3話:コンクリートくらい素手で砕かないと男じゃねぇよな
ブクマと評価ありがとナス!
柳達郎こと、俺の朝は早い。
朝の6時、目覚ましのアラームが鳴り響くと同時に起床。
すぐにベッドから降りるとジャージに着替える。
眠るときはシャツとパンツのみなので着るだけでいいのは楽だ。
ジャージに着替え終わると自室を出て階段を降り玄関へと向かう。
「達郎、おはよう、今日もジョギングに行くの?」
「おはよう、母さん。うん、今日も軽く走ってくるよ」
「毎日頑張るのねぇ、たまには休んでもいいと思うわよ?」
「行ってきまーす」
母さんの小言を無視すると、そのまま家から飛び出してスタートダッシュを決める。
毎朝走るコースは固定しており、往復でだいたい10kmくらいの距離だ。
最初は20㎞にしようかと思っていたけれどスケジュールの都合上小学生にはこれくらいが一番丁度いいと思って以降、10㎞を目安に走っている。
中学や高校に上がったらもうちょっと距離を伸ばしてもいいかもしれない。
「ッハ……ッ……ッ」
河川敷が見えたら折り返しのサイン、大体ここまで来るのに時間に換算すれば10分程度と考えれば結構なハイペースではないだろうか?
多少の息は切れるがこのペースを維持したまま家まで折り返していく。
「ただいまーッ!」
玄関の扉を潜るとそのまま風呂場へ直行する。
軽くシャワーで汗を流し終えた後、指にテーピングを巻きながらリビングへと足を踏み入れる。
TVには朝のニュースが映し出されており、左上の時間を確認する。
―6時30分。
いつも通りの時間だ。
「……おはよう、おにいちゃん」
この時間帯になると妹である日和も目が覚めて1階に下りてくる。
「おはよう、日和」
「おにいちゃん、またジョギング行ってたの?」
「ああ、風が気持ちいいぞ。日和もどうだ一緒に走らないか?」
「私はいいや。走るの嫌いだから」
「……そうか」
日和は運動神経が悪い訳ではない。だけど運動が嫌いだった。苦手ではなく嫌いなのだ。
俺はそれを勿体ないと思うが、別にそれを口実にして日和を嗜めたりはしない。
そもそも日和に関して言えば理由が理由なので仕方がないとも思っている。
日和は小学4年生という年頃にしては発育がいいと思う。
既に胸などはパジャマの上からでも起伏がはっきりと確認できるし、体操服を着ると胸の膨らみがはっきりと浮き出るのだ。
そして容姿のほうも同年代の中ではズバ抜けている。
肩まで伸びている亜麻色の髪はサラサラで、目もパッチリとした二重でクリクリとして愛らしく、鼻も小ぶりだが高く通っていて、頬もぷっくりとしており、可愛らしさという点では随一だろう。
どこか小動物然としており、庇護欲を誘うと言えばいいのだろうか?
そういう点では母さんである日向の遺伝子を受け継いでいると言ってもいいだろう。
どちらにしても日和が運動をすると男の視線が一か所に集中的に突き刺さるのだ。
だから日和は運動が苦手ではなく嫌いなのだ。
「おはよう、日和。ご飯もうすぐ出来るから顏洗って来なさい」
キッチンに居た母さんが日和が起きたのを確認してキッチンから顔を覗かせながら言う。
「はーい……お兄ちゃん、今日も庭で朝練するの?」
「ん、ああ、するよ」
「私も見ていい?」
「別にいいけど、見てて面白いもんじゃないだろう」
「全然!そんなことないよ!お兄ちゃんの練習なら私、ずっと見てられるもん!」
日和が腕を大きく振るいながら俺の言葉を否定する。キラキラとした輝くような瞳で見られると身内とはいえどこかむず痒さを感じてしまう。
「そっか…なら先に顔を洗ってきなよ。母さん怒るぞ」
「はーい」
誤魔化すような俺の言葉に日和は返事をすると顔を洗いに洗面所へ向けて走っていく。
その後ろ姿を見て、俺は少しだけ悲しくなる。
――日和は凄くいい子だと思う。これは日和の兄として日和が産まれてから数年間、成長を見守ってきたからこそ確信を持って言える。
だが、本来の世界。本来の柳達郎の世界での日和はどうなのか、と言われるといい娘だったと言えるだろう。
よくある漫画やアニメの妹設定で、多少依存気味だが兄想いの優しい妹というのがあるが、そんな感じだ。
可憐で儚げでとても優しい素直な娘。そしてこの世界では最終的にそれが歪められ、その結果を知ってるからこそ俺は遣る瀬無いのだ。
勝重により、凌辱の限りを尽くされた結果、兄への依存は勝重へと擦り代わり、過去の思いでは全て上書きされる。
玩具のように勝重に扱われてそれを受け入れた結果、どこまでも堕ちていく。
――その結末を思い出すだけで腸が煮えくり返った。
「そんな未来は絶対に許さねぇッ」
どうやら強く指を握りすぎたようで、テープの上から血が滲みだしていた。
いかんいかん、ようやく最近になって皮膚が少しだけ厚くなってきたというのに、自分で皮膚を破ってたら意味がない。
耐性が付きにくくなってしまうから自重しないと。
「……」
ただ普通に恋愛をして、結婚をする。
日和ならばそれが可能だろう。
少女漫画のような恋だって出来るかもしれない。
だからこそ、そんな日和を貶める可能性は必ず潰して見せる。
他の女共ならいざ知らず、少なくとも身内である母と妹だけは必ず守ってやる。
俺はテープを二重に巻きながら静かに、そう決意を固めた。
柳家は結構いい感じの一軒家だ。2階建で庭と駐車スペース付き、母親である日向も未亡人でありながら専業主婦をしていても生活には大分余裕がある。
これは親父が結構な遺産を残しており、それだけで親子3人ならば充分に暮らしていけるというありがちな設定だった。
朝食を終えて午前7時。俺は庭に出た。
庭の中心に洗濯物を干すスペースがある為に若干狭く感じるが充分に広い。
その片隅に俺の鍛錬スペースがある。
縁側では日和が姿勢を崩して座りながら鍛錬スペースへ向かう俺を見つめている。
母さんは食後の食器を洗っているのだろう。姿は見えなかった。
――母さんは俺の鍛錬に反対していて、俺が鍛えるのを快くは思っていない。
最初こそは反対もせずむしろ応援してくれていたのだが、俺が鍛錬で血だらけにしているのを見て以降、色々と小言というか咎めるような事を言ってくるのだ。
流石に子供が傷つくのは嫌なのだろう。道場とかに通うならいくらでも融通するから無茶はしないでと母さんが泣きそうな顏で懇願してきた時は少しだけ折れそうになった……がしかし、俺は折れなかった。
無茶無謀をしなければ限界を超える事など出来ない。これは俺の持論だ。……人間一人一人の限界は決まっている。もし限界が無ければ……鍛えれば鍛えるだけ、勉強すれば勉強するだけ効果が明確に出るのであれば世界はきっと超人で溢れかえるに違いない。
だが、現実はそうじゃない。身体を鍛えてもいずれは限界が訪れる、いくら勉強をした所で頭が良くならない人間だっている。
効率云々は確かにあるのだろうが、それでも、それでもだ……努力を超える行為にこそ意味があると俺は思っている。その為の無謀とも蛮勇とも言える鍛錬なのだ。
だから俺は誰よりも鍛錬をするし、他人の眼には狂気と思える方法を取ったりもする。だけどそうしなければ自分の限界を超えれないのだからしょうがない。
母さんと俺の口論はそのまま平行線を辿っていたのだが日和が俺の味方をしてくれたおかげで、やりすぎないくらいの鍛錬なら許容すると言ってくれた。
それを真に受けて俺は母さんの目の前ではやりすぎない鍛錬を……目の届かない場所では狂気と思える鍛錬を行う事にした。
――嘘は言っていない。俺は理解力のある正直者だからな。
家の庭の片隅には竹を束ねて藁のように纏めた鍛錬器具がコンクリートブロックに固定されて設置してある。
腰を深く落とし、手を五指の形に整える。
「ハッ!!」
正拳付きの要領で捻りを咥え。束ねた竹に向かって貫手を繰り出す。
束ねられた竹と竹の間に指を通すように、抉るように叩きつけた。
それを100度繰り返す。
指先から付け根へと痛みが伝播していく。
脆い皮は抉れ、テーピングが剥がれ落ちていく。
その痛みが、愛おしい。
皮が削れ、血が滲み、肉が見える。肉が抉られるたびに竹が赤く染まっていく。
痛むということは鍛える余地があるという事だ。肉が抉れるのは弱いからだ。骨が折れるのは弱いからだ。
貫手を放つたびに脳の髄から真新しい痛みを感じる。その新鮮な痛みこそが気付けになる。
だが一定の回数を超えると途端に痛みが鈍くなるのだ。これが身体が鍛錬に適応している証だろう。
その証拠に最初の頃は脱臼して、歪に折れ曲がっていた指の骨が、今では折れる事なく形を正常に保っているのだ。
皮や肉も同様で、当初は抉れていた肉もささくれ立つ竹に引っ張られる事なく、しっかりと骨に張り付いている。
皮も最初は全て奪われていたが、今では肉に張り付いている。
これを成長の証と言わずになんというか。
100回の貫手を終えれば朝の鍛錬は終わり。
小学校へと向かう支度を始める時間だ。
だが今日は違った。俺が鍛錬を終えた頃合いに日和が声を挙げたのだ。
「お兄ちゃん、久しぶりに私アレ見たい!」
鍛錬を終えて一息ついている俺に向かって日和が目を輝かせた。日和が言うアレというのは十中八九あれだろう。
「うーん、別にいいけど。結構お金かかるんだぞ」
今月は結構な出費があり。懐が厳しいのだが、妹である日和からの頼みだ。断るのも忍びない。
庭の片隅に積まれたコンクリートブロックを五個運びだす。
二個を横向きに寝かせてその上に三個のブロックを平積みにする。
視線を縁側の方に向けると日和が目を爛々を輝かせて熱に浮かされるような表情で俺を見つめているのが分かった。
その隣で日和の横にいつの間にか居た母さんが何処か痛ましそうな目で俺を見つめていた。
似た容姿をしているのに浮かべている表情は対照的だ。
「ふぅーーーー」
息を大きく吐きだして、詰まれたブロックの前で深く腰を落とす。
腕を交差させて上体を軽く捻りながら右腕を弓形に振り絞り拳を構える。
そして……。
「ハアッッッツ!!」
気合の籠った掛け声と同時に拳を振り落す。
瓦割ならぬブロック割。非常に硬度なコンクリートブロックを瓦割の要領で割るという行為。
前世をあわせればブロック割りという行為そのものは1000を軽く越す程にはやったものだ。
だからこそどういうタイミングで角度で拳を振り落せば効果が一番表れやすいかどうかというのものは分かりきっている。
経験があるのだから、それを活かせる土壌があれば芽吹くのは道理だろう。
一枚目、問題ナシ。難なく破壊。
二枚目、少し動きが緩慢になる、ガ、これもまた問題ナシ、そのまま破壊。
三枚目、動きが凄まじく鈍くなる。拳の勢いが足りないのか半分程破壊したところで完全に停止。
「凄い、凄いよ!お兄ちゃん!!」
日和が縁側から盛大な拍手を送っている。
瞳を大きく見開いて、賞賛の声を惜しみなく振る舞いながら興奮したように喜んでいた。
俺にとっては大した事ではないのだが、日和にとっては違うようだ。
日和が嬉しそうにしている姿を見て、俺も少しだけ誇らしい気持ちになる。
「……本当、いつみても凄いわねぇ」
母さんが小さく呟いた。その顏は驚くというよりかは呆気にとられるというか何処か呆然としているのがこれまた日和と対照的だ。
「少しずつだけど前に進んでいる実感はあるよ。それじゃ、そろそろ学校に行く準備をするよ。日和も部屋で着替えてきなよ」
俺は2人に向かって笑顔で応えながら右手を2人の見えない位置に移動させる。
右手の甲は血の色に染まりきっていた。赤い血がテープを真っ赤に染め上げる。どくどくとめどなく溢れていく俺の血液。
先ほど巻いたテーピングが無意味になった。血はすぐに止まるが、テープはまた巻きなおさなければ……出費がかさむなぁ。
その後、砕けたブロックを片付けた後、テープを巻いて学校へ行く準備が終わるころには時間が7時50分になっていた。
「お兄ちゃん! 早く早く!一緒に行こうよ」
俺が階段を降りると玄関の方では既に靴を履き終えた日和が急かしてくる。
「そんなに慌てんなよ。時間は充分にあるだろ。遅刻しなけりゃそれでいいんだよ」
急かす日和を宥めながら靴を履く。日和は大分せっかちだ。学校なんて始業ベルが鳴る前に教室に辿りつけばいいだけだというのに……。
「2人とも車には気を付けるのよ?」
母さんはそんな俺達を微笑ましそうな目で見つめていた。
「分かってるよ。それじゃ行ってきます」
「行ってきまーす!」
靴を履き終えてランドセルを背負う。そして既に玄関の扉を開いて待っている日和の後に続く形で外に出た。
今更だけど主人公は狂人です。




