百四話 一時撤収
あの休憩部屋を迂回したことで、あまり奥まで進めないまま帰宅時間になってしまった。
俺はリアカーに革以外のドロップ品を満載した状態で、第七階層の出入口からダンジョンの外へと出た。
役所の買い取り窓口へとドロップ品を提出しつつ、大茸のドロップ品である笊に入った茸の内容について尋ねてみた。
「なあ、この茸って、食えるものだけなのか?」
俺の質問に、職員は困り顔に変わる。
「えーっと、基本的に食べられるものだけ入っているそうです」
「本当に?」
「食べられはしますけど、美味しいか美味しくないかは別ですし、大量に食べると健康を害する恐れのある茸が入っていることもあるらしいです」
「あるらしいって、笊の中身は一緒じゃないのか?」
「見比べてみれば、お分かりになりますよ」
職員は、俺が提出した茸が入った笊を二つ、カウンターの上に並べた。
「今の季節は夏が過ぎかけて秋に差し掛かっているので、夏と秋に採れる茸が入っているはずです。だから違いが見やすいかと」
二つの笊の中身はパッと見では同じように見えたものの、より詳しく見ていくと中身が違っていることが分かった。
片方にあった派手な色の茸がなかったり、逆に地味な見た目の茸が入っていたり、エリンギのような太い茸や、茸かと疑う木の芽のような茸の有無という違いがあった。
「へえ。とりあえず体に害がないのなら、これを持って帰って、鍋にして食べてもいいわけだ?」
「役所からは、一日に一笊分だけなら安全だと確かめてあるとだけは申せます」
「二笊以上だと?」
「安全ではあるはずですが、あまりよろしくない結果になる可能性も高まります」
「醜態を晒したり、警察に捕まったりとか?」
「ダンジョンが現れてから、世界的に薬事法が改正されてますので、運次第といったところですね」
「大茸のレアドロップ品についても?」
「そちらは明確にアウトです。単純所持は罰せられませんが、使用が判明したら警察に捕まります」
「所持は大丈夫なのか?」
「所持は許可しておかないと、ダンジョンから持って出てきたり、役所の職員が買い取ったり、研究機関での調査ができませんので」
「その理由を聞くに、所持しているのが警察にバレたら、色々な検査を受けさせられそうなんだが?」
「それはそうでしょう。ダンジョン近辺や研究所以外で所持しているということは、日常的に使う気があるという表明とも言えますし」
事実上、所持を許されている場所は限定されているわけだ。
俺が納得した一方で、職員は疑いの目を向けてきた。
「どうしてそんな質問を?」
「例のレアドロップ品を手にしたら、特に体に害がないって前評判なんだから、誰でも一度は使ってみようかって気にはなるだろう。実際に使う使わないは別にしてな」
「ご自身の肉体にとって不必要な薬物は、なんであれ身体に毒ですよ」
「心配しなくても使わないってーの。美味い飯や酒の方が好みだしな」
茸と幻覚剤についての情報収集を終えて、俺は整理券を受け取り、整理券と引き換えに売却代金を得た。
ゴブリンメイスと笊に入った茸が多数と、回復グミと幻覚剤が少数で、約三十万円の収入。
収支の内訳を見てみると、ゴブリンメイスはヘッド部分が屑鉄扱いでそれなりに、回復グミはお菓子扱いで安ったので、茸と幻覚剤が金額のうちのかなりの割合を占めていた。
しかも茸は、食用と薬用に分けて集計されていて、食用の部分に高値が記載されていた。
「松茸以上の高級茸が混ざっていたとかか?」
もしそうなら、なかなかにギャンブル性が高い。
先ほど職員が『夏と秋の境目だから夏と秋の茸が入っている』と言っていたから、季節によって茸の種類が違って、それでも収益の差が出るだろうしな。
そんな二重にギャンブル要素が強いと、確実に稼ごうとするタイプの探索者たちにはウケが悪くなる。
「つまりは、あの場所に来るような奴は、まともじゃないってわけか」
俺のように通路の奥を解明しようとしているんじゃないのなら、茸と幻覚剤を狙う中毒者ぐらいだろうな。
そんな嫌な事実に気づき、明日からの探索はどうしようかと方針を迷ってしまうことになった。