13話:中学デビュー失敗したしなんかもやもやする
いつも誤字報告ありがとうございます。
直せる所は直します。わざとの所は残します。
中学生になって早いモノで数ヶ月が経過した。
それだけの時間が過ぎれば初めての中学校生活に緊張していた新入生達も慣れが出てきて馴染んでくるものだ。
部活動に中間テスト、新しく増えた授業科目。当初は慣れていなかったそれらにも対応が出来てしまう。
それと同時にクラス内での各々の立ち位置というモノが見えてくる頃でもある。
「おはよう!桐生院さん!」
「ああ、おはよう」
桐生院紫雨は明確にクラスの中でもカースト上位の立ち位置を獲得していた。
というか普通にクラスのトップに立っているようなものだった。
朝、登校してきたクラスメイトの大半が真っ先に紫雨に声をかけている。
紫雨の家柄か、あるいはその美貌、才媛ぶりに釣られてか紫雨の周りには常に人が溢れていた。
しかし、それでもクラスの大半であって全てではない。
「おはよう澤木さん」
「うん、おはよう」
一方で明美は比較的大人しめのグループに所属していた。
といってもそれは所謂、高嶺の花のような立ち位置を得ているようだ。
艶のある黒髪に眼鏡の奥から覗く整った顔立ち。
性格は物静かで誰に対しても分け隔てなく接する優しさを併せ持つ。
クラス内ではそういう評価をされていた。
……紫雨と明美の両名共に容姿は俺の目から見ても相当に整っているし、実際に学年を見渡していくと磨けば光る原石は転がっているが、既に輝きを放ち始めている2人にはまだ届かないだろう。
そこに関しては流石ヒロインだとでも言うべきだろうか。
しかしここで俺は2人に対して、ある疑問が浮かんでいた。
それは紫雨と明美の2人が仲良くしている所を全然見ないということだ。
互いに目を合わせる事はあるし喋る事もあるが、決して仲良くしようとしない。
俺にはそれが不思議で仕方なかった。俺の記憶している限りでは2人の仲はそれなりに良かった筈だ。
入学初日に明美と紫雨が校舎裏に一緒に行った事があったがそこで何かあったのだろうか?
だが、2人に聞いても答えてはくれないだろう。
というか、実際に明美に訊ねたのだが答えを濁された。
紫雨に聞いたら教えてくれるかもしれないが、明美が聞かれたくない以上、余計な詮索はしない方がいいだろう。
人間誰しも他人に知られたくない秘密の一つや二つはあるのが当然なのだから。
クラスメイト達と談笑する2人を視界に収めてそう結論付ける。
そしてそんな紫雨と明美に対して俺の方は順調という訳にはいかなかった。
原因は分かっている。俺がクラスの男子生徒に嫌われているからだ。
何故嫌われているのか、それは紫雨と明美の2人に関係する。
中学生というのは異性を意識する頃合いだ。そんな中で紫雨と明美の2人は異性からの注目を集めやすい。
見目麗しい容姿もそうだが、発育が他の女子よりも顕著な事があり。より目を引く。
そんな紫雨と明美の距離感が他の男子生徒と比べると俺は遥かに近い事があり、一部を除いてクラスの男子から嫌われていた。
(流石にこれは予想外。まさか可愛い女の子と仲がいいってだけで嫉妬の感情をぶつけられるなんてな……)
だが俺は小学生時代と同じように成績優秀で運動神経も抜群なので男子とは対照的に女子生徒からの評価は若干高い。
なので俺のクラスの立ち位置はカーストは割と上位で立場的には女子寄りになっていた。
その結果、クラスの男子達には話しかけても無視はされないが一緒に遊びに誘われる事はない。
そんな気まずい関係を築いてしまった。
俺自身、鍛錬や勉学をする時間が欲しかったので遊びに誘われる事がないのは全然構わないのだが、そうなるとクラスを掌握するという目的が困難だ。
容姿がいい女と仲が良い、たったそれだけの理由で同性から避けられるとは思ってもいなかった。
だけどそれでも俺と仲のいい男子は確かに存在しているし、むしろ好都合な事も多かった。
「おはよう。柳くん」
「ん、ああ、おはよう雪城」
その中の一人が同じ小学校からの付き合いである雪城雪兎だ。
俺が視線を向けると寝ぼけ目をした雪兎が机に鞄を置きながら欠伸をしながら席についていた。
「眠そうだな。また夜更かしでもしてたのか?」
「うん、実は昨日2時までゲームしてたんだ。そのせいで眠くて眠くて」
「そうか、けど土日は兎も角として平日は学校があるからもうちょっと抑えた方がいいんじゃないか、しんどいだろ?」
鞄を枕替わりに机に突っ伏す雪兎を見て思わず苦笑いする。
俺自身、別に雪兎に対してゲームをするなとか勉強をしろとか教育者のような事を言うつもりは一切ない。
そもそも俺だって昨日は日課の鍛錬と勉学をしていたせいで、眠りについたのが夜中の3時だったのだから。
「うーん、僕も出来ればそうしたいんだけどね。学校のある日は部活があるからゲームする時間が短くなるし、逆に休みの日はママが家にずっと居て僕がゲームしてたら怒るんだ」
「はは、そうなんだ」
雪兎が項垂れているが雪兎が平日の夜中までゲームをしているから、母親としては休日くらいはゲームをしてほしくないんだろう。
ゲームをしたい雪兎の気持ちも分かるが、雪兎の母親の気持ちも理解できる。
だが結局の所、こればっかりは当人の問題なので俺から口を出すのはナンセンスだろう。
「おはよう、柳、雪城」
「おはよう、山本くん」
「おはよう、山本」
机に突っ伏している雪兎を眺めていたら、どうやら山本崇も登校してきたようだ。
俺と雪兎に向かって声をかけると崇は席に着くなり机に突っ伏した。
「あぁ~まじでだりぃ、バスケ部嫌になってきた」
そう呟く崇の顔は疲れ切っているように見える。
「そんなに練習が辛いの?」
「いや、練習は別に大丈夫なんだよ。確かにしんどいけどやりがいがあるし……けどなぁ」
雪兎の言葉に顔を顰めながら言葉を濁す。
透かさず俺は崇に訊ねた。
「先輩のシゴきが辛いのか?」
「……3年の先輩は優しいんだけど、2年の先輩達が大分キツい」
崇は辛そうな顏をしている。相当にキツいのだろう。
実際、バスケ部に入った1年の内既に何人かがバスケ部を退部しているという話は聞いている。
その原因がどうにも崇が今口に出した2年の先輩らしいのだ。
だが直接そうだと言った者は皆無だった。どこか怯えたような表情をして言葉を濁していた。
そして崇も例に漏れず。口を滑らしたと思ったのか、先ほどよりも大きな声で強引に話題を逸らした。
「そ、そんなことより知ってるか?澤木、文芸部のコンクールか何かで入選したらしいぜ」
「へぇ、そうなんだ。凄いね、文芸部に入ってまだ日が経ってないのに」
2人の視線が自然と明美の方へと向かう。視線の先の明美は穏やかな笑みを浮かべて友達と談笑をしていた。
それを崇はねっとりとした熱の籠った視線で見つめている。
「……」
その間、俺は口を噤んだ。
明美が入選した事は当然俺も知っている、というか入選したその日に本人から直接聞いた。
しかし、その事を語った所で嫉妬心を煽るだけで碌な結果にならないだろう。
紫雨と明美の2人はモテる。目の前の崇だって明美に対して好意を抱いているのは明白だ。
だから俺は話題を変えた。
「よくそんな事を知ってたな、誰から聞いたんだ?」
「Cクラスに居る昔馴染みが文芸部なんだ。だから澤木がどういう感じかはそいつから聞いてる」
俺は1年の生徒の顔と名前をある程度把握しているので記憶を探ればそれらしき人物像がぼんやりと浮かんできた。
目の前の山本崇とある程度接点があり、一緒に帰ってるのも何度か見たことある生徒。
流石に全員がどの部活に入ってるのかまではまだ把握はしていないが、おそらく間違いはないだろう。
たしか名前は……。
「園田……繭美、だったかな」
「すげぇな、柳に繭美の事なんて話した事あったっけ?」
俺が名前を当てた事に崇は驚くと同時に感心したような声をあげた。
園田繭美。第一印象は小柄で素朴そうな女の子。
顔立ち自体はあまり特徴がない地味な印象だったが、あの手の顔は化粧を覚えたら化けるタイプに違いない。
大人になって化粧を覚えたら一気にモテるタイプだろう。
「山本はその女の子と仲はいいのか?」
「あぁ?繭美とか?そりゃ、家はすぐそこだから仲は良いと思うぜ」
話を聞く限り、俺と明美の関係と余り変わりがないようだ。
もっとも崇の方は園田繭美の事を異性としては認識していないようだが。
「けどよーあいつ地味だろ?暗い性格してるし俺がいねーと何もできねーから仕方なく面倒見てやってるんだよ」
ぶっきらぼうに言い放ってカラカラと笑う崇。
その後、予鈴と同時に担任が入ってきて話は打ち切られた。
朝のホームルームが始まると同時にプリントが配られていく。
配られたプリントに記入しながら、脳内で話を纏めていく。
崇の言葉にあったバスケ部の2年生はとても有名だ。……両方の意味で。
先輩から課せられるイジメのようなシゴキに耐えられずやめていく1年生は後を絶たない。
だがそんな状況に対して顧問や3年生が文句を言わないのは2年生がバスケ部の主力だからだろう。
中でも2年生の場外亮二という生徒は飛び抜けているそうだ。
バスケ部のエースで次期主将と持て囃されており、バスケ部だけではなく2年生全体を取り仕切っているボス的存在のようだ。
それだけ優秀だからこそ、黙認されているのだろう。
俺自身、場外亮二の姿を何度か見た事がある。
整ってはいるがどこか軽薄そうな顔立ちに中学2年生にしては175㎝という高身長、そして無駄のない筋肉のついた身体。
初めて見た瞬間に確信した。
間違いなく、コイツがゲーム本編に登場した先輩なのだと直感で理解できた。
だがそれが分かった所でそもそも俺と場外亮二の両者に接点はまったくないのだから、どうしようもないのが現状だった。
此方に手を出してくるならば潰すし、何かしてくるなら壊すが、そうでないなら放置する。
そもそもの話、本編だと達郎が先輩の存在を知るのは高校生になってからであり、逆に言えばそれまで向こうは干渉してこなかったということに他ならない。
だからこそ、先輩の姿形や名前が分かった所で今は何もできないのだ。
それが少し……もどかしい。
「……あ」
気が付くと鉄製のシャーペンが中ほどからへし折れていた。
だいぶ頑丈で気に入ってたのだが、勿体ない事をしてしまったな。
記入が終わったプリントが回収されるのを見ながら、ついそう思ってしまった。