誓う
昨夜
王城のランリー執務室にて。
重厚なプレジデントデスクで、羽ペンを用いてサラサラと書類を捌いている。
唐突に軽やかに扉がノックされる。
「誰だ。」
サラサラと動いていたペンがぴたりと止まる。
「殿下。私です。」
聞き覚えのある声を確認したランリーは、静かに「...入れ。」と伝える。
「失礼します」と入ってくる男は、黒のローブを着てフードを被っている。
「首尾はどうだ?」
フードを取るとその男は、ふわりと揺れるヴァイオレットグレーの髪。絵に描いたような風体。
正体はミランの最側近であるハウエルだった。
「向こうの動きについては気になる点がございます。ですがまだ尻尾を出さない様です。」
「そうか。ご苦労だった。」
ランリーはもう下がっていいとでも言いたそうだ。サラサラと再びペンを動かし始める。
そんな王太子に対して、痺れを切らしたようにハウエルはこう言う。
「ミランお嬢様のご様子は聞かないのですか?」
ぴたりと止まる筆。
少しの間があき、
「...俺は彼女の事を聞けるような立場ではない。」
ギリッと唇を噛み締めるハウエル。
「ミランお嬢様の護衛を殿下より仰せつかり、私は王城を離れました。」
「ですが、お嬢様を公に護れるのは殿下だけなのですよ!?」
語気を強めるハウエルに反して、冷静沈着なランリー。
そんな主君を見て全てが歯痒く感じていた。
(ミランお嬢様を公式の場で守ることなど私では、叶わないと言うのに...。)
「...お嬢様が、日々どのような思いでいらっしゃるかお考えになったこと、殿下にはございますか?」
「....。」何かを考えているのか、重く口を閉ざすランリー。
そんな主君を哀れに思ってしまう。
前の彼とは変わってしまったからだ。
(前の殿下なら弱者をみれば、なりふり構わず飛んでいった。
今は真逆だ。この環境が、教育が、洗脳のような期待が殿下を変えさせてしまった。悪い方へ誘う力に抗えなかった。)
幾度となく彼を奮起させようとした。だが、幾度となく彼の目に燃えるような本物の太陽は宿らない。
「失礼します。」と伝えハウエルはその場を辞した。
1人残されたランリーは、右手で髪をかき乱す。
「わかっている...。わかっているんだ...。」
俯き肘をつき、両手で頭を抱え数分経った。
徐にデスクの引き出しから便箋を取り出し、今自分ができる事を精一杯綴り封をする。
「これからはハウエルにだけ任せず、一緒にいる時間を少しずつ増やそう。それを咎められても理由なんてどうとでもなるさ。」
立ち上がり、執務室の窓を開く。
(夜風が冷たい。)
封書に魔力を込めると、それは煌めく星に姿を変えた。
真っ直ぐに迷わず飛んでいく光を、いつまでもランリーは見ていた。まるで羨望の眼差しを送るように。
「殿下!」
ミランに呼ばれてハッと気がつく。
教会へ移動中の馬車だ。
どうやら微睡んでいたらしい。
対面に座っていたミランが異変に気付き、前のめりになってこちらを見ている。
「どうされたのですか?」
「...いや、問題はない。」
「ですが、やはりお疲れのご様子です。...身体が休めと言っておりますよ?」
ミランを見て気付いたことがある。
輝き、潤んでいる瑠璃色の瞳。
華奢な体から流れるように落ちている、ストロベリーブロンドの艶やかな髪。
応接間で見た純白のワンピース姿。
お転婆な少女のままかと思っていたが、すっかり成長し立派な侯爵令嬢となっていた。
(最近のミランを見ると、何故か目が離せなくなる。)
静まり返る馬車の中には2人きり。
心配そうな彼女の手を取る。
(彼女はどんな反応をするのだろう。)
目に飛び込んだのは、顔を赤色に染め驚いたように固まる婚約者の姿。
「で、殿下..?」
紡いでいる言葉も、仕草も反応も全て今までは見る余裕がなかった。
ミランへの手酷い仕打ちも、ガーデナーやハウエルから報告が上がってくる。
誰にも助けを求める事が出来ない婚約者を、陰ながら助けているつもりでガーデナーやハウエルを彼女へ今までは送ってきた。公に婚約者のために行動する事を許されなかった自分は、それだけで満足していた。
昨晩のことを思い起こす。
「お嬢様を公に護れるのは殿下だけなのですよ!?」
(これからはもっと、もっと目を向けるようにする。)
胸に秘めた想いを誓うように、手に取った華奢な手の甲に口付けを落とす。
まるで薔薇のような頬をした婚約者に、満足した様子で手を離す。
微かに微笑む彼は、以前の姿を彷彿とさせたように見えた。




