ベリー
「外を見張る」と言って出て行ったライはしばらく待っても帰ってくる気配はなかった。
「遅いなぁ。どこに行っているんだろう。」
膝を抱えて座っているまだあどけない顔の少女は、キョロキョロと周囲を見回すがまるで生き物の気配すら感じられない。
「やっぱり、生き物の気配がここには全然ないなぁ。ここにいる魔物たちは何を食べたり、どうやって生活しているんだろう。」
「...あ。そういえばお腹減らないなぁー?うーん、なんでだろう。わからないや」
そんなことを考えていても、気になるのはライの存在だ。
「もう待てあなーい!!!
じっとしてるだけなんて無理無理!探しに行こう!」
勢いよく立ち上がり、そばに置いてあった弓を担いで歩き出す。
歩き出すと勢いに任せて何かにぶつかった。
「いったーーい!」
見事におでこに衝突し、ぶつかった勢いで後ろに尻餅をついたミランは手で痛めた額を摩っている。
「もう、今度はなんなのー?」
ここまでの過程で踏んだり蹴ったりな状況が続くが、少女の適応力は高いためこの厳しい現実にも順応していたので落ち着いている様子。
ぶつかった場所を見るが、何もない。
ただ暗闇が続いているのみだった。
よいしょと立ち上がり、ぶつかった場所を
手でゆっくりと触る。
すると目に見えない壁のようなものに触れた。
それは手を横と縦いっぱいに広げても隙間が見当たらない。
「なんで...?
どうして出られないの!?」
どうやら焚き木を中心に、見えない壁のようなものは広い円を描くように続いていた。
壁の前にぺたりと座り込んでしまう。
「なにをしているんだ?」
ハッと後方を振り向くと探しに行こうとしていたライが立っていた。
「な、なんでどこから!?
気配なんて全くなかったのに...。」
「じゃなくて!どこに行ってたの?」
「探しに行こうとしたんだけど、外に出られなくて。ライがさっき「夜になれば分かる」って言ってたのはこれの事?」
くるくると表情が変わっていくミランの様子を見て、ケラケラと笑い出すライ。
こんなにも飄々として仏頂面の青年がここまで笑うとは思わず、ミランはそれをどこか冷静に見てしまう。
「驚いたと思えば、今度は怒ったり忙しいヤツだなお前は。」
「あー!またお前って言った!」
「お前はお前で充分だ。そうだな、この呼び名が嫌ならこう呼ぶか?」
「「ガキ」ってな?」
「ーーー!!!!もう怒った!」
顔を真っ赤にし、まるで噴火でもしそうなほどだ。
そんな様子にまたぷぷっと笑ってしまうライだが、拗ねたミランに向き直る。
「悪い、冗談だ。気を悪くするな。」
「ついついその顔を見ると、もっと色んな表情が見たくなるんだ。許せ。」
初めて見るような、どこか艶っぽい照れ笑いのような笑みを浮かべているライ。
美しい整った顔でこちらを見つめてくるので、恋心を知らないミランでもだんだん恥ずかしいという気持ちが湧いてくる。
「う、うーん。仕方ないなぁ。」
なんて口では言うが、完全にライから視線を逸らして照れている。
するとまた横の人物から、笑いを堪えようとしている声が漏れ聞こえてくる。
視線をそちらに向けると、明らかに俯いて肩を震わせている。
「あぁー!」
「またからかったなー!?」
「すまん。つい、ついな...悪気はないんだ。」
と言いつつまだ笑いが堪えきれない様子。
「もー!!本当に知らないからねー!?」
言い切った瞬間口元にむぎゅっと何かを押し当てられる。そのまま口腔内にねじ込まれる。
「むぐぐぐぐ、なにゃこれぇ!」
「いいから食え。」
口の中に捩じ込まれたものを、吐き出すのは令嬢として許されることではないことを知っている。
令嬢のプライドを捨てるか否かを悩み、ライを信じて噛んでみることにした。
カリッと音をたて、甘く瑞々しい果汁が溢れ出す。
「これは、ベリー?」
ライの手元を見やると、綺麗な薄緑色をした巾着の中から複数のベリーが入っているのがわかった。
「ん、おいしい!
摘んできてくれたの?ありがとう」とにっこり笑うと、ライは視線を逸らした。
「別に。たまたまあっただけだ。他意はない。」と表情を変えず言うが少し頬が赤くなっているのが分かる。
その様子を見て笑顔になるミラン。
「ベリーを食べても、味がわからなかったらどうしようかと思ったよ!」
「と言うと?」
不思議そうにミランを見る。
「だってお腹空かないし、私たちと魔物以外の生き物の気配がないの。魔物たちは何を食べているんだろう?」
「生き物たちは、全てあの結界の中で育まれている。ここは結界からは離れているから力が及ばないんだ。だから向こうへ移動している。」
「へぇーそうなんだぁ。ライはよく色んな事を知ってるね!
まるでライが結界を張ったみたい!」と無邪気に笑っているが、ライは驚いたような顔をしている。
それに気づき、「どうしたの?」と聞いても「なんでもない。」としか言わない。
ライに慣れてきたミランは、それ以上は深追いしても何もわからない。
「腹が空かないのは、ミランの時が止まっているからだ。」
「時が止まる?」
「思い出してみろ。ここへはどうやってきた。」
「えーと。シヴァールにあって...それから..」「そうじゃない。最初だ。ここに来る前何をしていた?」
「お父様とお母様と、ファンに案内された場所でお墓に手を合わせた! それで、光が石から出てきてここにいるの。」
膝を抱えて俯きながら話しているミラン。
「その時点で時が止まっている。腹が空かない理由はそれだ。ここでも陽は当たるし落ちるが、時間は経過していない。」
「信じるかは任せるが。」
俯いた顔をあげて、まっすぐにライを見る。
「でも、色んなことが納得できた気がする。ここにきた時は夢みたいで信じられなかったけど、シヴァールお姉さんのいた所から来たからもう夢じゃないって分かる。」
「教えてくれてありがとう、ライ。」
「別に、大したことじゃない。」
ライの頬に薄紅色がかったのを見て、クスッと笑うミラン。
「何を笑っているんだ?
夜が明けるぞ。
良い子はさっさと寝ろ?ガキ。」
ライもニヤリと笑ってミランを見る。
「またガキって言ったー!!!」
こうして夜は更けていく。




