ライ
「ぎゃああああ!!!」
「急に見えなくなって真っ暗になったと思ったら!!!
「なんで今度はずっと下に落ちてるのー!?!?
「なんなのおー!?もう嫌だあああー!!!」
シヴァールと教会が消えた瞬間、空中落下を始めたミランは下へ下へと落とし穴に落ちるような感覚でいた。
地に足つかない感覚は、まるで奈落の底に落ちたのではと錯覚するほどだ。
「シヴァールが帰れるって言ったのにーー!!」
「ぜんっぜん帰れないじゃなあーい!!」
ここまで来ると恐怖なんて消えており、不平不満を口にしている。それとは対極に笑みを浮かべているが、矛盾して目からは涙が溢れている。
もはや本人でさえも怒っているのか、泣いているのか、笑っているのかわからない様子。
「助けてぇ〜!! 誰か私を止めてぇ!!!」
泣き叫んでいた時、心底呆れたような深いため息混じりの声音が聞こえる。
「仕方のないやつだ。」
「もう誰でもいいからだずげでぇーーー!!」
なりふり構っていられないミランは、小さな体を楽器のように扱って爆音で叫んでいる。爆発音のように迫力がある。
「喚くな!静かにしていろ。」
金色の光がミランを包むと、気付いた時には足元に赤いレンガが見えた。
考えていたような衝撃はなく、すとんと階段から1段降りるようにつま先から着地する。
「助かったぁ...。死んじゃうかと思ったよ...!」
ミランが顔を上げるとレンガの道は遠くの山々へ続いていた。
自分の周囲にはレンガの広場と、広大な大草原が広がっていた。
「わぁ...綺麗な草原。でも、生き物の気配がない?」
(こんなに自然があるのに、なんで生き物がいないのかな?)
「俺ならここにいるが?」
不意にミランの後方から先ほどと同じ声色がする。
目を大きく見開き、パッと後方へ向き直る。
「...あなたが、私を助けてくれたの?」
「あぁ、そうだ。」
声のする気配は先ほどミランを助けた金色の光だった。
数歩先を渦を巻いて巻き上がっている。
「ありがとうございます! 誰なのかはわからないけれど、心から感謝します。」
スカートの裾をちょこんと摘み、礼をする。
「ふん。こんな茶番もたまには悪くない。」
「しかしこの世界でこれでは不便だな。...よし。」
渦を巻いている光の輝きが増し、膨張してくる。
弾けるように渦巻きの中心から光が飛んだ。
その中心部にいたのは、ミランより数個年上の男の子だった。
光を纏い、輝くような艶のある白い髪を襟足で一つに結っている。髪は骨盤付近まで長くサラサラと風に靡いている。
瞳は紫水晶を思わせるような薄く透けた紫色をしている。
白銀の外套に、金糸で煌びやかに装飾が施されている。
外套の下からは、黒い細身のズボン包まれスラッとした細い足が見える。
「私はポートミル侯爵が娘、ミランと申します。
あなたのお名前は?」
青年は顎に手を当て思案しながら答える。
「俺は、そうだな。...ライ。とでも名乗っておこう。」
「ライ様、ありがとうございま」「お前は、いつもそんな風に話していないだろう?普通に話せ。面倒だ。」
ぶっきらぼうに伝えてくる事を、ミランは好意的に思わなかった。
(初めて会うのに、そんな風に言わなくても...。)
眉間に皺を寄せながらムッとしている。
そんな姿を伺ったか、ライはミランにしっかり向き直り目の前に片膝をついて跪く。
「気分を害したことは謝罪しよう。
...人と話すのは久しぶりなんだ。」
あんたに危害を加えるつもりもない。」
「そんなの、大した事じゃないし大丈夫。」
「だけど」
ミランは跪いているライの瞳へどんどん近づいていき、お互いの鼻先が触れそうな程の距離で
「私にはミランって名前があるの!
お母様とお父様が名付けてくれた大切な名前よ!
あんたでもお前でもない!」
勢いに負けたライは、ミランの両肩をもち「わ、悪かった。わかったから離れてくれ。」と苦笑していた。
「わかったならいいよ!」とミランが数歩後ろへ離れて行ったのを確認して、ライは立ち上がる。
「帰り道がわからないんだろう?」
「あ、そうだった!!」
「先が思いやられるな...。」
「だって!!
シヴァールが帰れるって言ってくれたのに、ずっと落っこちてたから怖くて忘れてたの!」
「シヴァール?」
訝しげにライは尋ね返す。
「ここにくる前に、教会にいたお姉さんの名前だよ!
名前を忘れちゃって思い出せないって言ってたから、私がつけてあげたの。シヴァール・ヴァーニーって。」
「虹、か。なぜその名前を?」
「空を晴れ渡らせて、空へ橋をかける虹になればお姉さんを覚えている人がいつでも会いに行けるでしょ?
それに私のお気に入りの草原からは、良く見えるんだ!
だからシヴァール・ヴァーニーなの!」
「そうか。良い名だな。元気そうだったか?」
「ううん。私に継承?して力が尽きたら空へいっちゃうんだって。ライはお姉さんを知っているの?」
「知っているも何も、一時は一緒にいたんだ。あの小さな教会に。」
「え!そうなんだ!じゃあ、お姉さん名前も知ってるの?」
「...まぁな。」
「えぇーーー!教えて教えて!」
「今は新しい名があるんだ。昔の名は、俺が覚えていればいい。」
「えー。聞きたかったのにー。」
「それより、ここから帰る方法を知らなくていいのか?」
「知りたい!お母様とお父様が心配していると思うし、早く帰りたいの!どうやって帰れるのか知ってる?」
「そのために俺はここにいるんだ。実体まで象ってな。」
「わーい!!ありがとう!嬉しい!」
ライに駆け寄り腰にギュッと抱きつくミラン。
突然の行動に驚きつつも、少女の頭を優しく撫でるライ。
ゆっくりと撫でられる事で、ミランの緊張もほぐれていく。
ライは、そのままの体勢でゆっくり話し始める。
「このレンガの道を山まで辿ると、この地を築いた大木が出てくる。そこまでいくんだ。」