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歩き疲れた少年の話


 月明かりを頼りに俺は歩みを進めていた、乾燥した地面は歩くたびに土埃が舞う。足音は俺のものだけで少年のものはない。

 なぜなら少年は夜が来る頃に足が痛くて歩けなくなってしまったからだ。まぁ子供用の靴もないし、この硬い地面を裸足で歩けば無理もないだろう。

 少年は大丈夫と言いながら、俺の顔色を伺っているのはわかっていた。歩けないと怒られると思ったのだろう、我慢していたようで後半は少し涙目になっていた。

 

 で、今は俺が背負って歩いているわけだ。

 小柄の子供を背負うぐらい大したことはないが。

 少年は申し訳なさそうに、時折『ごめんなさい』と俺の背中から言葉をかけてくる。

 

「謝らなくていい」

 

 正直、子供の体重がどのくらいの重さで正常なのかわからないが。この少年やはり体が軽い気がする。

 ちゃんと食ってんのか、って言いたくなるところを少し我慢して遠回しに尋ねて見ることにした。

 

「親は?」

 

 これはこれで直接的だが、色々と手っ取り早いだろう。これでだいたい背景が伺えるはずだ。

 

「……お母さんは居ました。でもお母さんは僕が嫌いだって言ってました」

「そうか」

 

 聞くんじゃなかった。やっぱりロクでもない生い立ちじゃないか、困ったもんだ。小さな子供が自分からそんなことを言うのだ、本当にロクでもない。

 

「それで、君一人で生きてきたのか?」

 

 少年は黙ってしまう。俺は答えるまで待っているとポツリポツリと少年の口から断片的に語られた。

 

 母親は自分を気味が悪いと嫌い、いつのまにか居なくなってしまったこと。白い部屋で過ごし、白い人たちがお世話をしてくれること。

 その部屋で何をするのかと尋ねれば、少年は『言われたことをするだけ』と返してきた。

 では言われたこととは何か、そう尋ねれば少年は『痛いこと、僕はすぐ傷が治るから』と返してきた。

 

 はぁ。その言葉の一つ一つを想像するだけでため息が漏れそうだ。だが、ため息を吐いたら少年はまた謝ってしまうだろう。

 俺は息を呑み込んで少年に言った。

 

「そこには戻りたくないってことでいいんだな?」

「……わからないです」

「わからないって、痛いのは嫌なんだろう?」

 

 痛みから逃げるのは人として当然の行為だ、むしろ痛みを恐れない方が異常である。それを少年はわからないという言葉でごまかしている気がした。

 

「僕のこと必要だって。みんなが言ってくれたからそれは、嬉しくて」 

「でも痛いのが嫌だから戻りたくないという気持ちがある。だからわからない、か」

 

 少年は黙ってしまう、俺が確信を突いたからだろう。

 この年頃の子供は、自分の傍から誰かが離れていくことを苦痛に感じるのかもしれない。だから自分の嫌なことでも受け入れて、傍に居てくれる人に縋る。

 

 そんな少年の心理を大人側が利用しているように見えてしまうのは、同じ大人になってしまった俺だからだろうか。

 いや少年も薄々と気が付いているのかもしれない、自分が利用されていることに。

 

 それにしてもすぐに傷が治る、という言葉が引っかかる。その言葉が本当であるなら、銃で撃たれたにも関わらず生きている理由がそれなのか。

 いや、そんなことがあるのか?

 もし少年の話が全て本当なら人間の根底を覆すことになる。その力があるから利用されてるんだろうな。

 

 それから俺は黙々と歩いて、少年はいつのまにか俺の背中で眠ってしまっていた。

 

 ***

 

 新しい拠点は人には見つからないだろうが快適さはない。いや、雨風を凌げるだけマシだろうが。

 戦線から離れた緑地、流石に月明かりだけでは隠したものを見つけられない。辺りに注意してライターの火をつける。片手で少年を背負っているのが不安定だったのか、少年は目を覚まして『降ります』と声をかけてくれた。

 

 少年を降ろしてライターの火を地面に近付けた。あった、これを引っ張って……

 落ち葉や草に覆われた地面が捲れ上がる、地面と言うよりはカモフラージュの板なんだが。その下に小型テントがしまわれている。これも昔、誰かから奪ったものだ。こんな重いものを持って移動するのは危険だ。

 テントが使えそうな立地に隠して、いざとなれば……と思って今に至る。

 

 この辺でいいか、少し歩いたところでテントの装備を地面に下ろした。

 ライターの火を、ランプに移す。

 手元の明かりだけでテントの装備を広げた。

 

 大きな木の下には日光が届かず、小さな木々は育たない。その大きな木の下、開けた場所にテントを張ることにした。

 張る位置にある小石や枝を足で退かして、さっさと組み上げてしまう。

 

 テントといっても豪勢なものではない、本当に雨と風を凌ぐだけのもので。俺が立って動けるほどの大きさはないが、子供が寝るスペースはあるだろう。

 俺はその隅に座れればいい。

 手際よくテントを立てたら、自分のコートを脱いでテントの床に敷いた。本来ならマットみたいなものがあれば、硬い地面におさらばできるんだが。何もないよりはマシだろうから。

 

「中に入っていいぞ」

 

 俺の言う通り少年はテントに入っていった。俺のコートを踏まないようにしていたが、俺はその上に座るように言った。

 

「……でも」

「いいから、大したコートじゃない」

 

 本当にその通りだ。ただの黒いコートに気なんて遣わなくていい。

 少年は少し迷っていたが、俺の言う通りコートの上に座った。

 テントの出口のチャックを閉める、明かりは極力ないほうがいいだろう。ランプの火を消して目が暗闇に慣れるまで少し休むことにした。

 

 目が少し暗闇に慣れた頃、少年の方を見てみると少年はすでにコートの上に横になり眠っている。

 疲れたのだろう、睡眠を取ってくれるならありがたいことだ。俺は少しホッとする、眠るまで会話してやるなんて俺にはできないからな。

 

 ……俺も少し眠ろうか、色々ありすぎて疲れた。

 

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