サラ・アンレイ
「サラ! 先に来てたのね!」
「えぇ。ミランも早く来れてよかった〜。1人で待つのは退屈だったんだもの。ここには認証がないと本も持ち込めないから…。」
ソファーに腰掛けている少女は、双翼の1人でアンレイ公爵家の娘だ。白く黄味がかった健康的な肌色に、桃色の血色が良い頬。深い栗色の髪。瞳はもぎたての果実のような葡萄色をしている。
「サラは本が好きだね。今は何の本を読んでいるの?」
サラの隣に駆け寄り、隣に座る。
「最近はこの王国の建国当時を書いている伝記を読んでいるの。みんなはおとぎ話じゃないかって言うけど、折角残されているのですもの。なにか理由があるんじゃないかと思って。」
「あ、もしかして女神様が出てくる話? えっと、タイトルは…」
「ベリー物語。女神様の好物が芳醇なベリーだった事に由来するみたい。」
「そんな由来があったんだ!だから年に一度女神様へ感謝を伝えるお祭りでベリーが神殿に寄付されるんだね」
「うん。自然と暮らすブルーウィンングでは、特にベリー栽培が活発なのもそれが関係しているわ。」
「サラは凄いなぁ。沢山の事を知っているんだもん。」
「何言ってるのー。私は生まれた時からあまり体が良くないから。家にいることも多くて、暇つぶしに本を読んでいるからだよ。ミランのように大自然を謳歌できたら…と思うの。」
アンレイ公爵家の人々は、身体が小さく線が細い。
そのためポートミル侯爵家のように武闘派ではなく、豊富な知識で王族を助けてきた。
自宅には大規模な書庫があり、国内では王城のに次ぐ広さと本の種類を誇っている。
サラの父親である、ビルマ・アンレイは王国の知識として活躍している。
「でも、2人一緒なら知らないことも知れるでしょ?」
「えぇ。そうね。ミランと一緒にいると、とても楽しいわ。」
にっこりと微笑み合う2人。
「それで、伝記にはなんて書いてあるの?」
「えっとね。」
「この国は荒野でした。作物も動物も育たない荒れ果てた大地でした。生まれるはずの命も、生まれた命も失われる現状に女神様はお嘆きになり、涙を流されたのです。」
「涙は大地に降り注ぐ雨となった。雨がやがて上がると、荒れ果てた大地から新しい命が芽生えたのです。
それは大地を覆い高く高くのび、やがて花が咲きました。荒れ果てた大地は、女神様の祝福により豊穣の地になったのです。生き物や人々が多く住まうようになりました。魔物により命が奪われぬようにと緑豊かな大地を囲むように結界をつくってくださいました。」
「女神様はこの事を、大変お喜びになりました。しかし、護る命も増えたため女神様1人では結界の維持と生きる者たちの守護が難しくなってしまいました。」
「そこで女神様は、1人の少女に出会いました。女神様の恵みである大地、そしてそこに住まう生き物たちを、彼女は深く愛していたのです。」
「そんな彼女へ女神様は、この大地で咲いた初めての花をお与えになりました。すると少女は女神様の力を身体へ吸収し、女神様の力を借りることができるようになりました。少女は人々から“聖女“と呼ばれるようになりました。」
「その少女は、自然と人々。そこで暮らす生き物のために生涯祈りを捧げました。少女は若い女性になり、その力に目をつけた悪き者たちに狙われてしまいます。」
「女神様は大層お怒りになり、聖女を天界へ連れて行ってしまったのです。人々は悲しみました。女神様にお許しを頂けるよう、大教会を造りました。祭壇に女神像をつくり祈りを捧げたのです。」
「人々の祈りは女神様に届いていました。女神様は自分がしてしまったことへの罪悪感でいっぱいになっていたのです。人々は祈りが届いていないと思い、懸命に祈り続けました。」
「そしてある時、1人の年老いた女性が大教会に貢物を捧げました。それは甘い香りのする、芳醇な紫色の木の実でした。年老いた女性は聖女の母だったのです。彼女は娘を返してもらえるならば、命を捧げると涙を流したのです。女神様は決意しました。」
「その時、教会の祭壇から眩いほどの光が、柱のように空へ昇りました。その光が徐々に消滅すると、祭壇に捧げられた木の実は消え、かわりに人々が探し求めていた聖女がそこにはいたのです。聖女の母は泣きながら感謝を伝えました。そこで聖女は女神様のことを人々へ話しました。ひとりぼっちのあの方へ捧げるお祭りをしましょうと。」
「それから毎年女神様の祝福に感謝する祭りが開かれるようになりました。紫色の芳醇な果実をふんだんに添えて。」
「聖女は亡くなるまで女神様へ仕え続けました。聖女が亡くなると、聖女の亡骸から一粒の種子があらわれました。そして女神様は、聖女の亡骸を通して初めて人々にお話をされたのです。」
「この種子は、この大地で初めて咲いた花だ。次の聖女が現れる時花が咲くだろう。それまで持っていて欲しい。こうお頼みになったのです。」
「人々は女神様のお願いを聞き入れました。いつかの時代に生まれる聖女まで大切に守りますと。女神様は何も仰られませんでしたが、人々は種子を宝物のように保管したのです。いつか花が咲くことを信じて…。」
「ここで終わっているみたいだわ。続きがあるかもしれないけれど、もう残っていなさそうね。」
「そっかぁー。いい話だったね。次の聖女様はすぐいらっしゃったのかなぁ?」
「うーん。王国の歴史に聖女の記述があるのはこの位だから、いないかもしれないわね。種があるのかもわからないし、1000年も前だもの。花が咲くとは考えにくいわね。」
「そうなんだぁ。綺麗なお花ならみんなで見てみたかったなぁ。はちみつみたいな香りがするのかなぁ。」
「あはは! やっぱりミランは面白いのね!」
「えぇ〜。真面目に話しているのにぃ〜。」
むくれているミランに「ごめんごめん」と笑顔で謝るサラ。
「こんな可愛い姿のサラを、ランリー様に見てもらいたいな」
わざと煽るようににっこりとミランはサラを見る。
「ちょっとミラン!?やめてよ恥ずかしいわ!」と言いつつ耳も頰も赤面している。
ただ幼いときはお互いそんな事もなかった。だが、幼女から少女になるに連れサラはランリーが気になっているうちに、好きになってしまった。
そんなサラをミランは心から応援している。
扉がノックされる。
「はい。」と咳払いをしながらサラが返事をする。
「失礼します」と入ってきたのは先ほどのメイドだ。
「庭園にて殿下がお待ちです。どうぞご案内致します。」
そう言われ後ろへ続くミランとサラ。
数分歩いたところで、王太子の庭園が見えてきた。
用意してある机の前には同じ年頃の少年がいた。