猩々と矢
将軍の首は五百万で売れた。どこぞの魔境より稼ぎが良いな。また参加しようかな。酒房の自室で武器と防具の手入れを行うと、一つの事に気付いた。全装備の中にあった魔星銀の両手剣の刃が欠けている。五つあった魔金の全身鎧は進化を果たして、魔星銀の全身鎧になっていた。魔金の両手剣も四本あった全部が魔星銀に進化しているな。
どうやら人間を殺すのも魔獣を殺すのも等しく魔力を吸収するらしい。一本だけ刃が欠けているのは、進化した上で損耗が激しいという事だったのか……?
手入れをしつつ全装備の中に戻していった。次の戦いが始まるまで魔獣狩りにでも行こうかな。幸い、北方領土の街ガレガルンの周囲には魔境の森が一つだけある。体も休めたいが酒飲んで寝てるだけじゃ剣の腕が落ちそうだ。ゆっくりと採集、採掘、狩猟に励むとしよう。
装備の手入れが終わると、傭兵組合で事前に仕入れた情報を基にガルンの森へと向かった。ここは魔銀の素材が取れ、闇猩々が潜むという。猩々というのはオランウータンに似た化け物だ。自分の糞を投げて来たり、石や木々を投げて来るらしい。ゴリラと混ざってないかな。まぁいいや。
森に入ると魔境独特の澄んだ空気が肺に染み渡り、魔銀の両手剣に偽装した魔星銀の両手剣が軽く感じる。持ってるだけで進化するんだよ。刀身に墨を塗ったり、色々と誤魔化しているが気付く奴は気付いているだろうな。全身を革装備でボロく見せておいて、武器を抜けた墨を入れた黒塗り魔星銀。おや、と思う奴も居るだろうが、一瞬でも誤魔化せればそれで良い。将軍を斬った時のように、一瞬で距離を稼げるからな。
そんな事を考えながら飛んでくる糞を掻い潜り、猩々の首を落とした。上手に毛皮を剥いで丸めると、また一つ追加と言わんばかりに背中の籠に追加した。
◇◇
前回の戦働きから一か月経ったが、未だに開戦の招集は走っていない。傭兵の中には焦れて普段の拠点に帰ってしまった奴も居る位に静かだ。少しだけ数が減った酒房も直ぐに別の傭兵で補充される。宿経営している奴らからすればウハウハだろうな。傭兵が金に見えてしょうがないだろう。俺は森のウホウホと毎日狩り三昧なので、戦局の方は余り気にしていない。
難度か招集に走るような木っ端騎士と話したが、どうやら騎士連中は傭兵の力は当てにしていないらしく、そのまま国軍だけで逆激に出るらしい。置いて行かれまいと騎士に売り込む傭兵が散見されるが相手にもされずに追い払われていたりする。
その間、俺はというと順調に全装備内の装備進化を果たしていた。
全装備内
・魔星金の全身鎧×5
・魔星銀の全身鎧×4
・魔星金の両手剣×5
・魔星銀の両手剣×4
表面上の装備
・猩々革の全身防具セット
・魔星銀の両手剣
・各種魔道具
戦場で魔導具を使う機会は無かったが、ガルンの森で猩々を相手にするには便利な事この上ない。蛍光茸の粉を弾丸のようにして放つと、着弾地点が凄まじい光量に襲われる。目つぶしを食らった猩々の群れを一方的に狩るのは気持ちがいいもんだ。
猩々のお陰で革装備も刷新できたし、街をブラブラと美味いもの巡りだって余裕である。そんな時だった。まるで戦場で敵軍から睨まれた時のような寒気を感じたのは。感じたのと同時に俺の側頭部から乾いた音がして、弾かれて飛んでいく矢が空中で回転していた。飛来してきた方向を強化された視力で睨むと、驚いた顔の弓使いが、次の矢を番えようとしていた。
大通りに並ぶ二階建ての建物の屋根に飛び乗り、次々と弓使いへ接近しながら屋根を跳ねた。背中の両手剣と抜き、飛び跳ねる体の姿勢を崩さない程度で飛来する弓を弾く。
諦めた弓使いは黒いローブを深めに被り振り返ると、俺はここぞとばかりに力を込めて踏み込んだ。奴が居る場所まで二軒三軒を一足飛びで飛び越え、目的地の屋根に飛び降りた。
「くそっ」
「逃がすか」
着地した俺の足音を聞いたのか、悪態をついて走る弓使いの背に解体用の短剣を投げると、まるで抵抗がないかのように刃がするりと入り込んでいく。柄の部分までいっぱいに刃がめり込むと弓使いは衝撃を受けたのか、屋上から吹っ飛ばされて別の屋上に転がった。やべえ、死んでないよな。情報を聞き出したかったんだが。
慌てて駆けよると気絶した弓使いの背中から短剣を抜いた。再度の痛みで目を覚ました弓使いは恐怖に震えている。
「誰の差し金だ?」
「お、オーランド卿、だ」
それだけいうと暫くして弓使いは死んだ。心臓を一発だったらしい。やり過ぎたわ。
◇◇
モンプティ=オーランド。味方の騎士である。あれ、おかしいよな。俺って味方の騎士に命を狙われていたのか。
酒房に戻って追撃戦の参戦表明をしている傭兵たちに話を聞いてみると納得した。どうやら、こいつらは俺を山車にして戦力になるから参戦させろと騎士達に迫っているらしい。前回の功績をこうやって利用されるのは納得がいかないが、利用しようとしている奴らが誰なのかくらいは聞き出せた。
この道三十年の熟練傭兵クロッカス氏だ。彼は俺のような流れの傭兵とは異なり、傭兵団を率いているらしい。自分たちの売り込みの色を付けるために俺を利用したようだ。随分と舐められた話である。これは制裁が必要かもしれないな。
そんな訳でクロッカス一味が独占しているという酒房にやってきたのだ。フル装備でな。
「おう!クロッカス!出てこいや!」
「なんだぁてめぇ。ケツの青いガキが、ナマ言ってんじゃねえぞ」
「ふんっ」
取り敢えず腹パンだ。「ぐぼっ」と妙な声を上げながらオッサン傭兵を一人退治した。入口の前に邪魔するように立ってたんだからしょうがないよな。そのまま木の扉を開けてゆっくりと占める。ついでに閂も〆た。ヨシっ。
「クロッカスゥ~。出てこぉ~ぃ」
「なんだてめえぐっ」
二人、三人と酒房のテーブル席に座っている奴らを伸していくと、階段の上から野太い声が響いた。クロッカスかな。
「うちのモンになにしてやがるクソガキ」
「ガキじゃねえよ。それよりお前の所の連中、全然鍛えてないな。酒ばっか飲んでて剣の振り方も忘れちゃったんじゃねえのか。傭兵なのに剣も槍も触れませんってかアッハッハ!」
「…てめぇがダグレオだな」
「おうよ。人の事山車にして勝手に交渉してんじゃねえよ。やるなら許可取ってからやれや」
「おめえも傭兵なら参戦してえんじゃねえのか」
「俺には俺のペースってもんがある。猩々と遊ぶのも中々楽しいんだぜ。纏めて切り殺すから人も猿も大して変わらないけどな」
クロッカスが腰の剣に手を置くが、少し考えて手離した。抜けば終わりだ。買っても負けても酒房という街中の環境で抜剣し、戦闘行為を行ったら一発で牢屋だ。最悪の場合現場で騎士に切り殺される。それでなくとも俺に切り殺される。自分から戦いの火ぶたを切る気にはならなかったのだろう。その辺の嗅覚は流石ベテラン傭兵と言ったところか。だから俺と交渉を始めた。
「何が望みだ」
「俺を山車に使うんだったら、当然、俺にも報酬を渡すんだよな。五割で良いぞ」
「馬鹿言ってんじゃねえ。傭兵団を維持する金がどれだけ必要なのか知らねえのか」
クロッカスの視線が複数個所に動く。カチカチと不審な音を数回、剣柄で鳴らす。仲間への合図だろう。
「なら迷惑料として、そうだな…お前らの人数分×一万ゼン寄こせ。確か二十二人だったかな?あってるならニ十二万ゼン寄こせ。それで勘弁してやる」
「ふざけてんじゃねえぞてめぇ!!」
クロッカスが叫ぶのと同時に全方位から短剣や矢が一斉に放たれた。俺はそれを黙って受け入れた。どうやら全て弾いたらしい。乾いた音が幾つも周囲に転がると、驚くクロッカスを余所に一足飛びで懐に飛び込む。重苦しい音がクロッカスの腹から聞こえると、奴は酒房の床に胃の内容物をぶちまけた。食後の腹パン、ダメ、絶対。
酸っぱい異臭を放つソレから離れつつ、俺は言葉を続ける。
「さぁて、交渉再開だ。今の攻撃に関する迷惑料を合わせて五十万ゼン。今すぐ払え。それとも纏めて殺されたいか?」
拾った短剣をクロッカスの首筋に押し当てると、納得してくれたらしい。ゆっくりと彼は頷いてくれた。