王女と夢の終わり
王都で起きたデーモン騒ぎは結局のところ俺と神官たちで片付いた。国王陛下からは褒美に爵位と言ってきたがお断りした。条件通りの待遇と依頼金だけ貰って、俺は東部領土の街モバリスの自宅へと帰った。
帰宅前に上三人の子供達である長男たち男衆と学校で会ったが、随分と頭角を現していたらしく、貴族達からは注目の的らしい、好きな道を行けと言い残しておいた。
問題はそのすぐ下の女の子だ。女だてらに俺の剣術練習に張り合うようになり、今や立派な傭兵志望だ。三年後の十歳になったら天恵:剣術を生かして、俺のような傭兵になるのだそうだ。今からサバイバル技術を叩き込むのに余念がないぜ……。
天恵を受けた子供たちは、他の子は全て傭兵からほど遠いというのに、俺の親父の血なんだろうか、戦いを求めているとでもいうのか。新たに生まれた子供を抱きながら、俺は暖炉の前で深い溜息をついた。
そうして久しぶりの家族団らんを過ごしていると、妻の一人が近寄ってきて言う。
「あなた、いつもの人が来てるわよ」
「御者のオッサンが?どうしたんだろうな。暫く休むって言ってたのに」
0歳児を抱きながら出迎えてみれば、オッサンの後ろにはメイドの姿。その横にはローブのフードを深くかぶった女性が居た。なんとも身綺麗な姿だが…誰だ。
「よう、オッサン。どうしたよ。休むんじゃなかったのか」
「どうしても君に会いたいという人が居てね」
御者のオッサンがそういうと俺を見たまま後ろに目配せして見せた。おい、この魔力の雰囲気ってもしかして…。
「団欒の最中に申し訳御座いませんわ。改めて名乗らせていただきます、ポワトリン=フォン=バロダーリオンと申しますわ。以後、宜しくお願い致しますね」
「第一王女殿下!?なんで?どうして此処に」
玄関じゃ何だからとリビングで話を聞いてみると、どうやら仕事で東部に来ているらしい。その仕事と云うのが天恵の研究なのだとか。齢十八歳で研究職って、王族的にそれで良いのかよ。
「でも何で東部に…言っちゃ何だが人口だけなら東西南北で最小だぜ。北の戦地に行った方が人口も多いし調べやすいんじゃないのか」
「そうでもありませんわ。貴方のように異常な力を持つ天恵を持っている方が居れば万人を調べる事よりも遥かに有意義な研究になります」
「そうかもしれないが、それでこんな田舎に来るというのもどうかと思うが」
「あら、知りませんの?原住民を倒した事で正式に東部開拓が再開される運びになりましたわ。私はお父様の代理として、開拓責任者でもありますのよ」
「そんなデカい話になってるの!?」
「そうですわ」
呪術師騒動から何年も経っているからこそ、安全と割り切って開拓を再開させるらしい。言われてみればアオンボも姿を見せなくなったし、魔境を縫うように街や道を張り巡らせていくのも重要な事なのだろうな。そういえば傭兵依頼の掲示板にも、伐採護衛の仕事が増えてたな。そういう事だったのか。
「それで空いた時間でデーモン殺しの俺の天恵を調べて来いって話になる訳か」
「はい。ハッキリ言って伝説上の存在を一人で倒せてしまう事自体が異常ですわね。そんな男が東部に居ると知られてしまった以上、王国としても放置は出来ません。貴方の身柄の確保は事実上できないのですから、それならば血を取り込んでしまえばどうかという話が上がりました。それで」
「ちょ、ちょっと待て、それって…」
「私があなたの元に降嫁する話が上がりましたわ」
「やっぱり。いや、でも、どうしてそうなるんだ。そもそもアレの一件は教会が功績を独り占めするように頼んでおいたじゃないか。どうしてそうなったんだ」
「広い大聖堂には大勢の一般人が居ましたわね。そこから見える貴方の戦いぶりは一般市民に広く知れ渡っております。つまり手遅れですわ」
「話が違うぞオッサン!!!」
俺が隣に座る男爵閣下を睨みながら叫ぶと、王女殿下が抱いていた赤ん坊が泣き出した。
「アレを隠すのは、流石に無理ですよ!既に王都中で英雄譚が謳われているのですから、何処の酒場に行っても悪魔殺しの聖戦士の話が酒の肴になってるんですからね。一般人レベルでそれですから、貴族の反応なんて最悪です。先ほど王女殿下が仰った事なんて小さく語り過ぎだって思ったほどですよ」
「ぐっ…それで王女様の降嫁って話になるのか」
「私も18になりますから、行き遅れたくはありませんし、王家としても私というカードの切り処なのですわ。下手な嫁入り先に無為に第一王女の降嫁先を消化するよりも、凄まじい天恵をお持ちの方の所へ嫁いだ方が意義があります。ですので、わたくし個人としても、お受けして頂けると助かりますわ」
「えーっと…、ちょっと妻たちと話をさせてくれ。話はそれからだ」
「もちろんですわ」
その後どうなったかというと、俺は正妻として第一王女殿下を迎え入れる事になった。側室に妻たちがその座に就き、王都で盛大に婚儀を執り行った。どうしてこうなったのだろう。
◇◇
ここ最近の話をしよう。東部領土にあるモバリスの街は絶賛開拓民で溢れかえっている。周囲には王国でも有数の魔境があり、両手では数えきれないほどだ。そんな魔境にいそいそと潜り続けているのは俺だ。
目的は様々な鉱石の収集で、ついでに魔獣の素材も集めている。娘のダリアも同行してくれているので、昔と違って採掘量もアップだ。暇な息子たちも運搬を手伝ってくれている事があるし、息子の一人が鍛冶をやるようになってから、武器防具の制作と全装備を利用した合成装備の制作を進めていた。
デーモン大司祭との死闘を演じてから早十年。俺も齢37だ。一番上の三人息子が結婚して子供が出来たと聞いたのが二年前だから、俺には二歳の孫が居る事になる。二十代の嫁が一年前に産んだ子が居るから、元日本人の感覚で言うと奇妙な感じだけどな。
其の二十代の嫁ポワトリンは元王女様だ。今はしがない傭兵の嫁をやっている。本業は王様の代理の開拓指揮官だけどな。副業で俺の天恵調査研究職も担っている。こっちは既に調査報告を終えて一段落だ。装備合成の件は流石に書かせていないが、話してはいる。
地下室に保管してある強化装備は、有事の際に生かせる日が来るだろう。今のところ子供たちの装備品にしか役立てていないが、俺の装備合成シリーズもいつか日の目を見るのかもしれないな。
そんな装備達がこちらだ。
全装備内(武器防具それぞれ9枠)
■防具
・イセリアルアーマー(心身強化)
・魔神の契約環(状態異常無効)
・大精霊の制約環(全属性耐性・強)
・神聖金の全身鎧(聖耐性)
・神聖金の全身鎧(聖耐性)
・神聖金の全身鎧(聖耐性)
・神聖金の全身鎧(聖耐性)
・神聖金の全身鎧(聖耐性)
・神聖金の全身鎧(聖耐性)
■武器
・イセリアルブレード(魔力強化)
・魔神の毒手(神毒)
・世界樹の杖(全属性・強)
・イセリアルボウ(全属性・強)
・魔神の形代(神呪・強)
・世界結晶(全属性・強)
・神聖金の両手剣(聖属性・強)
・神聖金の槍(聖属性・強)
・神聖金の弓(聖属性・強)
表面上の装備
・水王竜革の全身防具セット(水耐性・強)
・神聖金の両手剣(艶消し)
・各種魔道具
デーモン討伐や各種魔境の魔獣たちと戦い続けた結果、装備の進化が進み、進化した装備を合成し続けていった結果、良く解らない物質が出来上がった。
このイセリアルなんたらってのがあるだろう。これ、俺以外には幻のように見えて透けてるんだぜ。触れもしない。人間が持っていて、いいヤツなのかな。あと魔神のナンタラとか、幾つかの装備を合成したら出来たんだけど、持ってて不安になるんだが大丈夫なのかな。あと神聖金装備は子供たち用だ。将来騎士や傭兵と言った戦闘職になりたいって奴がいたら譲ろうと思う。ダリアは既に全身神聖金装備だ。問題無い。
「ととさま~」
近寄って来た三歳児はポワトリンの子で、彼女に似て大胆な一面がある。時々ダリアが楽し気に相手をしている。抱きかかえて庭に立つ妻の所に行くと、お付きのメイドが俺の荷物を拝借していった。義父からメイドが届いた時は焦ったぜ。今は十二人居るんだぜ。
「おかえりなさい、あなた」
「ただいま。今日はゆっくりできるのか」
「ええ、ようやく仕事が落ち着いて来たわ」
「随分と開拓が進んだからなぁ。人の成せる技ってのは凄まじいものだ」
「貴方の助言のお陰でもあるわね」
「それほどでもない」
伐採した木々を天恵:収納持ちに特別料金を払って運ばせたり、天恵:怪力持ちにロードローラーを牽かせたり、天恵:調合持ちにアスファルトを合成させたりしただけだ。ついでに油田が見つかったりしたが、それは俺とは関係ないね。
ここ十年でそうして開発を進め、俺の家の周りも少しづつ環境が改善されていった。嫁さんの功績って事になってるが、誰の功績だろうと町が住みやすくなるってなら何だっていいよ。
ダリアが大きな籠を背負って近付いて来たのを見て、何だか幸せを感じる午後のひと時だった。
◇◇
寝たはずの俺はいつ飲まにか白い霧の中を歩いている。ああ、これは夢だ。ハッキリとそう解かる。だって、死んだはずの妻たちが横を歩いているから。もう何年も顔を合わせていないのに。
霧だと思った場所は次第に晴れて、大きな雲の上に立っているのだと気付けた。妻たちが先の方に駆けていくと、その向こうに誰かが立っていた。誰だろう。女性だが、やけに見覚えがある顔だ。
彼女の脇を妻たちが通り過ぎていくと、その姿が霧の向こうへと消えていった。見届けた俺に目の前に立つ女性が言う。
「立派になったね」
「ああ、誰かと思えば…」
懐かしい匂いと、懐かしい声色。どうやら彼女は待っていてくれていたらしい。
「沢山傷ついたね。沢山頑張ったね。沢山幸せな事があったね」
「まぁね。でも、ちょっとだけ疲れたかな」
今では俺の方が巨人のような身長差だ。なのに、彼女は近づいてきて俺の頭に手を伸ばす。ちょっとだけ背伸びをしてようやく届いたらしい。撫でながら微笑んだ。
「うん、大きくなった」
「シスターのお陰だ」
「やっぱり、彼女なら大丈夫って思ってた」
難度か頷いた彼女は撫でるのをやめて俺の手を取る。皺だらけになった俺の手を。そして歩く。一歩一歩、確かめるように、確実に歩を進める。
「話したい事が沢山あるよ」
「俺もだよ、母さん」
白い雲の上を、俺たちはゆっくりと歩いて、ゆっくりと話し続けた。これまで生きてきた時のように駆け抜ける事は無く、ゆっくりと歩き続けた。
了
本作はこれで終わりです。お読みいただきありがとうございました。




