15話:幸せになる人が居れば不幸になる人がいる
ちょっと短いです。
「――という訳なんだが、明美はどう思う?」
俺は隣を歩く明美に対して今朝あった出来事を話した。
中学校は小学校とは別の方向にあるので、日和とは一緒に家を出てそのまま別れる事になる。
そして最初は黙って俺の話を聞いていた明美だったのだが、話を聞き終えた後、悩ましげな表情を作ったかと思うと小さく頭を抱えてから呟いた。
「前から日和ちゃんが達郎にベッタリなのは知ってたけど、それ絶対におかしいと思うよ」
「そうかな?俺としてはまだ甘えてる範囲だと思っていたんだが」
明美は小さく溜息を吐いた。
「私に姉妹はいないから詳しい事は分からないけど、日和ちゃん小学5年生なんでしょ?」
「ああ、だけど何歳になっても家族で風呂に入るのは普通じゃないか?」
明美が眼鏡の奥でスっと目を細めるのが分かった。
「達郎もしかして……日和ちゃんだけじゃなくて今でもおばさんと一緒にお風呂入ってるの?」
「ん、ああ、中学生になってからは基本一人で入ってるけど誘われたら一緒に入るよ。母さんと日和と俺の3人で」
「……そうなんだ」
明美の声のトーンが少し下がる。どうやら機嫌が悪くなったようだ。
俺からしてみればそこまで目くじらを立てるような事なのかと思ってしまうのだが。
きっと、明美の感性の方が正しいのだろう。
「そんな事より達郎、そのままだったら日和ちゃんがお兄ちゃん離れできないんじゃないのかな?」
「お兄ちゃん離れって」
離れる必要あるか?
俺は依存を治したいだけでお兄ちゃん離れを促すつもりはないのだが……。
そんな俺の考えを読み取ったのか明美はジト目で睨みながら口を開いた。
「達郎もこのままじゃ駄目だと思ったから私に話してくれたんだよね?」
「……ああ、そうだな」
明美の言葉に俺は頷く。たしかに明美の言う通りだ。俺は明美に意見を求めた。
そんな俺の反応を見て明美は更に言葉を続けていく。
「だったら達郎から離れる努力をするべきじゃないかな?」
「離れる努力って例えば?」
「か、彼女を作るとか」
「それは流石に早すぎないか?」
そう言ってから、俺はハっとした。
中学時代で場外亮二と関係を持ち、そこから高校に至るまでに開発されていった明美に対してこんな事を言うのはおかしい気がする……と。
だが、そんな考えは次の明美の言葉を聞いた瞬間に吹き飛んだ。
「そんなことないよ。だって園田さんなんて2年の先輩と付き合ってるんだよ」
「……え」
その名前が出た途端、思わず立ち止まった。
「園田さんって?」
「C組の子で同じ文芸部の子だよ。園田繭美さん」
Cクラスで園田繭美……この名前は確か、山本崇の幼馴染だった筈だ。
俺から見て、その繭美という女子生徒は崇の事が好きなように思えたのだが。
……なんとなく嫌な予感がする。
「もしかして、その2年生ってバスケ部か?」
「うん、そうみたい。しかも大分有名な人みたいだね。名前は、えっと、たしか場外先輩だったかな」
明美から場外亮二の名前が出て、俺は冷や汗が止まらなかった。
動揺を抑えながら平常心を保ちつつ更に訊ねていく。
「その2人はいつごろから付き合い始めたんだ?」
「うーん、私も本人に直接聞いたわけじゃないけど、2週間くらい前から場外先輩と園田さんが一緒に帰ってるのを何度か見たの」
「それくらいじゃ付き合ってるのかどうか分からないんじゃないのか?」
「けど、肩に手を回してたから──付き合ってないのにそういう事すると思う?」
「それは……そうだな」
明美の言葉に俺は何も言い返せなかった。
しかし、そうすると疑問が出てくる。
文学部である園田繭美と運動部である場外亮二の接点が謎だ。
明美ならば何か知ってるのだろうか?
とりあえず俺は聞いてみる事にした。
「けど、不思議だよな。どういう繋がりで2人は知り合ったんだ?」
「多分1ヶ月くらい前に図書室で園田さんと一緒に勉強した時だと思う」
そんな俺の疑問に明美は澱みなく答えてくれた。
「私と園田さんの2人で勉強をしてたら場外先輩が話しかけてきたの」
「へぇ、どんな感じで?」
そう聞くと、明美が思い出しながら、少しずつ話してくれた。
「うーん、たしか……」
─君ら、1年生の子? 偉いね。勉強頑張ってて、それで君たち名前は? 園田繭美ちゃん? そうなんだ、それで? 君の名前は? へぇ、澤木明美ちゃんっていうんだ。
─あ、ごめんごめん。俺の名前言ってなかったね。俺の名前は場外亮二って言うんだ。こう見えてバスケ部に入ってるんだぜ。
─2人共可愛いね。クラス一緒なの? ふーん、そっか違うんだ。それじゃあ部活か学級委員が一緒とか? あ、そうなんだぁ、文芸部なんだ。
─学校には慣れた? 何か分からない事があったら俺に相談してくれていいんだぜ。
「図書室で初めて会った時はこんな感じだったよ。それからも何度か顔を合わせる事があったけど」
─お、明美ちゃん、こんなところで会うなんて奇遇じゃね? 今から部活に行くのか?
─へぇ、そうなんだ。なら、俺も一緒に行こうかな。え、バスケ部? いいのいいの!だって俺エースで次期主将だから、行くのも行かないのも自由なのよ
─あ、今度の日曜日さ、他の子も誘って遊びに行くんだけど良かったら明美ちゃんも行かない? 勿論、他の友達も誘っていいからさ! ほら、そこに居る繭美ちゃんも誘おうぜ
─繭美ちゃんは何か予定ある? ないでしょ? ないだろ? うん、よっしゃ決定!
「場外先輩は大分強引でこっちが何か言う前に勝手に決めるのよ」
「──お、おう」
少しだけ怒ったような口調で言う明美に対して、俺はそう答える事しか出来なかった。
俺が知らない所でそんな出来事があったなんて……思ってもみなかった。
「それで明美は園田と一緒に遊びに行ったのか?」
「私はきちんと断ったよ」
「……私は?」
「繭美ちゃんも一緒に行く事になってて、私は行きたくないからその場でハッキリ断ったけど、繭美ちゃんはどっちつかずな態度をしてたから……」
「なるほど、園田だけが先輩と一緒に遊びに行ったわけか」
「うん、そうみたい」
明美があっさりと告げる。その顏には一切の罪悪感も負い目も浮かんでいなかった。
いや、それは……行きたくなかったけど、あんまり強く言えなかったんじゃないのか?
園田繭美という少女は山本崇の話を聞く限りでは相当に内気で大人しい性格をしているように思える。
そしてそんな性格の子ならば内心では嫌だと思っていてもハッキリと断る事ができないかもしれない。
「それで2人が日曜日に遊びに行ってから。一緒に帰る姿を見る事が多くなったの」
「そうなのか」
明美の言葉を聞いて俺はその原因に思い至ってしまった。
おそらく、場外亮二は本来ならば明美と関係を深めるのが目的だった筈だ。
だが、靡かなかったから他の女に手を出した。
言ってしまえば妥協なのだろう。
……本来ならば、本編であれば明美は柳達郎に対して内心で失望しており、誰に対しても好意を抱いていないが為に場外亮二という先輩にあっさり靡いてしまった。
だが、目の前に居る明美は俺に対して好意を抱いているから、本編よりも身持ちが硬かった。
言ってしまえばそういう事だ。
あくまでも俺の憶測だが、そこまで的外れではない……と思いたい。
園田繭美に対して多少の罪悪感を持ってしまうが、俺個人としては概ね明美と同意見だ。
園田繭美にしても、山本崇にしてもそうだ。
嫌なら断れば良かったし、理不尽な行為に対しても抗えばいいだけだ。
それが出来なければ搾取され利用され続けるのは世の道理でもある。
結局のところ世の中というのはどれだけ己の我儘を通せるかどうかで生き易さは変わっていく。
そして搾取される人間を上手く利用できる知恵があれば更に難易度は下がり続ける。
(──良い事思いついたかもしれん)
俺は本編のでの先輩の台詞や行動パターン、そして性格を思い出していく。
これらの要素はたった2年や3年でそこまで劇的に変わるモノではないだろう。
だとすれば──……上手くいけば、俺は学校で揺るがない地位を確立できるだろう。
よしんば上手くいかなかったとしてもそれはそれで面白い。
ならば、今日から早速行動を起こす事にしよう。
「……よし」
俺に新しい楽しみが出来た瞬間だった。
次の話は胸糞になる可能性があるのでオチまで書ききってから更新したいと思います!