継承
白銀の衣を纏い、白いベールをつけた女性は教会の銅像の前に静かに佇んでいた。俯いている事にもよるが、光の光量によりベールがキラキラと光っているため表情を伺うことはできない。
教会内壁面は、蔦に覆われており自然と調和が感じられると共に年月の深さを感じられる。
「お待ちしておりました。さぁ。どうぞこちらへ。」
警戒しつつも促されるままに、女性の側へ近寄る。
すると女性の後ろには大きな彫刻のようなものが見えた。ただ、蔦に覆われており判別はできない。
ただ、見覚えがある様子のミラン。
「これは…女神像?」
「そのような思考で問題はありません。」
彫刻から目を離し、女性はミランに向き直る。
「私がここを守ってきたのは、先ほども思念を通じお話ししましたが、お伝えするべき事があります。」
ふぅと息をつき話始める。
「守るべき生命が増え、守るべき困難も増えています。」
「力が足りず、全ての安寧を守る事が難しくなっています。」
「…今ではあのような姿に。」
蔦だらけの彫刻へ視線を移し、憂いを帯びた声色がぽつりと話を紡ぐ。
「なにがなんだかわからないー!
でも、女神様の力が足りないっていう事?」
「…えぇ。私の力もじきに尽きます。」
「お姉さんの力がなくなったら、女神様には何がおこるの?」
「正確には経験した事がない為憶測でしかありませんが、加護が消えてしまうと思われます。」
「加護が、消える…?」
「もう、時間がありません。ミラン様はポートミルの血を継いでいます。急ぎする事がございます。」
「え、ちょ、ちょっと待って!
その前に色々教えて欲しい事がああるの!私の家になにかあるの?
まだ分からない事が…!」
「…この空間をミラン様に展開し、保っているのは限界がきています。ご説明ができず申し訳ありません。」
「使命のためです。お許しください。」
「そ、そんな…。」
「貴女様を招いた理由は、役割と器の継承。」
「この力はもうじき尽きます。
その前に貴女様へ継承していただきます。
光を…受け入れてください。」
「継承したらお姉さんはどうなってしまうの?」
「役割を継承した私は、力が尽きると共に空へ消えるでしょう。」
「そんな事って…!お姉さんは怖くないの?」
「…怖い、ですか。もうそのような感情はとうになくなってしまいました。」
「…お姉さんお名前ないって言ってたよね?私がつけてもいい?」
「え?」
「消えてもお姉さんが忘れても、お姉さんに名前があれば私が覚えていられる。
色々聞きたかったことはたくさんあるけれど、私のお願いを聞いてくれたら継承する。約束するよ」
「…承知しました。」
「わーい!」
「貴女の名前は...。」
「シヴァール・ヴァーニー」
「暖かくて、雨空を晴れ渡らせ光の橋を架ける虹よ!」
「…シヴァール・ヴァーニー…。」
「どう?気に入らなかったら別の名前でも…」
ミランの前に両膝をついてぎゅっと抱きつくシヴァール
「…ありがとう。ミラン様。私は貴女様に会えて嬉しかった。」
すっと身体を離され、シヴァールの顔を覗き見ようとした。すると、
ぽたりとミランの頬に涙が落ちる。
切り替えるように立ち上がり、右手を差し出すシヴァール。
「…もう時間です。さぁミラン様。」
静かに頷いてその手を取る。
そして彫刻の方へ2人で手を繋ぎ向き直る。
「私が望むは役割と器の継承。」
「シヴァール・ヴァーニーより、ミラン・ポートミルへ。」
彫刻からぶわっと蔦の隙間から強烈な光が溢れ出てくる。
「うぅ、眩しい!」
光と共に柔らかな暖かい春のような風が吹いてくる。
「光を受け入れてください。
力を抜いて、暖かい風を信じて。」
瞼を閉じて深く、深く呼吸をする。
(暖かい…。身体がぽかぽかする。)
強烈な光が弱まりそっと目を開くミラン。
「ありがとうございます。継承は終わりました。」
その言葉を聞いた後、周囲の教会やシヴァールから光の粒が空へ立ち昇っているのが見える。
「シヴァール!」
「もう時間のようです。」
「ミラン様は元の場所へ帰るべき所へお戻りになられます。」
「ありがとう!絶対忘れないから!!」
シヴァールは自らにかけられているベールを取る。
「…えっ? 私?」
ベールを外したシヴァールは、まるで自分のような瑠璃色の瞳をしていた。そして顔もミランにそっくりだった。
「ちょ、ちょっと待ってまだ!!」
フッと周囲の光が消える。