森の中で見つけたもの
大地から足が離れる感覚。
それはほんの数十秒にも満たず、元の重量がかかる。
を開けると青い光が消え、景色が徐々に彩られていく。
ゆっくり見上げると都市部では見られない広大な空。
空を羽ばたく鳥の羽音と声。
周囲を見回すと、これでもかと広がる豊かな緑。
そしてログハウス調の大きなお屋敷。
「わぁー!ついたんだ!領地に!」
「さぁ!みんながミランを待ってる。会いに行くか?」
「はい!!!」
我慢できず素早く走り出すミラン。
「いきなり走ったら危ないわよ!」
「お父様!お母様!早く来てください!」
(みんなが待ってる!!)
ミランが走るのは城下町...ではなく、反対側の豊かな自然が広がる草原だった。坂を下ったすぐ先にある。
「おーい!みんなー!帰って来たよー!」
草原で立ち止まり、誰もいない場所に向かって声を張り上げるミラン。
するとひょこひょこと大小の頭が草むらから顔をだす。
ミランを見るとだーっと走って集まってくる。
リスに子ヤギ、子熊にウサギ。森からもドドドっと大きな足音が聞こえてくる。
姿を現したのは大きな牙が生えている猪だった。
普通はこの体躯で突進してこようものなら逃げ惑うのが筋だが、ミランは逃げようともしない。
逆に瑠璃色の瞳をキラキラと星のように輝かせている。
そのまま突進してミランを突き飛ばすかに思えた。
だが、ギリギリで減速して踏みとどまり...、損ねたようでミランをふかふかの草原に仰向けで倒してしまう。
そのままミランの顔を大きな鼻で、ふんふん嬉しそうに嗅いでいる。
小動物たちも勢揃いしミランを取り囲んでいる。
「みんな久しぶりだね!!! ファン!少し会わないうちにこんなに大きくなったのね!」
自分よりも大きな身体に抱きついて、よしよしと身体を撫でる。
猪のファンは得意げに鼻を鳴らし、まるで「もう子供じゃないぞ!」と言わんばかりだった。
今度は草を蹴る軽やかな規則正しい音が聞こえてくる。
上体を起こすと、いつの間にか毛並みの良い黒馬に乗って追いかけてくるロンネートと白馬に乗ったリリーの姿。
ゆっくりとミランの前で止まる。
2人はそれぞれの馬から降りる。
「久しぶりに会うのは嬉しいか?
なんたってこの子達は、この辺りで稽古している私を見ると「ミランはまだか」と言ってきそうな表情だったからなぁ!」
ははははは!と豪快に笑い飛ばす。
「あら、みんな少し見ない間に大きくなったわ! みんな大人になって来たのね?」
「勿論です!この子を助けてから2年は経ちますし!ね?」
視線をやるとファンは「ふふーん!」と雄々しく鼻息を鳴らす。
「…そうね。産んでくれたばかりの母親を、密猟者に殺され行き場を失っていたところを保護したんだったわね。」
「全身泥だらけで泣きながら、小さい猪を抱えて邸宅に戻ってきた時は、本当に驚いたわ。」
「一時は生死を彷徨ったが、ミランはよく諦めなかった。ファンの世話をしっかりした事偉かったぞ?さすが自慢の娘だ!」
よしよしと頭を撫でてくれる。
「だが、ミランでもファンの知らないことはあるんだぞ?」
含み笑いをする父親に、
「え、なんですか!?教えてくださいお父様!!」
「それは私じゃなく、ファンに聞くといい。な?」
すると、雄々しかった体躯が縮まったかのように小さく見え視線を泳がせている。
「ファーーンーー?」と聞くと、ミランには敵わないようでゆっくりと森まで後退りする。
すぐに追おうとするミランを止め、
「待ってあげて?何かあるんじゃないかしら?」
3人で様子を伺うと、もう1匹の猪が。
ファンは長く鋭い見事な牙をしているが、隣の猪の牙は短すぎて生えてないように見える。
「ファンに、家族ができんだ。」
「ええー!?」
驚きを隠せないミラン。
「そうしたら、あの子はファンの奥さま!?」
ファンは照れているかのように、顔が緩んでいるように見える。
そしてその姿に我慢できず駆け寄って、2匹ごと抱きつくミラン。
「ファンには、心から大好きな子がいたんだ!家族ができたんだ!!よかったぁー!」
とすりすりしている。
ミランが身体を離すと、ファンはまるで「俺についてこい」と言わんばかりに巨大なツノをブンと振っている。
ミランもその意を汲み、素早くたーっとかけ出す。
ロムとリリーも後に続いていく。
ファンを先頭にして、ずんずん森の深い方へ歩いていく。
しばらく進むと、巨大な木々が立ち並んでいるトンネルのような場所を歩いていた。
木漏れ日がキラキラ流れ星のように降り注ぎ、瑠璃色の瞳に反射する。
「わぁー!きれいー!!!」
「こんな所があったのか。...しかし、この大木はまさか原生林か?」
「えぇ。かなり大きいわね!
樹齢何百年かしら?
この地で果てしない時を見て来たんだわ。見守ってくれてありがとう。」
太い幹に手をやるリリー。
待ちくたびれた案内猪のファンが、「行くぞ!」と言わんばかりに角を一同に向けて振る。
「今行くね!!!ごめんね!」
歩いていた道が細く小さくなっていく。
大人が立っていた道は、腰を折って屈まないと通れなくなった。
そして徐々に登り始めて厳しくなる道。
大人たちは姿勢も相まって、速度が低下しているが少女のミランは問題がないようでずんずん前へ進んでいく。
そして突然開けた丘にでたミラン。
「お父様!お母様!早くー!」
「今行く!」
2人はミランが待つ丘に到着した。
そこは綺麗な色とりどりの花々が、絨毯のように敷き詰められている。
花から花へ飛び回る蝶。
付近には小川があり、心地よい水音が響いている。
中心部には先ほど目にした大木の、比にならない程大きい1本の木が聳えていた。
「はぁー。やっと着いたわ...。うゔーん流石にこの道は身体に響くわね。」
簡易的なドレスについた土や葉を落とすように払っている。
「これは私も思ったな。まるで子供のために作られているように思うくらいだった。」
リリーは疲労の色が濃い様子。
愛しの我が子の姿を探すと、聳え立つ木の方へ向かうのが見えた。
2人で向かうと、
「お父様、お母様。こちらを見ててください。なんでしょう?これは...?」
視線の先には、巨大な幹の根が地面付近で二つに分たれていた。
中心には明らかに人工物だと思われる石が立てて置いてあった。
「これは...墓標か?」
「ぼひょう?」
「…亡くなった人を埋葬する時の目印よ。でも、なぜこんな場所に?」
屈んで注意深く石碑を眺めているロンネート。
「あぁ。ここに何か彫られているが...風化していて読めないな。私にもわからない。」
「ロンにも分からないなんて...。でも、なぜこんな所に?
人里からは離れすぎているし、誰もこの地に来られないじゃない。子孫が守っていけないし、誰も祈りに来られないわよ?」
「そうだな。だが、それを知るのは難しそうだ。あまりにも時が経ち過ぎている。」
ミランもロンネートの後ろから石碑を覗いていたが、小さな背中をツンツンと角で優しく突かれる。
「なぁに?ファン?」
振り返ると色とりどりの花畑に行こうとミランを誘っているようだった。
近くのお花を間近で見ていると、ファンが「違う」と言っているかのように首をブンブン回している。
「ちょ、ちょっと!ファン危ないよ!落ち着いて!!」
よしよしよしと宥めていると、リリーが閃く。
「…あ!きっとファンはお花を見せたい訳じゃなくて、お花を摘みたいのよ!そうでしょう?」
ファンに目線を合わせるように屈んで問いかける。
ファンは「その通り!」と言わんばかりにキラキラとした目でリリーを見ている。
「摘みたい?なんでですか?」
「恐らく、綺麗なお花をこの石碑に供えてほしいんじゃないかしら?」
「死者を弔うために石碑が建てられたとしても、何百年も誰も見に来てくれる人が居なかったら寂しいじゃない? ミランはどう思う?」
「私もそう思います!誰も来てくれなかったら寂しい...。サラにも、お母様やお父様にも来てほしいです!」
「ふふふ!そうね!
この方と私たちは会ったことはないけれど、どこかできっと見守ってくれているに違いないわ。」
「そうですね!!お花を集めて沢山飾ります!」
せっせと花を摘み、色とりどりの花束や花冠を作っていく。
石碑の周りは質素だったが、華やかな雰囲気に変わった。
風化した石碑には色とりどりの花で編んだ花冠が、重ねてかけられている。
石碑の足元には纏められた花束が3つ。3人がそれぞれ作り用意したものだ。
「よし…!これでいいな。下に戻る前に、この方へ挨拶をして帰ろうか。」
「えぇ。そうね。」
「はい!」
3人は1人ずつ石碑の前に跪き、両手が重なるように握って俯き祈る。
「さぁ。ミラン。」
ロンネートに促されるままミランも跪く。
瞼をゆっくり閉じる。
(…何方かはわかりませんが、ゆっくりお休みください。これからもここを見守ってください。)
心の中で思いを吐露する。
石碑より白く眩い光が、ミランに向けて放たれる。
「なに!?この光は!?」
「ミラン!!!!」
ロンネートは咄嗟に娘を庇うよう、石碑との間に割って入った。リリーは光から娘を庇うように、しっかりと抱きしめる。
両親の力及ばず、光を濃厚に浴びたミランはリリーの腕の中ですっかり意識をなくしていた。
今週多忙でして、更新遅くなってしまい申し訳ありません!