ランリー・ブルーウィング
「2人とも、来てくれて嬉しいよ。お待たせして悪かった。」
少年は海のような青い髪に、太陽のような赤い瞳をしている。青い髪は王家を継ぐものにしか出ない色とされている。顔貌は幼さが残るが、整った顔つきは社交界に生きる麗しい婦人たちから将来が有望視されている程だ。
背はミランよりもやや大きい。
「ごきげんよう、ランリー殿下。お会いできて嬉しいですわ。」
サラは、スカートの裾を指先で持ち上げ上品に挨拶する。するとランリーはサラに笑いかける。
「サラは変わりないようだな。相変わらずで、とても安心した。顔色も良いし体調も良さそうだ」
様子は変わりないかと、病弱なサラの姿をじっくりとランリーは観察する。
「お、お心遣い、とても嬉しく思います。あ、ありがとうございます...!」
平静を装っていたサラだが、こればかりは照れてしまったようだ。頬は朱に染まり、瞳は潤んでいた事を観察眼のあるミランは見逃さなかった。
(とても分かり易いのに、殿下は何故気付かないんだろう)
それもそのはず。ランリーは女性たちから向けられる視線に慣れており、それが好意からくるものだと思っていない。
(サラかわいそう...。)と未だ恋心も、ランリーの事情も知らないミランでさえ親友に同情するほどだ。
「ランリー殿下!お久しぶりです!」元気に淑女の礼をする。
「数ヶ月会わない間に、殿下に少し背が抜かれてしまいました!私はそれが1番ショックです。」
「ははっ!ミランも変わりないようだな!それはそうだ!私はこの国の王太子だからな。背も伸びないと示しもつかない」
ニヤリと1人の少年のように笑う。
「2人にとっておきのお茶菓子を用意しているんだ。きっと口に合うと思う。」
「わーい!!!楽しみだったんです!王城のお菓子!」
「ありがとうございます。ランリー殿下。」
用意されているふかふかの椅子が三脚。
ランリーを頂点にした三角形に、ミランとサラは移動する。
「どうぞ。レディ?」2人の椅子をそれぞれ引いてくれた。
それぞれお礼を言って着席する。
メイドたちが紅茶を準備していく。
あっという間にティーカップに注がれ、目の前に差し出される。
「うわぁー!いい香り!これは葡萄ですね!」
「しかもこの美しい色と、芳醇な香り...!王妃殿下のご実家で取れる最上級の葡萄ではないですか!?」
ミランは目を輝かせ、サラは思案が止まらない様子。
「2人ともご名答。
これは母様からプレゼントで頂いたものだ。
僕らにまだワインは早すぎるけれど、味に慣れるようにとくださったんだ!
2人とも是非飲んでみてくれるか?」
「いただきます!」
ゆっくりとカップに口をつける。
鼻腔から入る、まるで収穫仕立てのような上品な香り。
「少し苦味がありますが、とても奥深い味が致しますわ。後味も苦味が爽やかで、なんて飲みやすいですの!?」
「甘くて美味しい!...ん?」
輝いていた表情の雲行きが徐々に怪しくなる。
「うゔーん。後味が...。私にはちょっと渋みというか苦味?が強いようです...。」
ガックリと肩を落とすミランに、隣にいたサラが「大丈夫?」と背中を摩ってくれる。
「大丈夫かミラン?」
ランリーも心配そうにこちらを見ている。
「えぇ。飲み慣れていない味ですもの…。練習にとご用意してくださった王妃様に感謝しないとですね!」
平静を装いながらわざと元気よく言う。
「母様には伝えておくよ。いい練習になったとね!」お茶目にウィンクして見せるランリー。
ミランには無効だが、横にいるサラには急所だったようだ。
「はぅぅ…。」と両手で胸をおさえている。
「大丈夫か!胸が苦しいのか?」
「ま、まさか紅茶に毒でも…!?」
慌ててランリーは立ち上がり、サラの横に跪き胸に添えられている手をとり表情を窺う。
「ランリー様ー?毒なんて入ってないですよー心配しすぎですー。というかこの状況は、寧ろ逆効果では?」
2人揃ってサラを見る。
ますます顔は紅潮し、身体からプシューと蒸気でも出そうな姿を見て思わず棒読み早口で伝えてしまうミラン。
心の中では(あーあ。やってるやってる)位に冷めた目で繰り広げられている現実を直視している。
「逆効果…?何のことだミラン。詳しく教えてくれな」「な、ななな、何でもありませんの! だいじょう、ぶ。大丈夫ですわ!」
危うく暴露されそうになった自身の秘密を、辛うじて守るため割り込むサラ。
「本当か?顔も真っ赤だし、熱でもあるんじゃ?」
そう言うとランリーは大胆にも、狼狽しているサラのおでこに自身のおでこをくっつけたのだ。
これにはさすがのサラも参ってしまったようで、遂には一言も口から紡げなくなってしまった。
「…やはり熱いな。王城の医官に診せよう。」
そんな様子を見かねてミランは、
「そうですね!それがいいと思います!」
「サラは照れ屋ですし、慣れている殿下が運んで頂けると、彼女も安心できると思いますしそうしましょう!」
もはや抵抗すらできないサラだが、葡萄色の瞳でキリリとミランを睨んでいる。が、ミランには
(まるで子犬だね…。)程度だ。
「ではサラを運ぼう。悪いが、ミランはここで待っていてもらえないだろうか。サラを寝かせて、すぐ医官に診せるが見送りくらいはさせてほしい。」
「いいです殿下お構いなく!ここにあるケーキセットを頂いたら帰りますから!サラのそばに居てあげてください!」
「はは!ケーキなどいくらでも食べていくといい!
すまない。この穴埋めはまたいつか。」
ランリーはすくっと立ち上がり、サラを姫抱きにする。
ランリーの後ろ姿を礼にて見送る。肩越しに見える親友からの、熱い視線を一心にミランは受けながら
(頑張れ)という念を込めつつあっかんべーと自身の舌をだして挑発してみる。
抵抗することのできないサラは、可愛らしい口をへの字に曲げて眉間に皺を寄せることしかできなかった。
1人残されたミランは残った紅茶と、ケーキセットを食べる。
(そういえば、王城で咲いた珍しいお花見れなかったなぁー。今度またお誘いあるといいな!)
この花が今後歴史に刻まれるような大騒動を起こし、
それに自身が巻き込まれることになるのをまだ彼女は知らなかった。