悪夢に彷徨う話
炎が視界を埋め尽くす。
瞼の裏からでも感じるのは、光。そして痛みだった。あまりの痛みに自分の声かわからないほどの絶叫が広がった。
あの日、俺は生と死の間を歩いた。
それだけは忘れられない記憶だった。家族のことも、俺自身のことも忘れていく中で。
俺の顔が焼け落ちたことは未だにこうして夢に見るのだ。夢にしては鮮明であの時の再現をされているようだった。
こんなことも忘れてしまいたい、しかしそれを許されないかのように何度となくこの夢を見る。
あの日、俺は扱ったこともない拳銃を持たされて戦場に投げ込まれた。新兵の初陣というにはお粗末で、なんの訓練も受けていない寄せ集めの集団の中に俺は居た。
誰かの命を奪うことに対しての戸惑いと恐怖、覚悟も出来てない奴がそんなことをできるわけない。人を今から殺すなんて、そんなこと。
しかしそんな考え、すぐに捨てることになった。
なぜなら顔も知らない相手の命を心配する余裕なんてなかったのだ、すぐ横で誰かが凶弾に倒れて思い知らされた。
俺の命なんて数でしかないんだ、と。
やらなきゃやられる、そう引き金に指をかけて相手を撃ち殺す。
本当に最初だけだった。命を奪うことに対しての戸惑いとか、罪悪感とか。そんなの自分の命の前では息を吐いただけで吹き飛ぶようなものだった。
失われる取り返しのつかない物が、血だらけになって沈んでいく。命の熱が失われていく中で戦火だけが辺りに熱を広げる。
それは今でも忘れられない。
火を放つ鉄の口が俺に向けられた。銃を向けたが、撃つ前に炎が視界を埋め尽くした。
それで。
俺は俺ではなくなってしまった。
生死を彷徨って目を覚ましたら。まず、視界の狭さに絶望したことを覚えている。
今まで見えていた視界が半分もなくなったのだ、あの消失感は本当に忘れられない。
そして光沢のある物などに反射する自分の顔を見た時。もうどこにも戻れなくなった、そう感じた。
それほど火傷の痕が酷く、自分のイメージできる顔が崩壊した姿を見るのはとても苦痛だった。
俺を気まぐれで救ったエコーにも腹が立ったし、こんなことになってしまった自分にも怒りを覚えた。
国の陣地取りに人生を食われ、顔を食われ、存在すら失ってしまった。火傷を負う前の俺は死んでしまい、今はもう自分のことを思い出せなくなっていく亡霊のような存在。
どうしてあそこで死ななかった。
死んだほうがよかったのに。
俺なんて。
こんな俺なんて。
そして夢の締めくくりに俺は持っている銃を自分の頭に向ける。後味の悪い夢だ、最後は自分の命すら投げ出す。
願望が強いと夢にまで見るというが、俺は『俺の死を願っている』ということか。重たい引き金に指の力が徐々に強めて、最後は。
最期は。
ぎゅっと服の裾が引っ張られた。
それに目をやると小さな手が俺の服の裾を引っ張っている。
***
いつもと違う夢の感覚に俺は目を覚ました。
テントの向こう側はまだ少し暗いがもうすぐ空が明るくなる頃だろう。
悪夢のせいで服は汗で濡れているが、いつもと違ったのは息も詰まるほどの動悸がないことか。
夢の終わりが違った。それのせいなのか?
あの手は……
そう思いながら俺は視線を少年に向けた、少年はコートの上で体を丸くして眠っている。
考えすぎか。
俺は頭を掻いて目を閉じる、完全に眠ることはないがもう少し休もう。