お父様!
あれから数日後。
ランリーが懸念していたサラの体調は全く問題がなく、疲労と脱水症状だったと王城より魔法の手紙で報告があった。
(まぁ、そうだろうな…。)と思っているのはミランもサラも同じだ。
そんな事がどうでも良くなる出来事が、明日のミランにはある。
久しぶりに休暇を貰えた父と母と3人で出かける事になっているからだ。
「お嬢様?早くお休みされませんと...。明日はお出かけされるのでしょう?」
ベッドに入ったものの中々眠れない幼い少女へ、侍女長が心配そうに話しかけると
「わかっているけど、楽しみだと眠れないのー!だってお父さまがいらっしゃるのよ!」
「それにお休みまで頂けるなんて...!珍しいから本当に嬉しいの!」
コロンコロンと鈴のような弾んだ声で話す。
「そうですわね。でも、今からそのようでは明日どこへも行けなくなってしまいますよ?」
「私が居てはお話し相手になってしまうと思いますので、こちらで下がらせて頂きますわ。」
「それもそうね……。寂しいけどおやすみなさい。」
「はい。おやすみなさいませ。」
キィーと扉が鳴いて、外へ一礼して出ていく侍女長をベットで横になったまま手を振って見送る。カチャンと扉は閉まった。
(いつかは眠れるかもしれない)
と願い、瞼を閉じる。
するとこの願いはすぐ叶えられる。
そして見えるのは金色の世界。
自分以外には姿も景色もない。
ふわふわとした靄だけが目立つ。
「ここはどこ?」
「お父様? お母様?」
「サラー!」
叫んでも返事はない。
「どう言う事なの?みんなはどこ?」
遠くに聞こえる声
「セ…………。」
「今なんて?聞こえないよ…?」
「………………………ヨ。」
「え?」
「……………。」
(何か話しているみたいだけど、声が遠い。何も聞き取れない…。)
声の聞こえる方に歩こうとするが、声が反響して聞こえているためミランでも特定ができない。
そして一際強い光が放たれ、黄金の世界が遠ざかっていった。
ハッと目が覚めると、見慣れた天井に見慣れた部屋。
ベッドから窓の外を見ると、まだ月が出ている夜の世界が広がっていた。
「夢だったんだぁ。」
「………ふわぁぁ。もう少し寝ようっと。おやすみぃ……。」
大きな欠伸をしてううーんと両手を上にあげて伸びをする。
そしてそのまま瞼を閉じた。
「お……さ…! おじょ……!」
「お嬢様!!」
ハッと目が覚め身体を反射的に起こす。
そんな様子を見て侍女長は
「そのご様子だと、夜はあまり眠れなかったようですね…。」
心配そうな表情で少女を見る。
「お、お父さまは!?」
「旦那様はまだおいでになっておりません。…いらっしゃる前にお支度を致しましょう?」
「うん!!」
促されるままにベッドから出て着替えを済ませ、髪の毛を整えてもらう。
今日は、髪を低い位置でゆるふわお団子に仕上げてくれた。
支度をし、食事の間まで移動する。
コンコンコンと侍女長が扉を叩く。
「お嬢様がおいでです。」
扉を内側から開けてくれた。
そこには、ミランが待って待って待ち侘びた人がいた。
「お父様!!!!!!!!」
姿を見るなり、駆け出して座っている父に抱きつく。
「ミラン!元気にしてたかい?」
「はい!!元気です!会いたかったですお父様!!」
すりすりと父の胸に顔を擦り付ける。
ロンネートは自身の顔に手を当てて天を仰ぎ見る。
(なんて可愛いんだ私の娘は...!)
(やはり、笑った顔はリリーにそっくりだ。あぁ…なんて愛おしい!)
「ロン?大丈夫?ミランが困っているわよ?」
目を見開き己が娘を見ると、心配そうにこちらを見ている。
「ミラン大丈夫だ。心配させたみたいだな。悪かった父を許してくれ...?」
「お父様大袈裟ですよ!大丈夫ですか?」
「あぁ!この通り元気だよ!」
そう言うと椅子から降り、ミランと視線を合わせると正面からぎゅーっと小さな身体を抱きしめる。
「お、おとうさま!苦しいですぅー!!!」
ロンネートはニヤリと笑って、挑発するような目でそばに居る愛しい妻に視線を向ける。
「リリーもどうだ?」
「……っもう!貴方ったら…!」
頬をピンク色に染めた母のリリーも巻き込んでぎゅーと3人で抱き合う。
そんな様子を見ていた周りの使用人たちは一様に、
((愛しいご主人様方万歳!))
と思っていた。
そこで侍女長が口を開く。
「……旦那様、奥様、お嬢様。お出かけに遅れてしまいますよ?
せっかくの朝食も冷めてしまいます!」
「あ、あぁ。そうだったな!まずは朝食から頂こう!」
「そ、そうね!頂きましょう!ほら!ミランも座って座って!」
「はい!お母様!お父様!」
両親は気恥ずかしさで頬が赤くなっているが、幼いミランはなぜ親の顔が赤くなっているのかわからなかった。なので無邪気に笑うのみ。
今日の朝食はカリッとふっくら柔らかなトーストと、スクランブルエッグ。スープはポタージュで健康に配慮したサラダも置かれている。
「今日は、領地に戻りそこから移動しようと思うんだ。いい場所を見つけたんだ!きっとミランも気にいる」
「領地に戻れるのですね!
わぁー楽しみ!どんな所だろう!
みんなは元気ですか?」
「あぁ元気さ!みんなミランを待っているよ?」
「こらこら…!早く行きたいからとそんなに早く食べないの!
領地は逃げたりしないわよ?」
クスッと微笑む愛しい母は、最愛の娘の頭を撫でる。
「準備ができたら、邸宅の前に集まるように。いいね、リリー?ミラン?」
「ええ。」「はい!」
リリーは身支度をするため、一旦部屋に戻っていった。
ミランの支度は全て侍女長が行っており、なにもする事はないので父と一緒に邸宅前で待つことに。
「お父様!向こうに行ったらたくさん遊びたいです!」
「勿論だよ!そのために、いろいろ準備をしてきたんだ。楽しみにしていてくれ?」
「はい!楽しみです!」
そんな話をしていると、
「お待たせ!」とリリーが集まった。
「全員揃ったようだな?よし。では。」
いつの間にか邸宅前には、一列にずらっと並ぶ形で使用人たちが集まっていた。
侍女長へロンネートは話しかける。
「皆。2日後に戻る。留守を任せた。」
「承知いたしました。お気をつけて。お帰りをお待ちしております。」
「あぁ。頼んだぞ。」
ロンネートの周りからぶわっと魔力が溢れ出て、空気が押されるように上昇気流が立つ。
するとリリーとミランの身体をも包み込み、ロンネートの魔法によりシュンっと移動した。