表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

俺は再検査に行くんだ

作者: 鈴乃

 要・再検査。

 書類の上で赤いハンコが目を引く。

 俺も会社の健康診断でひっかかる年になったらしい。

 理由をつけて病院に行くのを先延ばしにしていたが、先週上司にやんわりとうながされた。

 平日に有給を使って、晴れの昼間でも肌寒いこの時期に、病院か。

 俺はため息まじりに外へ出た。

 検査のためとはいえ、昨日の夜からなにも食べてない。頭がクラクラする。

 住宅街を抜けて駅前の商店街を目指す。

 平日の昼間は少しだけ人通りがましだ。

 そんな商店街の向こうから女の子が走ってきた。

 ローブランドのフードつきパーカーにスニーカー。

 女の子、という呼び方は不適切かもしれないが、女性と呼ぶには顔立ちが幼い。

 学生さんか、ようやく高校を卒業したところだろう。 

 誰かとふざけて遊んでるって空気じゃない。

 その証拠に、数メートル向こうから5、6人の黒服たちが駆けてくる。

 女の子は血相(けっそう)を変えて俺の後ろに回り込んだ。

「た、助けてください!」

 俺は言った。

「すみません、今日再検査があるので」

「えっ」

 俺は女の子を置いて右へ曲がった。

 背後で大勢の足音と悲鳴が入りまじる。

「そ、その子を離せ!!」

「なんだぁてめえ!?」

「……おっ」

 俺は足を止めた。

 ポケットからスマホを出す。

「やっぱり道一本間違えたか? ま、いいや、このルートでも着けるみたいだから」

 背後の騒ぎはさっきより激しくなっている。

 が、俺は再検査に行かなきゃならない。

「ガキが! 弱いくせにでしゃばりやがって!」

「く、くそっ……オレにこの子を守れる力があれば……!」

「これを使って! あなたなら、お父さんの残した研究にふさわしい人のはず!」

「こしゃくな! アスプルデアス三号を呼べ!」

「この力は……!?」

 まばゆい光が辺りに広がる。

 俺はスマホの画面を明るくした。

 鉄橋をくぐり、アプリの指示通りに道を抜け、横断歩道を渡って左右を見る。

 築浅(ちくあさ)の雑居ビルの窓に目的の医院の名前が見えた。ガラスには巨大な影が反射していた。

「外、大変だったでしょう」

「ええ、まあ」

 俺は医者につられて窓の外を見た。

 遠くてよく見えないが、鉄橋と道路をはさんだ向こうで怪獣が腕を振り回している。

 同じくらい巨大な人影がそのパンチを受け止めて殴り返した。

 医者はタブレットのカルテに目を落とした。

「じゃあ血液検査からしましょうか。荷物こちらにどうぞ」

 俺は看護士に案内されて、いくつもの部屋で検査を受けた。

 ドアを閉めると驚くほど静かだった。

 時々建物が揺れたが、検査のやり直しにはならなかった。医療のプロはすごいなと思った。

「一応正常値ですね」

 と医者は言った。

 俺はほっとしかけた。が、すぐに気づいた。

「一応?」

「ここ見てください」

 医者がタブレットを示す。

「尿酸値ってね、7.0mg以下なら正常値なんですね。あなた6.9だからかなり上の方なんです。この前はこれより高かったわけでしょ」

 俺はうなずいた。うなずくしかない。

「まぁ、今すぐに薬飲まなきゃって話じゃありませんけどね。ちょっとプリン体を控えて様子見ましょう」

 俺は外に出た。

 道路を横切る怪獣の死体が夕日に照らされている。

 もう4時前だ。

 自覚するとどっと疲れが湧いてくる。

 明日からまた8時間労働が始まるのか。

 寒い。酒を禁止されたから、しばらくは意識高く白湯を飲もう。いつものスーパーにも寄ろう、見切り品が出る時間だ。

 そう言えばプリン体ってなんだろう。プリンは食べていいのかな。

「ありがとう! あなたは私とお父さんを、ううん、世界を助けてくれた……!」

「オレはたまたま通りかかった一般人だよ。君を好きになったから勇気が出せた……!」

 俺は少年少女の横を通りすぎた。


 たとえ世界が救われたって、俺は明日も自分の尿酸値と戦わなきゃならないんだぜ。




end.


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 主人公を置いて、なんだか別のストーリーが展開している……。 でも仕方ないですね。再検査、大事ですもん。 明らかに周囲で起こっている大事よりも自分の尿酸値が気になるというのがリアルでいいなぁと…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ