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11話:小学生の終わり、そして新しい始まり


 月日が経つのは本当に早いモノで、気が付けば俺は小学校を卒業していた。

 春休みが終われば、近場の中学に入学する手筈になっている。

 当然のように紫雨や明美、そして勝重も同じ中学だ。

 ただ本編とは違い勝重との交流は完全に途絶えていた。

 あの体育館裏での事件以降、何かとチョッカイをかけてきたのだが、そのたびに俺が影で、時には堂々とやり返していると次第に絡む回数が減ってきた。

 暴力では勝てないと踏んだのだろう。だけど油断は出来ない。

 

 だから当然のように俺は鍛錬を続けている。

 当初の目的である最強に近付く為に、俺は精進を続けている。

 そしてその成果が顕著になったのが、俺の手にテーピングが巻かれなくなった事だろう。

 貫手の鍛錬は毎朝繰り返しているのだが最早俺の指には掠り傷一つ付いていない。

 

 試しにコンクリートブロックを相手に貫手を繰り出したら綺麗に指の大きさ程度の穴が開いて感動すら覚えた。

 

 着々と前に進んでいるという安心感からか、春休み最後の日に俺は日課の鍛錬を休んで街に出ていた。


 「達郎、本屋いきたいんだけど寄ってもいい?」


 明美と共に、今日の彼女の服装は少しばかりオシャレだった。

 白いワンピースにピンク色のカーディガンを羽織っている。

 ジーパンにTシャツの俺とは大違いだ。

 そんな風に考えながら明美の言葉に頷いておく。


 「ああ、いいよ。行こうか」


 「うん」


 明美の身体付きは日に日に女らしくなっていた。

 身体付きは丸みを帯び、胸部は見て分かるほどに膨らみがある。

 少女から女へと変化をしている最中……さながら羽化の途中と言ったところか。


 明美の足が繁華街にある本屋へと向かうので合わせるように常歩する。男女の差といえばいいのだろうか。俺と明美は歩く速度が違う。

 だから明美が俺に合わせようとすると早歩きにならざるを得ないのだ。流石に此処は俺が合わせるようにするべきだろう。

 元々、俺は鍛錬する予定だった。しかし明美が一緒に街へ行こうと誘いをかけてきたので折角誘ってくれたんだし……といった形で俺はそれを受けた。

 日和も一緒に来たかったようだが、既に友達との先約があるらしく、寂しそうに出かけて行った。

 

 「何の本を買うんだ?」

 

 「うーん、昨日発売した新刊とあとは特設コーナーを見てから考えたいな」

 

 少しだけ考えるような素振りを見せると明美は澱みなく告げた。

 

 「達郎は何か買ったりするの?」


 今度は俺が考える番が来た。正直言って俺は漫画をあまり読まない。

 何故なら全部が前世で見た覚えのある漫画だからだ。

 どこかで見たような設定、絵柄、ストーリー。酷い時には名前が違うだけでまったく同じ作品が存在している事すらあった。

 全て生前に見た事がある漫画だ。だから、それと同じ理由でTVドラマや映画、ゲームなどにも興味がない。


 「んー、参考書とか? あんまり漫画とか小説は興味ないから」


 だから俺の答えは何の面白みのないモノになってしまう。

 そんな俺の返答に明美はどこか感心したような声色を出した。

 

 「そうなんだ、けどまだ入学式も終わっていないのに参考書を見るなんて凄く熱心だね」


 「そうか? いずれ触れる事になるんだし、それなら早めの方がいいと思うぞ」


 高校受験を考えれば、嫌でも参考書には触れるようになる。

 ならば出来る限り早めに慣れている方がいいだろう。

 

 「ふーん、達郎は高校どこにするかもう決めてるの?」

 

 「一応な、行けるかどうかは実際にその時になって自身の成績を見ないとどうしようもないが」

 

 「どこの高校を狙っているのか参考までに聞いていい?」


 参考にするだと? 明美が行く高校はたしか例の先輩が居る近場の高校になる筈だ。

 しかし、もしかすると俺の言葉が未来を変える事になるかもしれない。

 それに俺の行く高校を聞いたところで何の参考にもならないと思うが、知りたいのなら教えるべきだろう。


 「聖柳だ」


 「―ッ……そっか」


 狙っている高校名を告げた途端に一瞬だけ苦虫を噛み潰したかのような顏をしたように見えたのだが、瞬きの間に表情は戻っていた。

 気のせいだろうか? 俺も明美の顔を注視していた訳ではないから確証を持てない。

 

 「けど、達郎だったら別の高校でもいいと思うよ。ほら、聖柳って私立だから一般だとお金凄くかかるみたいだし。公立の進学校でも充分じゃないかな?」


 一理ある。柳家の財政状況は不明だが、困窮している訳ではない。母さんも散財や浪費癖がある訳でもなく、親父の遺産も残っているだろう。

 しかし、それも無限にある訳じゃない。いつかは底を付く。それならばそのお金は出来れば俺なんかよりも日和の為に使ってほしいと思うのは間違っているのだろうか?

 もしかしたら日和は高校と大学は私立に行きたいと言うかもしれない。その時に兄である俺が私立に行ったためお金がないと言われれば歯痒い思いをすることになるだろう。


 「そう、だな。聖柳に合格できるかどうかの問題は置いといて、もう少し真剣に考えてみるよ」


 何とも煮え切らない返答になってしまったが、要検討だ。進路に関しては時期を見て母や妹にも相談するべきことであり、俺一人で早急に決める事はない。


 「うん、それがいいと思う。それに私達はまだ12歳なんだからそこまで焦る事はないと思うよ」


 明美は俺の言葉に満足そうに頷くとはい!と言いながら左手を差し出した。

 

 「……?」


 突拍子のない行動に俺が頭を傾けていると明美は差し出した左手で俺の右手を握りしめた。


 「ほら、人多くなってきたから……はぐれないように……ね?」 

 

 「お、おう」


 たしかに行き交う人の数は増えてきたが別に本屋の場所はお互いに知ってるんだからはぐれるも何もないだろう。とは言えなかった。

 お互いに手を繋ぎながら繁華街を歩いて行く。すれ違うカップルや親子連れ等は微笑ましいモノを見るような暖かい視線で俺達を見ている。

 ふと視線を右側に居る明美に向けると、明美は正面を真っ直ぐに見据えて歩いていた。 

 

 「……」


 ただ時々、まるで此方を窺うかのように視線を感じる事があるので、明美は俺を意識をしてるのだろう。

 そこまで考えて、俺はふと思った。

 明美が俺を意識しているという事は中学に上がった時の先輩との関係がどうなるのか、という事だ。

 今の明美は先輩とやらと出会っていない。だから俺に対して意識をしている。

 本編では表向きの達郎との関係は幼馴染だった。

 達郎の方は明美の事を意識していたが、明美の方からのアプローチはしていなかったような気がする。

 

 ならばそれより以前、過去はどうなのだろうか?

 中学時代の達郎の思い出は暗かった筈だ。

 成績は中の中で運動もそれほど出来る訳ではない。

 性格は暗く友達も少なく、その唯一の友達である勝重からはパシリ扱いされていた。

 そして勝重が所属する不良グループに軽い虐めのようなものを受けていた。


 そんな状況の中で達郎に異性を意識する余裕があったとは言いづらいだろう。


 明美に対する恋愛感情は俺自身、あまり持ち合わせてはいない。

 無論、幼少期から見知った仲であるという点においては居心地の良さすら覚えている。

 しかし、どうにも本編での忌避感が抜け落ちないのだ。


 「達郎、どうかしたの?」

 

 「―いや、なんというか、少し恥ずかしい」


 考え込んでいる俺を見て訝しんだのか明美の方から声が掛かる。

 俺は自身の考えを気取られないよう、明美から視線を逸らしながら伝えた。

 

 「わ、私も……だ、だけど、仕方ない事だから!」


 目に見えて動揺する明美に自然と頬が緩んでくるのを抑えられない。

 もしかするとそんな表情を見られたくなかったのかもしれない。

 

 願わくば、こんな日々が続いていってほしい。

 今この瞬間、俺は心の底からそう思っていた。


 


 あれから程なくして本屋に辿りついた俺と明美は繋いでいた手を離して行動を別にした。

 俺は参考書の本をそれとなく眺めている。高校受験。大学受験。資格試験。様々な参考書を眺めていく。

 中には中学受験の本もあり、手に取ってその中身を軽く確かめていく。


 「……ふむ」


 内容そのものは分かるのだが。問題文などが難解で理解力と応用力がないと解けない問題が多数ある。

 今まで勉強を何時間もしていたのが全て無駄に思える程の内容に少しだけ気が滅入る思いだ。

 しかし、ついていけない程ではない。

 今後の勉強時間を上手く割り振れば、充分に学べる内容だ。


 だが、それも意味はないことだ。既に中学の入学は決まっている為、この参考書で勉強した所で得るモノは少ないだろう。

 そう見切りをつけて本を元の場所に戻した。


 「何かいいのはあった?」


 「いや、やっぱりまだ早かったみたいだ」


 当初言っていた通りに明美は目当ての新刊を数冊買い特設コーナーの本を何冊か試し読みして買い物を終えたようだ。

 時間はそれほど掛かっていない。


 「それより次はどうする? 軽く繁華街の方を見て回るか?」


 「そうね。そうしましょう」


 「それじゃ、行くか」


 俺は明美の空いている左手を掴んで先導していく。

 

 「……ッ」


 その行動が意外だったのか、少しだけ呆気にとられた表情をした後、すぐに力を込めて握り返してくる。

 しばらくの間、俺と明美は2人で繁華街の店の商品を眺めていく。

 お互いに子供という事で行動範囲に限りはあるが、その範囲の中でも充分に楽しめた。

 手を繋ぐ事に対しての恥ずかしさも時間が経つと共に薄れていき、俺達は自然に手を繋ぐようになっていた。

 そして今日、何店舗目かの雑貨店に入った時だった。幾つか商品を眺めているとふと目についた品物があった。


 「そういえば、明美って髪伸ばしているのか?」


 「え、あ、うん、中学に入ったら伸ばそうと思ってるの、変……かな?」


 丁度俺に背中を向ける形で可愛らしい小物を眺めていた明美が俺の言葉に反応する。

 振り返った明美が肩を少し超えた所まで伸びている髪の毛先を指先で弄りながら聞いてくる。

 

 「いや、変じゃないよ。今まで肩くらいまで伸びてたら切ってたから気になっただけだから」


 「そ、そうなんだ。ちゃんとそういう所も見てるんだね」


 「意外か?」


 「うん。達郎ってそういうのに無頓着なイメージがあったから」


 たしかに明美の言う通り、俺は気付いたとしても言葉に出さない事が多々ある。

 だが、相手の事はよく観察しているつもりだ。ましてや毎日顔を合わせているであろう明美の変化を見逃すわけがない。 


 「そうか? 俺は自分では結構そういうのに気付く方だと思ってるんだけどな、ただ言わないだけだ」


 「口に出さなきゃ、気づいてないのと一緒だと思うよ」


 思ったよりも辛口な言葉に自然と苦笑いが零れた。


 「はは、そうだな」


 その通りだと思う。口に出さなければ思いは伝わらない。

 秘めているだけでは何も状況は変わらない。

 生前、俺はそれで後悔をしたことがある。


 ―通じ合ってると思っていた、俺とあの人の間には言葉に出さなくても確固たるモノで繋がっていると信じていた。


 だが、現実はそうではなかった。

 言葉にしないと通じないのだ。形にしないと伝わらないのだ。


 「そういえば、明美は何か目ぼしいモノは見つかったのか?」


 「うーん、特にそこまで欲しいモノはないかな……達郎は何かいいのあった?」


 「ああ、ちょっとだけ外で待っててくれないか?」


 「うん、それは別にいいけど、何買うの?」


 「買ってから教えるよ」


 だから今度は言葉にしよう。形で伝えよう。

 せめて後悔はしないように。


 

 「お待たせ」

 

 商品の購入を手早く済ませた俺は店の外で待っている明美に声を掛けた。

 

 「それで、何を買ったの?」


 何を買ったのか興味があるのか、好奇の視線で俺が手に持つ紙袋を見つめている。

 

 「ほら、見てみ」


 「え、あ、うん」


 俺から紙袋を渡された明美は困惑しながらも中身を確認する。

 

 「これって、髪留め?」


 「やるよ。髪の毛伸ばしてるんだろ?」


 「あ、ありがとう。だけど、どうして?」


 「詫び品」


 「詫び?」


 「ああ、今までの詫びだ。こんなんでチャラになるとは思ってないけど、受け取ってほしい」 

 

 3年間、俺は明美に対して酷い事をしたと自覚している。

 自分で勝手に無視を決めて、勝手に仲を戻そうとした。

 そんな自分勝手な俺に対して、昔と同じように付き合ってくれた明美への詫びの品。

 

 「……」


 俺の言葉に明美は黙って髪留めを見つめていた。

 その視線に込められた意味を俺は知らない。

 理解ができない。だけど、言葉にしないと通じない。形にしないと伝わらない。

 だから俺は、言葉にする。

 

 「ありがとうな。明美……昔みたいな関係に戻ってくれて」


 偽りのない本音を口にする。


 「……」

   

 明美はそれに応えない。無言のままだった。

 もしかしたら呆れてるのかもしれない。怒っているのかもしれない。

 それも当然の事だ。俺自身、3年間の事を蒸し返す気はなかった。

 しかし、これは自分なりのケジメだ。



 どれだけの時間そうしていたのかは分からない。

 ただ太陽が西に沈み始めて周囲は僅かに夕焼け色に染まっていた。


 それくらいの時間が経って沈黙を貫いていた明美がようやく口を開いた。 

 

 「―べ、べつに、気にしなくてもいいのに」


 「まあ、すぐに使える物じゃないし、髪の毛が伸びてきたら使ってくれると嬉しい」


 「うん、絶対に大事にするね」


 年相応の無邪気な笑みを浮かべて、明美が笑う。それに釣られて俺も笑った。

 夕焼けに染まった街路を並んで歩いて行く。

 自然と手は繋がっていた。 


 「明日から中学生だね」


 「ああ、そうだな」


 俺にとっては二度目になる中学生生活だが生前の中学時代の思い出は殆どない。

 普通の人と比べると多少荒れていたような気がするが、どちらにしろ碌な思い出じゃないことはたしかだ。


 「―同じクラスになれるといいね」

  

 「そうだな、俺と明美、そして紫雨の3人同じクラスだといいな」


 ここにはいないもう一人の幼馴染の姿を思い浮かべながら言う。

 途端、繋いでいた手から強い握力を感じた。


 「どうしたんだよ?」


 思わず視線を向けると、明美は拗ねたようにそっぽ向いた。

 

 「知らない!」


 もしかすると、嫉妬してるのだろうか?

 

 「嫉妬してるのか?」


 「そういうのは言わなくていいの!」


 「口に出さないと伝わらないんじゃなかったっけ?」


 「もうっ!!」


 完全に怒ったようだ。だけど、それでも互いに繋ぎ合わせた手は離さない。しっかりと握ったまま俺達は歩いている。

 それが今の俺達の間柄の深さを示しているようで、嬉しく思う。

 母さんや日和とも違う、家族の愛とは違う、この感情こそが友情……なのだろうか? 

 

 今の明美が俺に対して恋慕の感情を持っている事は今日1日ではっきりと理解できた。

 だけどきっと中学生になって、高校生になって、成長するにつれて視野は広がっていくだろう。

 その時に明美は変化していくに違いない。

 いい変化なのか悪い変化なのかは俺には分からない、もしかすると本編の通りに先輩を好きになるのかもしれないし先輩以外に恋をするのかもしれない。

 だけど今の俺なら、それを笑って受け入れられる気がするのだ。


 「明美」


 「どうしたの?」


 「ありがとうな。俺、明美が幼馴染で本当に良かったって思ってる」


 「……うん、私も」


 明日から俺達は中学生になる。

 最強になるという夢は未だに具体性を帯びていないが、諦めている訳じゃない。

 あの時の決意があったからこそ今の俺があるのだと断言できるから……師範が言っていた言葉を思い出す訳じゃないけれど、最初に決意した初心だけは忘れないように、これからも毎日を生きて行こうと思えたのだ。





 夕焼けに染まる景色の中、視界の先に見える境界線からは星が見えていた。



1章小学生編完結。

2章の中学生編は1章と同じく書ききってから投稿したいと思います。

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[良い点] 一途の作者さんだ この作品も楽しみです!
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