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荒らされた花壇



リズムよく応接の間の扉をノックし、中へ入る。

「失礼致します。殿下。お待たせ致しました。」

ソファに腰掛けている婚約者へカーテシーをする。

ランリーは顔色ひとつ変えないが、ミランの姿を()()()()と凝視しているようだった。


「さぁ、行こうか。」

ソファから立ち上がり、サッとミランの手を取る。

ランリーのエスコートにて部屋を後にした。


移動中であっても彼と何かを話す事はほぼない。

(やっぱり無反応。せめてお世辞でもいいから何かお話ししてくれたらいいのに。)

それが雰囲気に出ていたのか、ランリーに

「もしかして体調が悪いのか?それならまた後日でも構わない。急ぎの用ではないのだから。」

「いいえ。問題ありませんわ。お心遣いに感謝致します。」

(変に気を遣わせてしまったわね。しっかりしなくちゃ。)

目一杯淑女の笑みを浮かべて返事をすると、ランリーは「...無理をしないように。」とだけミランに伝えるとまた黙ってしまう。


馬車に乗り王宮へ移動を始める。数年前のミランにとって、無言の静まり返った登城するまでの時間はかなり苦痛だった。

だがそれは最早慣れてしまい、正直「楽だな」と思うことさえある。

下手に話題を探さなくても良いし、なによりランリーがそれを求めていないのだから。

幼い頃の方が沢山話すお喋りな少年のイメージがあったが、少年から青年になるにつれて心境の変化があったのだろう。

持ち前の明るさも、溌剌とした元気さも、屈託のない笑顔も全てが消え失せていた。

社交界デビューしてからは王太子であり、時期国王であるという立場と見た目麗しい容姿のお陰で多少の感情表現が乏しくても他の令嬢や貴族からも評判が良い。

社交の場で微笑むランリーの姿を見ると、ミランだけは不安になった。



     まるで感情を失った生ける屍のよう



と思っていると同時に、彼が背負う責任の重さと周囲からの過剰とも言える期待のせいで、こうならざるを得なかったという事も承知している。


(婚約者だからって、全てを同じように背負う事はできない。)

ミランにできる事は見守る事以外にないのだから。


王宮についてからは、すぐに王太子宮に入った。

王族の暮らす宮は複数あり、

国王宮、王妃宮、王太子宮、王太子妃宮がある。

王太子妃婚約者という立ち位置上、まだ宮には入れないため王太子宮で過ごす事が多い。


会議は数時間に及んだ。最後の神殿での調整を除き、婚約者としての仕事はないため、王太子宮にある広々とした庭に来ていた。


広い庭園の一角を間借りし、ミランが花壇を受け持つ場所がある。

だが、それを知ってか嫌がらせのように花の開花時期を狙って花壇が荒らされてしまう事がある。

基本的に王族の庭園は、管理する王族とごく一部の許された側近しか入室を許されていない。

ミランには側近を連れ歩く許可もない外部の人間のため、1人で入ることのみを許可されている。

そのため花壇を荒らす輩は、出入りを許可されている人物に限られる。


この日も開花時期の、百合・ダリア・カモミール・薔薇を見に来たのだが抜き去られていたり踏み潰されたりしており台無しだった。

「...かわいそうなお花たち。ごめんね。私のせいで貴方達にまで被害がいってしまった。」

(こうなるべきは、貴方たちではなく私なのに...。)


婚約者になってからというもの、このように嫌がらせと呼べる程度の問題が多発している。

だがポートミルの家門は有力だ。 

双翼と呼ばれるポートミル侯爵家と、アンレイ公爵家に手を出すような真似をする頭の悪い貴族はいない。

いるとするならば、ミランを快く思っていない王妃殿下の息がかかった人間の他に思い至らない。

(彼女はこの国の月よ。私に実害がない以上、大人しくしておくしかないわ。)

(ここで下手に王族に対し抗議するならば、証拠も私に対する実害もない。不敬罪の禁錮として地下牢で数年、いや数十年過ごす事になるかもしれない。)


「よし、ひとまず綺麗にしなくちゃね!」


気分を変えるため、集中して庭掃除から始める。

すると背後から呼び止められた。


「おや、ポートミル様。ご機嫌麗しゅう。」

後ろを振り返ると老年だが、整った顔立ちをしている黒髪白髪混じりの男性が立っていた。


「ガーデナー! お久しぶりね。体調はもうよろしいのですか?」


「ええ、おかげさまですっかり良くなりました。教会の皆様には大変お世話になり感謝してもしきれませんよ。」


彼は唯一全ての庭園に入ることが許可されている人間の1人。

管理を任されており、季節ごとに庭園のデザインも行っている。

流行病にかかってしまい、数ヶ月の間療養のため登城できなくなっていた。


ミランの背後を見ると、まだ片付け途中の花壇が視界に入る。

それを見た時全てを察した様子で、

「よろしければお手伝いいたしましょうか?

ちょうど見頃の花を用意していたのですが、このじじいは植え替える場所を考えておらず途方に暮れていたのです。

申し訳ないのですが、耄碌(もうろく)した私を助けると思ってポートミル様の花壇に植え替えをしてもよろしいでしょうか?」


と頭を下げるので、

「とんでもございませんわ!

ガーデナーと一緒にできるなんて光栄です。是非お願いいたします。」と笑顔で伝えると、ガーデナーはにっこり笑って

「左様でございますか。ではすぐに準備いたします。」

と言って下がっていった。


数分待つと、たくさんの花をワゴンにのせたガーデナーが現れ2人で花壇に花を満たしていった。


ガーデナーの持参した花々は、花が咲くのを心待ちにしていたが無念に荒らされてしまった種類の花達だった。


ガーデナーはとても気が利き、器用な男だ。

なにより自分の立場をしっかり弁えている。なので相手の立場もよく理解できる。全ての宮に入れるだけの権限を持っている事の意義と、存在感は果てしなく大きい。


2人で黙々と作業をするとあっという間に終了した。


生き生きとした葉。美しい色の花弁。どこまでも伸びるのではないかと思うほどピンと伸びた茎。全てが彼の才能の塊だと思った。


「素敵なお花をありがとう」とお礼を伝えると、


「とんでもございません。私の重大な失態を、寛大なお心で受け入れていただきありがとうございます。

恥ずかしながら、この事は2人だけの秘密と言うことにしていただけないでしょうか?」と礼をされてしまった。

勿論()()()()()()()()()は、2人だけの秘密ということにして笑顔で別れたのだった。


ランリーを待つために花壇に訪れた目的もあったが、それ以上に公務が多忙を極めており先に邸宅へと帰ることにした。

メイドの先導にて歩き重厚な城門が開くと、ポートミルの家門である、両手剣に鷹があしらわれた馬車が来ており側には老年の男が降りて待っていた。

「シューブ!来てくれたのね。」

「お嬢。おかえりなさいませ。王太子殿下から連絡がきましてね。さぁお乗りください。」

この日は、シューブのエスコートにて馬車にのり無事に邸宅へ帰宅したのだった。


湯浴みを終え、ベッドに腰掛けていると流星のような光が空から流れてきた。それはミランの寝室のバルコニーへ降り立ち輝いているのを見つけた。

外に出て光の正体を手で触ると、光がぱあっと弾けて目の前には厳かで上質な手紙が現れた。


封蝋印を見ると王宮のデザインがなされている。

中身はランリーからの手紙だった。魔力がとても多い彼は魔法で大抵の事はできてしまう。


ミランへ

夜分遅い時刻にすまない。

今日は君を見送る事も、送っていく事もできず申し訳なく思っている。

また明日、君の屋敷まで迎えに行こう。

身体を冷やさないように。

ランリー・ブルーウィング


「手紙ではこんな風に言えるのに、なんで会うと話してくれないのかなぁ。」

(考えても仕方ない。もう今日は休もう。)

まだ肌寒い春先だ。バルコニーから寝室へ戻った。

手紙はキャビネットの中に入れてその日はベッドに入った。


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