百一話 第七階層へ
第六階層深層域にある階段を上り、いよいよ第七階層へと踏み入ることにした。
第七階層は第六階層よりもガクッと探索者の人数が減る傾向にあるらしい。
事実、出入口付近に人はいないし、順路の先から戦う音は聞こえてこない。
こうも人数が少なくなる理由は、モンスターがより手強くなるからと、日銭を稼ぐだけなら第六階層までで十二分だという認識が広まっているからだろうな。
しかし俺にとっては、この人のなさが良い方向に働く。
治癒方術と基礎魔法。どちらも他人には見せられないスキルなので、人目がないことは歓迎だ。
そう気楽に構えて通路を進むと、早速モンスターと出くわした。
他の探索者が少ないから、モンスターと出会う頻度が高いのかもしれないな。
「それで最初のモンスターは、メイス持ちのゴブリン?」
ゴブリンの見た目はゴブリンだし、木の棒の先にジュース缶のようなヘッドをくっ付けたメイスは弱そうに見える。
第七階層という場所に不似合いな、弱そうな存在。
来る前に得たモンスター情報でも、このゴブリンが何故七階層に出るのか、よく分かっていないような印象だと、探索者たちは首を傾げているようだった。
しかし俺は、このゴブリンが普通のゴブリンとは違うことを、対峙して理解した。
普通のモンスターなら、探索者を認識したら襲いに来るのガタリ前。
しかしメイス持ちゴブリンは、じっとその場を動かずに、俺の様子を見ている。
その対応の差を見て、なるほど今までのゴブリンとは違うのだと納得する。
「かといって、殴り掛かってこないってのもなあ?」
こうしてお見合いをしていたところで、俺が倒れるわけもない。
俺はメイス持ちゴブリンの行動に疑問を持ちつつ、俺の方から近寄ってみた。
するとゴブリンは、後ろ向きに歩いて逃げようとし始めた。
探索者から逃げるモンスター?
この状況がラノベなら、あのゴブリンは戦闘を忌避する心優しいモンスターということになるんだろう。
しかし現実的に、そんな事はあり得ない。
なぜなら、あのゴブリンの目つきが、俺に友好的じゃないからだ。
あの目は、敵に怯えているものじゃなく、敵に一矢報いるために必死に頭を動かしているっていう感じだ。
何か企みがあるんだろうと看破し、俺は一気に勝負を決めるために駆け出す。
俺の駆け寄りに対して、ゴブリンは逃げる足を止めて迎撃しようと身構える。
「心意気は買うけどな!」
俺が力強くメイスを横振りすると、ゴブリンは自身が持つメイスで受け止めようとした。
しかし俺のメイスのヘッドは十字架だ。横の突起部分がゴブリンのメイスを掻い潜り、ゴブリンの腕に命中した。伝わってきた手応えからすると、完璧に骨が折れた。
俺は止めだとメイスでゴブリンの頭を破壊しようとする。
ここでゴブリンが、自身の唯一の武器であるメイスを投げてきた。
このゴブリンが距離を開けようとしていた理由は、このメイスに何か秘密があるかもしれない。
そう警戒し、俺は身躱しして飛んできたメイスを避けた。
俺の横を通り過ぎたメイスは、しかし地面に落ちてもなにも効果を発揮しなかった。
どうやらメイスを薙げたのは単なる悪あがきで、俺の警戒のし過ぎだったらしい。
なら止めを刺すべきだろうと、俺はメイスを思いっきり振り上げ、ゴブリンへと打ち掛かる。
俺のメイスが唸りを上げて振り下ろされ、そしてゴブリンは『両腕』で防御して致命傷を防いだ。
「……片腕は骨折させていただろ?」
なんで両腕が使えているんだ?
俺が疑問に思っていると、ゴブリンの先ほど防御したことで折れ曲がった腕が直ぐに真っ直ぐに治った。
その光景はまるで、動画の逆再生を行ったかのような、唐突な治りっぷりだった。
ゴブリンの腕が急に治る。
この現象を見て、そしてゴブリンの装備がメイスだったのを思い返して、俺はある気付きを得た。
「もしかして、このゴブリン。ゴブリンのヒーラーってことか?」
俺と同じく、治癒方術が使えるゴブリン。
そう考えると、折れた腕が急に真っ直ぐに治ったのも納得できる。
そして、このゴブリンが第七階層に居るに相応しい強敵であることを理解した。
「このゴブリンヒーラー。他のモンスターと一緒に現れる場合だと、厄介過ぎる」
延々と味方のモンスターを治癒方術で治し続けるなんていう、一種のゾンビアタックのようなことをやって来そうだ。
事実、第七階層のモンスターは、どれもしぶといという情報がある。
そしてゴブリンヒーラーが治癒方術を使ったかどうかは、目に見える魔法エフェクトがあるわけじゃないので、傍目からは判別できない。
その両方の情報を統合して考えると、第七階層の浅層域のモンスターがしぶといのは、このゴブリンヒーラーの所為なんじゃなかろうか。
これから先、二匹以上同時にモンスターが出る区画で見かけたら、ゴブリンヒーラーは最優先で倒すべきだろう。
俺はそう結論付けて、ゴブリンヒーラーの頭をメイスで叩き潰した。
流石に治癒方術を持っていようと、頭部破壊で即死させれば治りようはないようだ。
そしてドロップ品は、ゴブリンヒーラーが持っていたメイスと同じもの。木の柄と金属の筒のようなヘッドなので、あまり換金は期待できないだろうな。
ゴブリンヒーラーを倒してから、他のモンスター二種――顔と背中に装甲が付いたワニと足がある百センチほどの茸とも戦ってみた。
装甲ワニは、その装甲部分が硬くて防御が高く、生半な打撃は通じない相手だった。乱杭歯による噛みつきは危険感があり、食らいたくないと思わせてくる。
しかしあくまで頭を装甲で守っているだけなので、何度もメイスを頭に叩き込んでやれば、殴った衝撃が装甲を貫通して脳震盪で昏倒させるこができる。そして横腹には装甲がないので、脳震盪で動きを止めさせれば、横から攻撃して致命傷を与えることは容易だ。
歩く大茸は、正直言って弱かった。メイスを力いっぱい横振りして殴りつけただけで倒せるほどだ。
しかし懸念は、大茸を殴った際に飛び散った胞子。大茸が薄黒い煙と化したさい、散った胞子も薄黒い煙に変わったことから、胞子も大茸の身体の一部であることがわかる。
そして茸の胞子とは、ゲーム作品でだと、色々な毒の代名詞だ。
吸い込んだりしたら、どんな悪影響があるか分かったもんじゃない。
「治癒方術がレベルアップした際、病気や毒なんかを治すリムーブを入手したから、食らっても治せはするんだろうけど」
単なる毒ならまだ良いが、仮に幻覚剤や睡眠薬のような効果だったら、治癒方術を使うという意識が残るかどうかわからない。
その懸念を考えるのなら、胞子は極力吸わないようにするのがいいだろう。
もっとも、俺はフルフェイスのヘルメットをしているから、胞子が直撃しても、吸い込む量は少なく済むだろうけどね。
ちなみに装甲ワニからはワニ革が、大茸からは大笊に乗せられた色々な種類の茸の詰め合わせがドロップした。
「さて、一匹ずつでる区画での戦闘はこの辺にして、二匹同時に出る区画へ進出しようか」
俺は声を出して決意を固めると、第七階層の浅層域にある通路の奥へと進んでいった。