百二話 浅層域のモンスター
第七階層の浅い層域の通路を進み、モンスター二匹が一度に現れる区画へと入る。
そして、その区画に足を踏み入れるや、すぐにモンスターの組に出くわした。
しかし幸いなことに、相手はゴブリンヒーラー二匹だった。
「倒すのは簡単だけど、ちょっと試してみるか」
俺はメイスで、片方のゴブリンヒーラーの腕と足を折って、止めを刺さずに放置してみた。
どうしてこんなことをしているかというと、ゴブリンヒーラーが他のモンスターを治す際に、どんな行動を取るかを見るためだ。
俺が観察していると、無事な方のゴブリンヒーラーがメイスの先で骨折した方のゴブリンヒーラーの足を突いた。
次の瞬間、折れていたのが嘘だったかのように、ゴブリンヒーラーの足が治った。
そして腕の方は、どうやら骨折していたゴブリンヒーラー自身が治したようで、すっかり元通りだ。
「なるほど。メイスの先で触れればヒールをかけられるってのは発見だけど、離れた味方を治すフォースヒールは使えないわけか」
ということは、ゴブリンヒーラーを蹴り飛ばすなりして戦線から離れさせれば、治癒方術で仲間のモンスターを治すことを阻害できる。
重要な気づきを貰ったお礼に、頭部を一撃破壊で倒してやった。
ドロップ品のゴブリンメイス二本を次元収納の中に入れ、探索を再開する。
通路を進んでいって、装甲ワニとゴブリンヒーラー、大茸とゴブリンヒーラーの組み合わせばかりを倒していく。
しかし、もう何組ものモンスターたちと戦っているのに、装甲ワニと大茸の組み合わせとは一度も出くわしていない。
「もしかして、第七階層の浅層域では、ゴブリンヒーラーが必ず組んで出てくるとか?」
俺の懸念が正解であると示すように、再び大茸とゴブリンヒーラーの組み合わせと出くわした。
俺はモンスターたちに走り寄りつつ、メイスを当てられる距離になった瞬間から息を止める。
呼吸を止めることで大茸の胞子を吸わないように心掛けながら、大茸の横を通り過ぎてゴブリンヒーラーに近づく。そして革のブーツによる渾身の前蹴りで、ゴブリンヒーラーを蹴り飛ばして大茸から離れさせる。
その後で、俺は息を止めたまま、大茸へとメイスを振るった。
メイスで殴りつける度に、大茸の笠から大量の胞子が散る。
しかし俺は息を止めているし、カマキリのお面がついたフルフェイスのマスクをかぶっているので、胞子が目や口から入ることはない。
俺の呼吸を堪え続けて戦い、ようやく大茸を倒しきった。
大茸とその胞子が薄黒い煙と化してから消えたのを確認して、俺は大きく息を吐いた。
「ぷはっ。はあはぁ。あー、苦しい」
俺は止めていた呼吸分を取り返すように、深呼吸を何度もしながら、大茸からのドロップである笊に入った茸の山を次元収納に入れる。そして、先ほど蹴り飛ばしたゴブリンヒーラーへ近づいた。
蹴っられた腹部に手を当てて立ち上がろうとしている、ゴブリンヒーラー。
俺は、その頭をメイス破壊して倒した。
ゴブリンヒーラーのドロップ品も回収しようとすると、今回はレアドロップ品だった。
まあ、これだけモンスターと出くわす度にゴブリンヒーラーがいれば、レアドロップを引く確率も上がるよな。
そんな感想を抱きつつ、ゴブリンヒーラーのドロップ品を持ち上げる。
それは掌に載るほどの小さな巾着で、中には薄青色をしたグミのようなものが十粒入っていた。
「美味しいグミなのは確定情報で、噂として食べると体調が良くなるとか怪我し難くなるってのもあるんだよな」
試しにと、一つ食べてみることにした。
口の中に入れてもぐもぐと噛み砕くと甘い味が広がり、噛み続けていると飲み込む前にスッと口の中で消失した。
その直後、身体にある感覚が広がった。
俺が自身にリジェネレイトを後掛けして、リジェネレイトの効果時間が伸びたときと同じ、あの感覚だ。
「なるほど。このグミは、リジェネレイトと同じ効果があるわけだ」
リジェネレイトの効果は、体力と怪我の継続回復だ。
だからこのゴブリングミを食べると、徐々に体力が回復し体表や筋肉や骨の怪我が治ってくる。
この効果があるから、体調が良くなったり怪我がしにくいなんて噂に繋がったんだろう。
「さて、だいぶ二匹一組でモンスターが現れる区画を進んできたから、もうそろそろ三匹一組の区画に入っても良い感じだけど」
ここに至るまで、俺はゴブリンヒーラーを優先的に排除してから、他のモンスターと戦ってきた。
つまり逆を言うと、この場所の真の恐ろしさを味わっていないということでもある。
ここは一つ、ゴブリンヒーラーを先に倒さないとどうなるか、その恐ろしさを体感しておくべきじゃないだろうか。
「よしっ。ワニと茸、それぞれの組み合わせと一回ずつ戦ってみようか」
少し通路を引き返してから、うろうろとして、装甲ワニとゴブリンヒーラーの組み合わせと出くわした。
俺は、いままではゴブリンヒーラーを基礎魔法の魔力弾で倒してから、装甲ワニと戦っていた。
しかし今回は、先に装甲ワニと正面切って戦っていく。
ゴブリンヒーラーを先に倒さない以外は、今までと同じように、装甲ワニの頭を中心に狙ってメイスを振るっていく。
しかし何度叩いても、一向に脳震盪を起こさない。
俺がメイスをワニに叩き込む度に、ゴブリンヒーラーがメイスの先でツンツンとワニを突いているので、なにかしら治癒方術を使っている結果なのは間違いない。
「そういえば治癒方術のリフレッシュって、身体の調子を回復するんだったよな」
脳震盪も身体の調子の異常と考えれば、リフレッシュで治っても変じゃないな。
しかし、こう何度殴っても効かないんじゃ、くたびれ損で終わるだけだ。
「仕方ない。魔力弾」
俺は魔力弾を放ち、装甲ワニが広げた口の上顎から頭蓋の方向へと弾を貫通させた。
この一撃で脳が破壊されたのだろう、装甲ワニは薄黒い煙と化して消えた。
残ったゴブリンヒーラーをメイスで叩き潰し、戦闘終了。
次に大茸とゴブリンヒーラーの組み合わせと戦う。
こちらはワニとの組み合わせよりかは、楽に倒すことができた。
なぜかというと、ゴブリンヒーラーはメイスの先で仲間を突かないと回復できない関係上、大茸が放つ胞子の近くにいる必要がある。そして胞子を吸ったゴブリンヒーラーは、急に苦しがって立っていられなくなって、治癒方術を一時的に使えないようになった。その隙をついて、俺は大茸を倒したわけである。
そして大茸が倒されると胞子による呼吸器不全は治るらしく、ゴブリンヒーラーは大茸が消えた直後にすぐに立ち上がっていた。
「大茸の胞子を吸っても、倒してしまえば治るってのは収穫だけど」
それにしてもゴブリンヒーラーは、残していると厄介でしかない。
他のモンスターを潜り抜けて接近するなり、基礎魔法で遠距離から倒すなりしないと、戦闘時間がかかって仕方がない。
「戦闘時間が長引くのも、この階層に探索者が稼ぎに来ない理由なのかもしれないな」
俺はそんな感想を呟きつつ、三匹一組でモンスターが現れる区画へと歩みを向けたのだった。




