイスを当てるため仕方ない。
俺が振ったメイスは、火鴉に当たる。その瞬間、翼から火が散った。
俺は頭にフルフェイスのヘルメットを付け、全身を革のジャケットで覆っている。だから散った火ぐらい、大した影響はない。
しかし、もし面当てをしていない鎧武者が対処したのなら、散った火が顔に当たって熱い思いをしてしまうことだろうな。そして熱いと感じて顔を背けてしまえば、折角打ち据えた火鴉を追撃する機会を失ってしまうことに繋がるはずだ。
俺はそんなことはないからと、メイスで叩き落とした火鴉に止めを刺そうとして、俺は追撃を躊躇った。
火鴉を踏んで動きを止めてから、メイスで叩き潰そうとした。
しかしブーツで燃える鴉を踏んだ場合、どの程度の時間ならブーツの靴底が耐えられるか不明だ。
そんな戸惑いから追撃を行わずにいる間に、単純に叩き落としただけの火鴉は平気な様子で地面から飛び上がってしまった。火を纏う翼から火の粉を振りまくなんてオマケ付きで。
俺が火鴉を再び撃ち落とすべく考えを巡らそうとして、そんな時間がないことを悟る。
いつの間にか、毛皮の道着を来た赤い肌の鬼が近くまで来ていたからだ。
第四階層に出てきた小鬼を大人に成長させたような見た目は、筋骨隆々な二メートル大の人型の生き物な部分も手伝って、かなりの威圧感がある。
俺が火鴉から視線を移したのが分かったのか、鬼は口元を笑みの形に曲げると拳で殴りかかってきた。
俺はメイスの柄で拳を受け止めたが、まるで高速のバイクにぶつかられたかと思うほどの衝撃が、メイス伝いに俺の身体にやってくる。
「ぐあッ!?」
思わず大きな呻き声を上げながら、俺は大きく後ろへ飛ぶ。殴られた衝撃もあるを殺すために、自分から後ろに飛んだんだ。
だけど思ったより鬼の膂力は高かったようで、俺の予想以上に大きく後ろに弾かれてしまった。
「おいおい。浅層域のモンスターより、明らかに一段も二段も強敵だぞ。同じ階層なのに、急に殺意が高くないか?」
俺は愚痴を零しつつ、メイスを改めて構える。
そしてモンスターたちに注意を向けつつも、周囲に他の探索者がいないかも探る。
どうやら近くに他に人は居ないらしい。
それなら、スキルを大盤振る舞いしても良いな。
「それじゃあ――魔力弾」
俺は片手をメイスから離すと、火鴉を掴もうとしているような形で伸ばす。そしてスキル名を呟いた直後、その手指五本の先から魔力弾が次々に発射された。
火鴉は空中を翼で打って退避しようとしたが、回避しきる前に二発の魔力弾によって胴体と片方の翼を貫かれた。
翼の方は兎も角、胴体の貫通は致命傷だったようで、火鴉の翼から火が消えた後に全身が薄黒い煙と化した。
片方のモンスターを倒せたことで、これで状況はだいぶ楽になった。
しかし仲間のモンスターを急に屠られたのにも関わらず、鬼は俺へ戦意を向け続けている。
「少しは戸惑ってくれたら、その怖い顔にだって愛嬌を見出すことができるってのにさ」
俺は愚痴りつつ、鬼との正面対決に挑む。
俺の得物はメイス。対する鬼の得物は自身の四肢。
俺がメイスで殴りかかると、鬼は片腕で防御してからもう片方で殴り掛かってくる。
俺は拳を受けて後ろに下がらされるが、逆に下がった分を助走に活用して、メイスで渾身の一撃を叩き込む。
鬼は片腕では受け止めきれないと判断して、両腕でメイスの攻撃を防いだ。そのとき、俺の手には、鬼の腕の骨にヒビが入った感触が伝わってきた。
相手は無敵じゃないと分かり、俺の心に余裕が生まれる。
しかしその余裕を潰すように、鬼は自身の足を大きく振り回してきた。
回し蹴り、と気付いたときには遅かった。
俺の横腹に鬼の蹴りが命中し、横の壁へと吹っ飛ばされた。
「――ぐっ。治癒方術、ヒール」
俺は蹴られた場所をヒールで回復させる。この頃はダンジョンにいる間はリジェネレイトとかけ続けているのだけど、リジェネレイトの持続的な回復じゃ、鬼の蹴りの威力を回復させるのに時間がかかり過ぎてしまう。
なにより痛みで動きが鈍るのは、この鬼相手じゃ悪手に過ぎるからな。
すっかりと横腹の痛みが消えたところで、改めて鬼と対峙する。
俺が治癒方術で回復しきった一方で、鬼の方は腕の骨にヒビが入った影響が出ていた。骨にヒビが入った方の腕にある拳が、握れないようなのだ。
「手札を一つ潰せたと思ってもいいはずだけど」
しかし俺の攻撃はメイス一本。鬼の攻撃は片手と両足の三つ。
手数の差は如何ともしがたいものがある。
「頭を潰せば勝てるだろうけど、そんな急所を当てさせてくれるような優しい敵じゃないしな」
どうするか一秒考えて、俺は行動を決定した。
「うおおおおおおおおおお!」
あえて雄叫びを上げながら、俺はメイスを最上段へと振り上げて鬼へと突進する。
掲げ持ったメイスと俺のガラ空きになった胴体へと、鬼が目線を交互に向けるのが見えた。
そして鬼は、俺が治癒方術で回復したのを思い返し、相打ち狙いだと予想を付けたんだろう。メイスを受け止めるために、防御の構えを取った。
確かに俺の目論見としては、鬼に胴体を攻撃させる引き換えに、その頭部にメイスを叩き込むことを予定していた。
しかしそれは、予定の一つでしかない。
鬼が防御しようと動いた場合の、第二のプランは用意してある。
「おりゃあああああ!」
俺はメイスを思いっきり振り下ろす。
鬼は急所である頭を防御しようと、両腕を上にかざす。
しかし鬼は気付いていないようだった。
俺の振るうメイスが描く軌道が、真上から真下へと通るものではなく、斜めの位置から逆の斜め下へと向かうものであることを。
この攻撃の狙いは、鬼の頭を殴りつけることじゃない。
鬼にそう思わせることで、鬼の意識を上半身に集め、真の狙いである鬼の太腿への攻撃を悟らせないようにすることだ。
俺の狙いは成功し、駆け寄りながら思いっきり振ったメイスは、鬼の左太腿を斜め上から打ち据えた。
メイスの十字架ヘッドの角から鬼の腿の筋肉の内へと衝撃が伝わり、そして骨太であろう鬼の腿の骨が折れる音が聞こえた。
この太腿への攻撃は、鬼にとって本当に予想外の一撃だったのだろう。頭を守っていた腕の中で、驚いた顔つきになっていた。
俺は鬼の表情に気付いたが、それに構う暇はないと気を引き締める。
そして足の骨が折れて片膝立ちになった鬼へと、メイスの乱打を浴びせかける。
相手は動けないんだ。反撃を受ける可能性は低い。
攻め続ければ勝てる!
「うりゃああああああああああ!」
体力の続く限り、リジェネレイトで回復する分も費やして、俺はメイスを振るい続けた。
鬼は両腕で防御し続けたが、振るわれるメイスによって腕の骨や筋肉が破壊されたのだろう、段々と防御する手の位置が低くなっていく。
やがて鬼の両手は使い物にならくなり、鬼の頭部が防御から露出した。
俺はその頭へ目掛け、メイスを振り下ろした。
分厚い金属の層を叩いたような感触がして、反射で伝わってきた衝撃で手が痺れた。
メイスのヘッドが鬼の頭骨の硬さで防がれてしまったかと思ったが、ちゃんとこの一撃は致命傷になっていた。
鬼はボロボロな身体が薄黒い煙と変わり、やがて消えた。
鬼が居た場所には、虎柄の毛皮のコートが落ちていた。
「死闘の報酬が毛皮のコート一枚っきりとは」
俺は試しにジャケットの上にコートを羽織ってみたが、冬に着るには良さそうだという印象しか抱けない。
「火鴉の方は、昔話にでてくるような、縄で縛った炭か」
グローブ越しに炭を触ってみると、かなり柔らかい炭なのか、触った部分が崩れるかと思う手応えが返ってきた。
「叩き合わせるとキーンってなるのが良い炭って聞くからな。この炭は、あんまり良い炭じゃなさそうだな」
もし火鴉のドロップ品の炭を打ち合わせたりしたら、ぐしゃっと潰れてしまいそうだ。
品質が良くなさそうといっても、炭は炭だ。全く売れないというわけじゃないだろう。
俺は炭を次元収納に入れると、鬼との戦闘で消費した疲労を取り払うべく自身にリフレッシュをかけることにした。




