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産まれて捨てられて

この作品も十話以内で終わる筈です

 俺は不良と呼ばれた事もナイフをひけらかして遊んだことも無いが、所謂社会のはみ出し者として現代日本社会で生活してきた。職にあぶれるような事は無かったが、選べるほどの選択肢も無く、仕方なく資格を取って、仕方なく土建屋の作業員として生きて来た。

 夢も無く、やりたい事も特にない。趣味で空手道場に通ってみたり、ジムで筋肉を鍛えてみたり、一週間だけ付き合った女と喧嘩別れしたり、何処にでもある生活を営んでいた。そんな俺が一体何をしたというのか、現在のところ鉄骨の下敷きになって口から血を吐いている。

 作業の為に道具を取りに一階に降りてみれば、落下物回収ネットを突き破って大き目の鉄骨が落ちて来たらしい。ネットと一緒に俺を押しつぶしたわけだ。最悪な事に即死じゃないようで、下っ腹と肺が潰れたらしく呼吸困難をプラスした苦痛に塗れている最中だ。

 周囲の騒ぐ声が聞こえるが、段々と遠くなっていく意識の中で逞しいオッサン達が俺を見下ろすのが見えた。

 ああ、今度からは、ちゃんと道具を装備して上階に登ろう。装備していれば、こんな目に遭う事も無かったのに。こんな最期だなんて、人生ってヤツは。お先真っ暗だぜ。


 こうして、三十二年生きた俺の人生は幕を閉じ、暗く冷えた世界に飲み込まれていった。



 ◇◇



 と、思ったが俺は生きていたらしい。目を覚ますと病院かと思ったのだけど、そもそも人間界では無いらしい。周囲には薄汚れた巨人が俺を見下ろしていた。

 何やら聞き覚えの無い言語を宣い、俺の顔を汚い手で触れて来る。やめろ。泥か何かのついた茶色い手で触るんじゃない。子供をあやすように変顔をキメるんじゃない。ぶほっ、笑わすな。

 めちゃくちゃゴツイおっさんの変顔を見せられて笑っていると、次第に相手をしているのも疲れてきて眠ってしまった。何だか良く解らないけれど助かったっぽいな。生きててよかったよ、本当に。あ、目が覚めたら現場監督の斎藤さんに連絡入れないと。スマホ…壊れてないと……いい、けど、な……。



 ◇◇



 睡眠というよりも昏睡と覚醒を数度繰り返している内に、俺は自分が置かれた状況にやっと疑問を覚える機会を得た。そもそも、ここは病院じゃない。寝ぼけてて気づかなかったが、俺を抱き上げている女性(巨人)は何か良い匂いと共に獣臭がするし、笑いかけて来る茶色いオッサン巨人たちは饐えた匂いがする。何日も風呂に入ってないとかじゃなく、ドブ川に落ちてそのままの状態を維持したような匂いだ。公共工事専門の業者の友人が、地震で液状化現象が起きた時に全身うんこ塗れで仕事をしていた時の様子に近い。いやあ、あれ以上かもしれない。あり得ないくらい臭い。風呂に入って無いんじゃないのか。

 そして俺の食事は決まって女性(巨人)のお乳である。お陰様でティクビから授乳した時に初めて気づいた事がある。俺、赤ん坊なんじゃないか、と。

 いや、ね。だって目がシパシパして良く見えないし。生まれたてだからなのか視野角が以前の半分以下だし。そもそも目が見えるようになって日が経っていないのか、あらゆるものがぼやけて見えるんだよ。自分の手なんて青い猫型ロボットの手にしか見えないんだぜ。それを眠気に襲われながら確認なんて出来ないってばよ。


「ダグレオ、○▼■ヴァ◎×」


 この「ダグレオ」っていう音に聞こえる発言は、どうやら俺の名前らしく、俺を見に来る奴らは揃って俺をダグレオと呼ぶ。多分、きっと、名前なんだろうと思う。あとは何か色々と聞こえて来るけど、視界と同様に聴覚もぼやけているので何だか良く解らない。


 あー、もう、寝よう。寝て起きたら、また巨人の母親に色々と声をかけてみよう。そして言葉を覚えるのだ。何もすることが無いのだから、言葉を覚える練習でもしてないと時間だけが過ぎてしまう。無理無駄は積極的に無くしていきましょう!が仕事をする上でのスローガンだからな。うむ。



 ◇◇



 何日かが過ぎたと思う。体温が高いせいなのか、外気が冷えているのか温かいのか良く解らない。俺自身が常に温かいので、ずっと母親の胸に抱かれている。起きた直後からそうなので、ずっと俺は抱かれてるのか。もしかして懐炉扱いかもしれない。そうなると外気は冷えている地域で、しかも季節は冬に該当するのかもしれない。知らんけど。

 大きな胸の谷間から外の世界を眺めていると、空からチラホラと白い何かが降ってきていた。俺がそれに手を伸ばすと、母親も上を見上げた。手を伸ばしてみても、母親の肩にすら触れることが出来ず、俺の鼻先に落ちて来た白いものは目の前に来ると直ぐに溶けて消えた。ちょっとだけ冷たい気がする。

 母親が何かを言いながら空が見えない場所に移動したらしく、一気に周囲が暗くなった。テントか何かだろうか。暫く母親が何かをすると小さな明かりが灯る。蝋燭よりも明るく、豆電球より暗い。そんなぼやけた視界の中で輝く何かを見ながら、俺はまた眠気に襲われたのだった。



 ◇◇



 周囲が騒がしい。母親にオシメを取り換えてもらいつつ目を配らせると、俺に変顔をして来る茶色い巨人が現れた。どうやら俺の父親らしい。ぼやけて良く見えないが、斧のようなモノを背中に担いでいる。ムキムキマッチョのバーバリアンだ!すげえと思いつつ何事かと呆けた。


「○リート▼◇■ヴァ、ダグレオ◎◎▼ゲザレア◇」


 うむ。父親が叫んでいる内容が名前以外サッパリである。今はほら、単語を覚えてる最中だからさ。幾ら物覚えが良い赤子だと言っても限度があるでしょ。数日で異言語をマスターできるわけないだろ!いい加減にしろ!

 母親は言われるがままに忙しなく動き始め、父親もガチャガチャとモノを集め始めた。母親に超スピードでオシメを縛られて抱き上げられると、俺の首がグリンと傾く程の速さで歩き出す。凄い負荷を全身に感じながら、俺を抱えながら母親は何かに乗った。高い。凄く高い。どれくらい高いかと言うと、巨人たちの頭が眼下に来るくらいに高い。なにこれ、こわっ。高所恐怖症じゃないけど、これは怖いぞ。

 高さにブルっていると今度は幾度も振動が響き始め、上を見上げてみれば歯を食いしばった母親の顎が見えた。下を見れば大きな乳房が。母親の手でぎゅっと抱きしめられて、もう地面を見る事が敵わなくなっている。

 何だか良く解らないけれど、とにかく身を任せてみよう。赤ん坊の俺に出来る事など、今のところ何も無さそうだし。俺は母親の服にしがみ付きつつ、オッパイがブルンブルン揺れるのを楽しみながら次第に眠りに落ちていった。



 ◇◇



 寝て起きたら、何やら知らないベッドで眠っていた。母親は同じベッドで横になっている。ゴロリと寝返りをうってみるが、大きな巨人が横に寝ているので、此処が何処なのか良く見えない。というか真っ暗だ。今は夜なのだろうか。うーん、暇だな。いつも起きる時は不思議と母親が起きている時だったのだけれど、アレはもしかして睡眠時間を母親に調整されていたのだろうか。

 それはともかくとして、暇だ。暗すぎて何も見えない。でも眠気が来ない。お腹がすいてるんだろうか。それとも尿意か。何で起きたんだろう。確か赤ん坊って本能的な理由で起きるよな。目の前の大きなオッパイに吸い付いたら眠気が来るだろうか。


「………」


 うん。肌ワイシャツみたいな服からお乳を取り出して吸ってみた。満腹感が得られたくらいで特に疾しい気持ちは何も沸き上がってこなかったよ。たしか、肉親には欲情しないフェロモン的な何かが存在するんだっけか。多分そのせいだろう。

 軽くげっぷを済ませると、周囲の暗さの中から微かな明かりを感じられるようになった。きっと、あそこの青い光は木製の扉か何かだろう。建付けが悪そうで、隙間風が入りまくってそうな粗悪な木の扉だ。

 アッチの青い光は窓か何かかな。とすると上の青い光は天井の隙間だろうか。雨漏り凄そうだな。壁はレンガ作りだけど、上は全部木製っぽい。外からは何かの動物の鳴き声がきぃきぃと聞こえている。ほぅほぅと鳴いているのは梟だろうか。

 ヒンヤリとした空気が肺に入ってきて、思わずブルリと体を震わせた。冷えた空気と相まってシンとした中で正体不明な声が合唱をしているのは不気味で仕方がない。俺は横に眠る母親にくっ付いて、静かに寝息を立て始めた。



 ◇◇



 運ばれて、運ばれて、運ばれて、また運ばれて。ニ十回くらいは夜が過ぎただろうか。母親との二人だけの時間が終わった。


「ダグレオ、ここ◎お別れ▼」


 母親はそれだけ言うと、俺を立派な門構えの建物の前に置いて去っていった。まだ寒い、冷えた風が吹く冬の空だった。

 母親が去っていった方向は大通りを見下ろすことが出来る緩い下り坂で、彼女の姿が見えなくなるまで俺は見ていた。俺にとってはまだ大きい籠の淵に手で掴まり、彼女の大きな背中を、いや、周囲の人に比べたら割と小さな背丈の彼女を見送った。

 鳴き声も上げず、呼ぶ事もせず、俺はただ、その背中を見送っていた。


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