苦い記憶
「ありがとう。少し落ち着いてきたわ。」
「お褒めに預かり、光栄です。」
右手を左胸に当て、優雅に礼をする姿は横目で見ても絵画にでもなりそうだ。
そんな姿を見ても、ミランの思考へ1ミリも影響はない。
(私の大好きなモカに、焙煎も深煎りでとっても奥行きがあって苦味と風味を楽しめる。ここにやわらかな口当たりのハニーミルクが加わっても、コーヒーに溶け合うような甘さで相乗効果抜群ね。)
神妙な面持ちでミランに問う。
「...なぜそのように行くのを躊躇っておられるのか、お伺いしてもよろしいでしょうか?」
「...私が婚約者として力を発揮することをよく思われないの。」
「王妃殿下は、私を婚約者にとお考えじゃなかったみたい。」
「初めてランリー殿下と婚約者としてお会いした際に、王妃殿下も列席されていたの。勿論公式の場ではなく、あくまで事前の顔合わせでね。」
「王妃陛下。お初にお目にかかります。ロンネート・ポートミル侯爵が娘、ミラン・ポートミルでございます。」
少女は小さな手でカーテシーを行い頭を垂れる。
王妃殿下は私の頭の先から、つま先、手指に至るまで舐めまわすように見たあと幼い少女へこう告げた。
扇を口元で広げてまるで汚いものでも見るかのような目で、
「貴女が優秀なランリーの足を引っ張るような事があったら...。うっふふふふ...。...家名に泥を塗らないよう気をつけることね?」
そして心底愉快そうな口調でこう続ける。
「貴女が何か...。そうねぇ、立場を失うような事があれば双翼の名誉も、誇りも地に落ちるわね。」
「あくまでも主人公はランリーよ?貴女は脇役に過ぎないのよ。それを弁えて行動するのね。」
持っていた扇を閉じて、頭を垂れている少女を小突くように頭、肩を突かれる。バランスを崩して尻餅をつくと、王妃殿下の高笑いが聞こえた。顔を上げた時に見えた王妃殿下の顔はまるで悪魔のように見えた。
「幼い頃は社交界も知らないし、くだらない話に付き合うような真似今ならしない。でも昔は善悪もわからない子供よ?ただ怖くて...王妃殿下に怯えるだけだった。」
「...今思えば幼稚でくだらない脅しなのだけれど。それだけ自慢の優秀で、国内だけじゃなく諸外国からも羨望を集める見た目麗しい息子が、可愛くて可愛くて仕方がないのでしょうね。」
「そのような事が...」
「まぁ、もう気にしていないけれど。国王陛下が私を婚約者にと推挙されたようだし、王妃殿下としては不服だったのだと思うわ。」
珈琲カップを手に取り、一口含む。
ふうと息をついたあと、まるで感情を失くしているかのように機械的に話すミラン。
「王妃殿下はアンレイ公爵を重宝しているから。ランリー殿下の婚約者にはサラを推していたのだと思う。」
「サラの身体が弱いことが決定打で、健康状態の良い私が陛下に選ばれた。」
「...そんな理由で王命を使われて、お父様もろとも逃げられなくされるなんてね。」
シンとした少しの間のあと、ハウエルが恐る恐る言葉を紡ぐ。
「お嬢様...。お手に触れてもよろしいですか?」
「え?えぇいいわよ?」
左手を差し出すと、ハウエルはミランの左手を手に取る。
「私は常にお嬢様のお側におります。もし陥れられて名誉が失墜しても、私は生涯お嬢様にお仕えします。」
「ふふふ、ありがとう。頼りにしているわ?」
「なんか話してスッキリした! 殿下もお待たせしている事だし、支度をお願いできる?」
「承知いたしました。本日のドレスはもうご用意しております。」
大きいウォークインクローゼットの中には沢山のドレスがある。既にその中から1着を選び出していてくれた。
「本日はベリー祭の打ち合わせがございます。公式の場ですのでこちらのドレスをお召しください。」
ハウエルが選び出したのは、輝くシルバードレスだ。瑠璃色をアクセントに使用しており、ゴタゴタとしたリボンやレースは付いていない。
金糸の刺繍によりミランの美しさをより引き立てるデザインになっている。
公式の場という事で、ペンダントとピアスは最高級のピンク色に輝く大粒のパールをあしらった逸品だ。
流石に着替えはハウエルに手伝ってはもらえないので、女性のメイドたちに任せている。
ドレスアップ後はハウエルによりメイクが施される。
流れる清流のように整えられる眉毛、パッと長いまつ毛をより魅せるためのマスカラ。弧を描く唇は品の良いピンクローズを思わせるカラーをのせる。
ほのかに顔色の良い頬は、唇と色を合わせたチークをほわっとのせる。
誰が見ても好印象で、品の良いメイクだ。
ペンダントに負けないくらい、鎖骨が光るようにとラメをのせてくれる。
次の工程はヘアメイク。
結んだ髪は三つ編みにされ、くるくると纏められまるで薔薇が咲いたようなハーフアップヘアになった。
「私が私じゃないみたい。」
鏡を見たミランは感嘆の声をあげる。
「何を仰います。この世界で1番お美しいのはお嬢様です。」
あくまでも真面目に言っているが、ミランには「またか」位にしか思えない。
「ハウエルは口が上手ね?王宮では通じたでしょうけど、私には通用しないわよ?」
半笑いで片眉を上げて抗議する。
「では、もっと精進することに致しましょう。」
ふふふっと互いに笑い合う2人。
「行ってらっしゃいませ、お嬢様。」
ハウエルは胸に手を当てて礼をし見送る。
「えぇ、いってきます。」
振り返りざまに伝え、自室の扉が閉まった。
ミランは自室を出た後ランリーの待つ応接間へと急いだ。




