そんなの聞いてなーい!
王都のポートミル邸にて。
「お嬢様、お嬢様ー!
どこにいらっしゃるのですかー!」
侍女長の声が屋敷に響き渡る。
「まったく、そろそろ登城の時間でございますのに...。
どこへ行かれたのやら...!
お嬢様ー!どちらですかー!」
「ダメよ、静かにしてね。」
すっかり成長し17歳になったミラン・ポートミルは、この国の王太子であるランリー・ブルーウィングの婚約者だ。
腰まであるストロベリーブロンドの髪を靡かせ、自身の指先にとまっている小鳥に話しかける。
彼女がどこにいるかと言うと、屋敷の上の上の1番上。
屋敷で1番高い屋根に腰掛けている。
「今日はここにいたら見つからないはず。毎日登城しているのに、また今日も行かなければいけないなんて身体が鈍るわ...。」
「ねぇ?わかるでしょ?」と小鳥に話しかける。するとぴっぴー!と元気に返事をする青い小鳥。
「あぁ。わかるな。俺もそうだよ。」
「えぇ、そうよねー!わかっているじゃな...い?」
ここは忘れては行けないが屋根だ。
自身の後方をゆっくりと恐る恐る振り返る。
そこには見紛う事がない海の色。
「で、で、殿下!?なぜこちらに!?」
驚きのあまりパッと立ち上がるが、屋根の上だ。
傾斜にバランスを崩してよろめいてしまう。
「きゃっ!」(落ちる!)
ぎゅっと目を閉じる。
ふわりと腰を優しく支えられる感覚。
チラリと片目を開けると、燃えるような太陽の色を秘めた瞳と目が合う。
「ミラン?大丈夫か?」
心配そうにこちらを覗き見てくる。
「だ、大事ありません...!」
そっと腰に添えていた手を解放するが、再びバランスを崩さないようにと手はエスコートされる。
ランリーとの関係性はあくまでも良好だ。
だがそれは、一般的な令嬢が恋物語で感じるような愛というものも、好きというものもなくビジネスパートナーのような感覚だ。何より、ランリーから一線を引かれているミランはそれ以上踏み込むことも考えることもやめた。
「ここで話していても危険だ。中に入ろう?」
「かしこまりました...」数年の王妃教育で身につけた淑女の笑みを貼り付けているが、内心では
(殿下がいらっしゃるなんて...逃げられないじゃないの...)と気持ちは涙目だ。
「こちらを見て?」
ランリーの真紅の瞳が光る。
眩しさに目を瞑ると既にミランの部屋に転移していた。
屋敷中を探していた侍女長に見つかってしまう。
「あ!お嬢様どこへいらして!!...?」
「...王太子殿下!? お嬢様!殿下といらっしゃるならば私に先にお話いただければ良いものを...!お出迎えもできないご無礼をお許しくださりませ。」
「よい。私が使者も送らず参ったのだ。こちらこそ非礼を詫びよう。」
「と、とんでもございません...!」
今までにないくらい平伏している侍女長を見て、
(これはいけない。今日屋敷へ帰ったら何を言われるか...)
視線を合わせないようにしているが、ランリーの視線が移動した瞬間侍女長に睨まれた気がした。
「ミラン。支度ができるまでの間、どこか部屋を借りることはできるかな?」
「えぇ。侍女長が案内をします。...頼めるかしら?」
侍女長に視線を送ると自身ありげにこう答える。
「仰せのままに。お部屋ならいつでもご案内できます。こちらへどうぞ。」
鼻歌でも歌いそうな侍女長について、部屋を出ていく際に振り返るランリー。
「じゃあ、また後で。」
爽やかな笑みだが、どこか浮世離れしている感情表現の乏しい婚約者を見送ると、大きなため息をつくミラン。
「また母上に叱られてしまいますよ?」
声の主は執事服に身を包み、キリッとする佇まいは母親の遺伝子だろうか。
彼は侍女長の息子で名前をハウエルという。艶やかなヴァイオレットグレーの髪をセンターパートで分け耳の高さで揃えている。
ミランの方が年が下で、彼は王宮で奉公をしていた。
幼い頃から接していることも多く、兄のような存在だ。
「んーわかってるけど、今日は特に行きたくないのよ...ハウエルも分かるでしょう?」
うるうるとした瑠璃色の瞳で懇願するような表情で、ハウエルへアピールするが通用しない。
「もう諦めた方がよろしいです。殿下もお迎えに来られていますし、今日は素直に行かれませんと。」
「えぇーそんなぁ...。」
ガックリと肩を落とすミラン。
「パーティーに参加したり、やりたくもない社交界での社交辞令...!婚約者としての義務は果たすわ!
「でも、ベリー祭りの指揮なんて聞いてなーーい!!」
王太子・王太子妃は例年祭期間中は国王陛下・王妃陛下による指揮の元行われるのが通例だ。
だが今年は両陛下たっての希望で王太子・婚約者で指揮を取ることになったのだ。
それは王都からも国外からも大変評判の良いランリーを、各国にお披露目をする良い機会であると強い推薦があった。
「お嬢様落ち着いてください。まずは珈琲でもいかがでしょうか?」
女性は愚か男性をも虜にする魔性の男ハウエル。
「...ええ。お願いするわね。」
絶大な美貌を誇る彼に距離を縮められて言われても、全く動じないミラン。
そんな人物はこの王都ではミランしか存在しないと思われる。
パーティー(婚約者としての義務で仕方なく参加)に連れて行けば周りの令嬢に「紹介しろ」だの、「いくら払えば連れて帰れるか」だの、「子を産みたいから娶ってくれ」だの、とち狂っている令嬢たちを内心冷ややかな目で見たことは一度や二度ではない。飄々とした性格も相まって余計に令嬢たちの持つ熱を煽っているように見える。
そんな彼だがミランの私生活を支える事はもちろんとして、一流のファッションコーディネーターでもある。
メイクにドレスアップ、色使いにドレスのデザインなどできない事はないのでは?と思うくらいの働きをしている。
なぜ王宮を辞めたか聞けば「お嬢様と一緒にいたいからです」と持ち前の美貌で笑って誤魔化される始末。
そんな彼に呆れつつも、頼り甲斐があるためいつも側に置いているミランの忠実な側近だ。
ミランは自室の座り心地がよい猫足ソファに腰掛ける。
いつの間に?と思うほど素早くコーヒーセットが置かれる。
コーヒーカップのデザインもハウエルの物で、市場でも好評のようだ。
ポートミルの血を継ぐ後継者は、瞳の色にちなみラピスラズリの名を冠する。
一目でわかるよう、瑠璃色を使用した商品はポートミル家の独占になっている。
そのためこのティーセットや衣類アクセサリーに至るまで、瑠璃色を使用したものが過半数を占める。
いつから準備していたかわからないが珈琲はいつでも飲み頃で、「本日はお嬢様お好みの、領地でとれたハニーミルクを添えております。」
程よく甘みがあり、かといって珈琲そのものがもつ苦味や深みを邪魔せずミランの好みだ。
貴族たちは珈琲ではなく、紅茶を好み嗜む傾向が強い。
だがミランは紅茶の香りが苦手で、外出先では紅茶を口にするが自宅では珈琲を好みにしている。
そんな彼女の嗜好も把握している。
日々異なる珈琲豆の種類や、焙煎の程度合ったミルクを提供してくれる。
「いかがですか?落ち着かれました?」
新章開始になります。




