十話 一日休み
東京ダンジョンに入り、最も浅い層にある道を最奥まで進み、隠し部屋にある魔石で鉄パイプを強化して、ダンジョンの外まで戻っていく。
この行きと帰りで、モンスターを百体を超える数倒す。
その移動と討伐の関係から、行って帰るだけで十時間ぐらいかかってしまう。
そんな十時間行動を二日目三日目と、三日連続でやったからか、四日目には全身筋肉痛でダンジョン探索どころじゃなくなった。
「今日は休む……」
筋肉痛の身体を解すために、ストレッチする。特に痛みが酷い場所は、手で揉んだりもする。
筋肉痛で握力が出ないことが、逆にマッサージが良い感じになるよう作用しているな。
ストレッチとマッサージで痛みが和らいだところで、スマホを充電しつつサブスクのアニメチャンネルを鑑賞する。
単に物語を確認するための作品は倍速で、見ごたえのあるアニメは等速で見ていく。
「ああー、疲れ切った身体に、日常系アニメの癒し効果が抜群だー」
微笑ましい高校部活アニメを鑑賞し終えたところで、ソープボトルとタオルを持ってアパートの外へ。
そして事前に調べていた、このアパートの近くにある銭湯へ。
十時の開店直後に入ったんだが、何人かのお年寄りが脱衣所で真っ裸になっている。
そのお年寄りたちは、初顔である俺にそれとなく視線を向けてから、湯船のある場所へ向かっていった。
俺も脱衣すると、湯船のある場所へ入る。
開店直後だからか、湯気で先が見えないというようなことはなく、むしろ湯船の向こうの壁にある富士山の絵までくっきり見える。
入った場所の横に、椅子と桶が積まれた場所があり、そこから一組取り、洗い場へ。
ここで俺は、頭も身体もボディーソープで隅々まで洗い、使った椅子と桶も綺麗にして元の場所に戻す。
さて浴槽に入ろうとして、浴槽が三つに区分されていることに気付く。
一番右には装置のようなものがあり、真ん中は先ほどのお年寄りが入っていて、左には誰もいない。
なぜ左には誰も居ないのだろうと思いつつ、一人だけで入れるのは有り難いしと、俺は左の浴槽に手を入れて温度を確認する。
うん。熱すぎも温すぎもしない、適温だ。
浴槽に入って体を沈めると、湯の温度がじわじわと身体の中に入ってくる感触が伝わってくる。
本当にいい湯なのに、なんで誰も入っていないんだろうか。
その謎に疑問を持っていると、真ん中の浴槽に入っていたお年寄りの一人が、ざばっと音を立てて浴槽から出た。
なんとなしに目を向けて、お年寄りの姿に驚く。
なにせ茹で蛸のように、湯に浸かっていた場所が真っ赤になっていた。
俺が驚きで固まっていると、他のお年寄りたちも立ち上がる。彼らもまた、身体が真っ赤になっている。
お年寄りたちは、その真っ赤な体を晒しながら、脱衣所へ。脱衣所にあるベンチに座り、扇風機の風を受けながら、全裸で談笑を始めた。
俺は驚きから立ち直ると、お年寄りが入っていた浴槽に手を入れてみた。
「あっっついい!」
湯に浸かって十分に手が温まっていたというのに、その手を差し入れた瞬間に噛みつかれたと思うほどに、強烈な熱さを感じた。
俺は急いで手を引き出すと、熱湯で一気に上がった手の温度を空中で振って下げていく。
こんな熱湯に入っていたのなら、身体があんな真っ赤になるわけだ。
今後も真ん中の浴槽には入らないと決めて、俺は左の浴槽の縁に頭を預ける。
身体の力を抜き、筋肉痛だらけの身体を、湯で癒すことに集中する。
身体の痛みが湯に溶け出ているかのように、段々と身体の痛みがマシになってくる。
そのままじっくりと浸かっていると、先ほどのお年寄りたちが戻ってきた。そして俺を一瞥すると、再び真ん中の熱湯浴槽の中へ。
お年寄りたちは、脱衣所で談笑していた様子からうって変わり、むっつりと黙った状態で湯船に浸かっている。
そして一、二分経つと、ざばっと湯からでて脱衣所に行ってしまう。
忙しない湯の浸かり方だなと思いつつも、銭湯の楽しみ方はそれぞれだしと、俺は骨の髄まで温まるべく湯に浸かり続けることにしたのだった。
銭湯でさっぱりして、ソープボトルとタオルを置くため帰宅して、今度はアパート近くの大通りに移動する。
東京都内なのに格安アパートがあるような立地がらか、この主幹道路沿い周辺には、安くて量が多い飲食店が並んでいる。
俺は自分の腹と身体の具合を確かめると、目当てに合致する店があるかをスマホで調べる。
「ほうほう。山盛りの唐揚げが有名な店とな」
三日間ダンジョン探索で酷使した身体には、タンパク質と油分が必用だ。
この唐揚げ店に行くことに決定だ。
銭湯でゆっくりしたことで、身体の調子が良い。筋肉痛も、あえて自覚しなければ気にならないぐらいには、回復している。
調子良く歩き、唐揚げ店に到着。
十一時開店らしく、スマホを確認すると、少し開店まで時間が必用のようだ。
その少しの時間を潰すため、スマホで飲食店評価サイトを見て、なにを頼むか決めることにした。
どうやらこの店は、唐揚げを中心に据えてはいるが、定食屋のようだ。唐揚げ以外に、豚の生姜焼きやトンカツなどといった、定番の定食もあるみたいだ。
おや、なになに。一番のおススメは、平日限定の無限唐揚げ定食。千五百円払うと、ご飯、味噌汁、唐揚げ、どれもが食べ放題。唐揚げについては、味変も可能か。
幸い今日は平日だし、これを頼もう。
注文が決定したので、今度はスマホで小説投稿サイトを開き、投稿され始めた新作漁りをする。最初の数話を読んでみて、目を引いた作品は評価点を送った上でブックマーク。一ヶ月くらい待ってから、続きを一気読みするためにな。
そんなことを続けているうちに、開店時間になったようだ。
先頭で店に入ると、俺は気付いていなかったが、後続の客がいたらしくて次々に客席が埋まっていく。
俺は既に注文が決まっていたので、店員を呼んで無限唐揚げ定食を頼んだ。
「無限唐揚げ定食ですね。時間制限は特にありませんが、唐揚げの追加は一皿食べ終わってからの注文で、一度に三つまで。ご飯も味噌汁も含めて食べ残すと罰金が発生しますが、構いませんか?」
「罰金は理解してます。お願いします」
「最初の一皿目の唐揚げの味は、なににしましょう?」
「ベーシックで」
「承りました。少々お待ちくださいね」
注文してから五分ほどで、定食が俺の前に配膳された。
「お腹一杯になるまで、ごゆっくりどうぞ」
お決まりの言葉と共に店員が去っていき、俺は無限唐揚げ定食と向き合う。
一個が五十グラムぐらいありそうな、巨大唐揚げが三つ。そして常識的な量ながらも、ご飯は大盛り。味噌汁が常識的な量と具がワカメだけなので、目の錯覚で少量に見える。
「いただきます」
俺は唐揚げを一つ箸で掴むと、口に運んで噛みついた。ザクッという音を立てながら半分ほど噛み取ると、口の中にジワリと醤油とニンニクの匂いと鶏の脂の味が広がった。
唐揚げを噛みくだいて飲み込むと、胃から全身へと醤油の塩味とニンニクの臭いと鶏の脂のカロリーが駆け巡るような感触がした。
ここでようやく、俺の体は栄養に飢えていたのだと理解した。
俺は唐揚げを再度頬張ると、大盛りご飯から一口分の白米を口の中に投入する。
唐揚げの味が、淡泊な白米の味で和らいだことで、立派なおかずに変わる。
唐揚げだけ、唐揚げと白米の組み合わせ、それを交互に繰り返して食べ進めて、あっという間に唐揚げがなくなった。
俺は店員をよび、唐揚げを上限の三個で追加注文。味はタルタルソースだ。
味噌汁で唇を湿らせながら待っていると、唐揚げのタルタルソース添えが来た。
早速食べてみると、唐揚げ自体の味が違った。ニンニクの風味がなくなり、その代わりにレモンの香りがした。
レモン汁が掛けられているのかと思ったが、唐揚げは湿っていない。
よくよく観察すると、衣の中に黄色の点がある。これは衣の中に、細かくしたレモンの皮を入れたんだな。
このレモンの香りのする唐揚げに、タルタルソースをつけて食べる。
なるほど、これはタルタルソースに合うように作られた唐揚げだ。
先ほどの醤油とニンニクの唐揚げだと、こうもタルタルソースとの一体感は出ないだろうな。
俺はタルタル唐揚げを食べきると、さらに追加注文。油淋鶏風唐揚げ二個と、ご飯のお代わりを茶碗半分ほどで頼んだ。
その後も、腹具合が許す限りに唐揚げを追加注文していき、結局合計で十五個の唐揚げを平らげた。
大満足で会計を済まして、店の外へ。
「ふうっ。食い過ぎたかな……」
パンパンに張ったお腹を抱えて、俺は帰路についた。