プロローグ
従業員十数人しかいない、社長と一般社員が同じフロアで働いているような、とある中小企業。
三月がもうすぐ終わる頃の時期、時計が午後五時を指し、時計に繋がった昭和製の機械が退社の音楽を鳴らす。
このとき、俺――小田原旭は、確固たる決意を込めて社長の前へと進み出た。
社長は俺の顔を見て、困り顔に変わった。
「小田原君。本当に退職を撤回する気はないのかね?」
社長に留意されたが、俺は首を横に振る。
「夢の実現のために退職する気は変わりません。俺は、迷宮探索者になります!」
「とはいってもねえ、迷宮――現代ダンジョンだっけ? あれは命の危険があるんだろ。その危険を冒してまで、叶えたい夢なのかね?」
「はい。叶えたいです」
俺がキッパリと告げると、社長は漸く諦めた顔になった。
「君の、そのハッキリ言う態度。私だけじゃなく、君と付き合いがあった他の会社の社長さんたちにも好評だったんだけどねえ」
「言うべきことは言うべきであり、喋る相手には敬意をもって接するべしと、そう学んで育ってきたので」
「そう教わったということは、良い親御さんだったんだね」
「両親からではなく、教わったのはアニメとゲームからです」
小田原の返答に、社長が少し間を置いた。
「……えーあー、うん。物語から学びを得るということもあるな、うん」
社長の顔には、俺にオタク気質がなければもっと良い人物なのに、と言いたげな表情が出ている。
「ともあれだ。退職の気持ちは固いと分かったよ。とても残念だ。その夢とやらを叶えたら、また会社に戻ってきてくれ。歓迎して雇い直してあげるからさ」
「ありがとうございます。その未来が来たら、お世話になろうと思います」
これで、俺は正式にこの会社を退職した。
そして無職になって二日後には、事前に契約していた東京都内にある格安ワンルームアパートに入居した。
ここには寝に帰ってくるだけの予定なので、部屋に運び入れた荷物は薄い毛布とエアマットだけだ。
「さて、じゃあ行くとしますか。国内で唯一、政府が主導となって攻略推奨している、東京ダンジョンに!」
俺は、上下一体の黒いツナギを着て、リュックを一つ背負うと、アパートから出て、ダンジョンがある東京駅へと向かうため電車に乗り込んだのだった。
新しい物語、始めました。
今回は現代ダンジョンものです。
よろしくお願いいたします。