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8話:最大の攻撃と防御=暴力




 朝、俺の日課であるジョギングと庭での貫手が終わるといつものように日和と一緒に学校へ向かう。

 その道中、前方を歩いている見知った背中を見つけると隣を歩いていた日和が声を掛けた。


 「明美ちゃん!おはよう!」


 「……おはよう日和ちゃん、達郎くん」


 日和の声に明美は立ち止まり振り返る。

 日和には笑顔を、そして俺に対しては何処か気まずそうに……


 「おはよう、明美」


 昨日は決心したわけだが、具体的にどうすれば距離が戻るいいのか俺にはよく分からない。

 正直に避けていた理由を明美に話したところで明美からすれば理不尽に感じるだろう。

 そもそも今の明美は『先輩』にすら出会ってもないのだから。


 だから非常に悩んだ。


 そして俺なりに解決策を捻り出した。

 

 「明美は今日の小テスト勉強したか?」


 「えっ、あ、うん、昨日の夜に勉強はしたよ」


 「そっか、なら余裕だな」


 「う、うん、そうだといいな」


 それは普通に接する事だ。疎遠だった事を綺麗サッパリと水に流して距離感を疎遠になる以前の状態に戻す。

 最初は訝しむかもしれんが、向こうも元の関係に戻りたいと思っているなら、必ず乗ってくるはずだ。

 もし明美が望まないのであれば、普通の距離を離して元通り、これなら俺としても対処しやすい。


 「あ、あれ、あれれ?」


 俺の急激な変化を目にして明美が驚くのは当然の事だとしても何故か日和が困惑していた。

 そのまま俺と明美はどこかぎこちないながらも会話を繰り広げていく。

 学校に辿りつくと学年が違う日和と別れ、明美と教室に向かっていく途中、階段の手前で明美の表情に翳りが浮かんだ。


 「それじゃ、私は先に教室に入るね」


 「あ~、明美が良かったら一緒に入らないか?」


 明美と別々にクラスに入るという行為、その元々は俺から言い出した事だ。

 しかもその理由も相当に自分勝手なモノだもし仮に明美に「今更虫がいいと思わないの?」なんて言われても俺はそれを咎め立てできる立場じゃない。


 「え?」


 「嫌だったら、いつも通りで全然いいんだ!……悪いのは俺だしな」


 僅かに困惑する明美に対して頭を下げながら明美の表情を観察する。

 眼鏡の奥の瞳は揺れていて不安や戸惑いが綯い交ぜになっているのが手に取るように分かる。

 これは失敗したか?

 

 「う、ううん、突然だから少しビックリしたの。そうね……一緒に入りましょう」


 どうやら上手くいったようだ。そのまま俺と明美は一緒にクラスに入っていくクラスメイト達は俺達が一緒に教室に入った事を特に気にしている様子はなかった。

 それから、俺は休み時間や昼休みの時間などクラスメイトとの親睦を深めつつも明美と接触を試みた。

 その結果。

 

 「こうやって達郎と一緒に帰るのって久しぶりじゃない?」


 「あーそうだな」


 俺と明美は学校が終わった放課後に一緒に帰路へとついていた。

 その頃にはお互いにあった蟠りも大分解消されて、自然と明美と喋れるくらいには戻っていた。


 本来ならば走って家に帰ってすぐに鍛錬していたのだが、今日は明美と親睦を深めるために一緒に並んで歩いている。

  

 「達郎、一つだけ教えてほしいんだけど……いい?」


 「ん、何を知りたいんだ?」


 明美が教えて欲しい事というのは大体予想がつく、おそらくどうして避けてたのかとかそういうのを知りたいのだろう。

 

 「どうして私の事、避けてたの?」


 想定内だ。ここは男女特有の思春期で説明をしよう。


 「なんか、恥ずかしくなって」


 「恥ずかしい?恥ずかしいって何が恥ずかしいの?」


 「女の子と一緒に居るのが」


 「どうして?クラスでも達郎は普通に女の子と話てたじゃない、別のクラスの紫雨ちゃんとだって普通に話してたよね?」


 「え、えーと、そうだっけ?」

 

 的確な指摘に一瞬で言葉が詰まる。その指摘は想定外だった。しかし明美はそんな俺に更に畳みかけるように言葉を重ねていく。 


 「どうして、私が達郎になにかしたの?私だけ避けてたでしょ?どうして?理由を教えてほしいの」

 

 「そ、それはだな」


 正直に言うべきか……お前が将来、中学の時の先輩に入れ込んで俺を種無しのATMにする可能性があるからだ……と。

 どうするべきか唸っていると明美が表情を暗く俯かせたまま呟いた。

 

 「私……達郎に嫌われたと思ったの、その理由をずっと考えて、考えても分からなくて、何が悪いのか、何処が嫌いなのか聞こうとしても達郎は私の事を避けてるから聞けなかった」


 「別に俺は明美が嫌いって訳じゃないよ」


 ただ苦手なだけだ。

 

 「だったら……どうして?」


 「あ、明美の事をずっと考えている内に気まずくなって、それが態度に出たんだよ。本当にごめん」 

 

 嘘は言っていない。事実だ。


 「ずっと考えてって……ッ」


 明美の顏がみるみる内に朱色に染まっていくのが見て分かる。

 たぶん俺が言った言葉の意味を俺とは別の意味で明美は捉えているのだろう。

 だけどもう一度だけ言わせてくれ。俺は嘘だけは言っていない。

 実際に明美の事を考えた結果、距離を置いたのだから。

 勝手に勘違いするのは向こうの方だ。それを訂正する必要が俺にはない。


 「……ばかッ」


 中身のない罵倒だ。だが俺はそれを反論せずに受け止める。

 罵倒する権利が明美にはあるのだから、俺はそれを甘んじて受け止めよう。


 「ごめんな、明美」


 謝罪の言葉を述べると明美が抱きついてきた。

 帰路で人通りも少ないとはいえ往来で抱きつくのはやめてほしかった。

 そんな言葉が喉元まで出かかったがグっと堪える。

 

 「もう、二度と避けないでよ」


 「ああ、そうするよ」


 ぶっちゃけて言えば、明美の事が好きか嫌いかで表すと丁度中庸、普通だ。

 よくも悪くもどうでもいい。一応は幼少時からの付き合いがあり情愛のようなものはあるがそれだけだ。

 究極的に言えば、明美がこの先に誰と付き合おうが俺自身はどうでもいいのだ。

 確かに眼鏡越しでも顔立ち自体は非常に整っているのが分かる。

 運動神経もそれなりに良く、頭の出来自体も悪くはない。

 それに本編を見る限りでは惚れた男には尽くすタイプだろう。将来性も鑑みれば充分にいい女だ。


 だが、俺から言わせてみればそれだけでしかない。


 食指が動くようなものでもない。

 

 だけど、もし仮に先輩と付き合ってセックスに溺れた結果、俺を貶めようとするのであれば容赦はしない。

 俺自身の夢の為にも社会的地位は必要不可欠だが、それを得るために耐え忍ぶような我慢はしない。

 不快な相手には己が拳を以て分からせるだけである。







 「ねぇ、また昔みたいに部屋に行ってもいい?」


 別れ際に明美がそう聞いてきた。

 特に断る理由もないので、別に構わないと頷くと明美は嬉しそうに笑った。


 「それじゃ、また後で」


 弾むような足取りで澤木家の門を潜る明美の後姿を見送ると自然と溜息が零れ落ちた。

 どうやら完全に勘違いをしているようだ。このままだと少し面倒臭い事になるかもしれん……が 


 「まぁ……いっか」


 若干のすれ違いはあるが、概ね昔のような関係に戻るという当初の目的は達成したんだし、後は時間がなんとかするだろう。

 そんな軽い考えを抱きながら俺も明美のように自分の家の門を潜っていった。


 「遅いよお兄ちゃん!」


 玄関の扉を開けると同時に目の前に妹が立っていた。

 しかもどこか機嫌が悪い。


 「ただいま、日和。……なんか今日は近くないか?」


 普段は家の中に入ると奥から出迎えに来てくれるのだが、今日は何故か玄関を開けると同時に妹が立っていた。

 日和は靴を履いておらず、靴下のままだ。服は既に着替えているから、もしかしてずっと此処で待っていたのか? 


 「ずっと待ってたんだよ!……それよりどうして明美ちゃんと一緒に帰ったの!?仲悪かったよね!?」


 なるほど、それが理由か。たしかに、傍から見ると俺と明美の仲は良くないように見えただろう。

 当事者である俺の妹である日和ですらそう思っていたくらいなのだから……そしてそんな2人が急に和解した。

 第三者が気になるのも当たり前というものか。

 とりあえず目の前に居る日和をやんわりと動かして、靴を脱ぐ。


 「仲直りしたんだよ。今まで日和もやり辛かっただろ?」


 靴を脱ぎながら日和にそう簡潔に告げると日和はどこかバツの悪そうな顏した。


 「うーん、それはそうだけど……私、2人がなんで喧嘩したかも知らないんだよね。だからお兄ちゃん色々教えてよ!」


 「悪いが今から日課の鍛錬だ。夜に道場があるし、少しハードにするつもりだから、説明している余裕はないな。明日、明美に聞いてみたらどうだ?」


 「えー、でもー」


 「それより、今から友達と遊びに行くんじゃないのか?」


 「え、う、うん、そうだけど、どうして分かったの?」


 日和は驚いたようにつぶらな瞳をパチクリとさせて、手で口元を覆い隠す

 妹は家の中に居る時はお気に入りの服装を好んで着るが、友達と遊びに行くときはジーパンを履く。

 そのまま伝えても別に良かったが、それっぽい事を言っておく。

 

 「分かるさ、俺は日和のお兄ちゃんだからな」


 頭を撫でると日和は恥ずかしそうな表情になった、だけど次第に気持ちよさそうに目を細めていく。


 「ふふ、私の事は何でも知ってるんだね。お兄ちゃん……お兄ちゃんには隠し事ができないね」


 「あまり遅くなるなよ? 母さんだって心配するし、俺も心配だ」


 「もし私が急に居なくなったらお兄ちゃんは探してくれる?」


 「ああ、絶対に見つけるよ。約束する」


 妹の目を真っ直ぐに見据えて断言した。

 これは一種の警戒だ。

 勝重は俺に対してあまり干渉してこないが、日和を見初めたら何をするかは分からない。

 そもそも本編でも、勝重は成長して美しくなった日和を一目見てモノにしたいと思ったからターゲットにしたのだ。

 もし勝重が日和と出会う事がなかったら、勝重は達郎を都合よく利用し続けた歪な関係が継続されていただろう。


 勝重は異常な男だ。執着心が強い。育った環境のせいかもしれないが、一度狙ったら諦める事を良しとしないタイプの人間だろう。


 だから兄として、日和の事は常に意識しておかなければならない。

 もしかしたら中学で、高校で、勝重が日和を見つければ付け狙うかもしれない。

 卑劣な手段で接触を試みるかもしれない。本編での達郎は鈍感だったが、俺は違う。

 家族の変化は些細な事でも見逃さない自信がある。


 「ふふ、約束だからね!お兄ちゃん!それじゃあ行ってきます!」


 「行ってらっしゃい」


 日和の笑顔は太陽のように眩しくて、華のように美しくて、そして可憐だ。

 俺がこの世界に産まれた時から見つめてきた最愛の妹の喜ぶ顔。

 

 この穢れの知らない無垢な笑顔を俺は守りたいのだ。


 前世の自分には親や兄弟などいなかった。誰もが持っている当たり前を与えられる事はなかった。

 温もりも、優しさも、愛情も、何も与えられなかった。

 だけど今の俺には母親と妹が居る。俺に確かな愛情を与えてくれる優しい母親、盲目なまでに慕ってくれる最愛の妹。

 欲しくて、欲しくて、だけど前世では手に入らなかった家族モノがようやく手に入ったのだ。

 

 たとえ、この世界が紛い物だとしても構わない。

 

 その笑顔を守るためならば、俺はこの両の拳が血に濡れても構わない。

 それほどまでに大事なのだ。それほどまでに重くなっているのだ。


 だから、それらを奪おうとする者が現れたら、壊そうとする奴が現れたのなら……俺はきっと、悪鬼羅刹の修羅となるだろう。

勝手に嫌ってた幼馴染と仲直り。

関わったらヤベェ奴なのに他人からの評価は軒並み高い模様。

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