怖そうな人
あれ……体、痛くない?
目を覚ましたら、いつもの白い部屋じゃなかった。僕は……あぁそうだ、また痛い思いをして、寒くなって。それで……
血だらけだった服は完全に乾ききってしまって、カピカピになってた。随分長く眠っていたみたい。
僕が寝ていたのはベッドだった。僕の血でシミができてしまっている。どうしよう、怒られてしまうかもしれない。
僕は、よく。お母さんに叩かれて鼻血が出ちゃうと『服が汚れる』って怒られてた。怒られたくない、どうしよう。
「目が覚めたか」
突然の声に僕はゆっくりとそちらを見る。見て驚いた、僕よりも大きな男の人で顔が。
顔の半分が包帯に覆われていた。
僕も怪我をした時、包帯を巻かれていたことがあるから。この人も怪我をしているのかな。
「あ、あの……ごめんなさい。僕」
僕の視線が血のシミに向いていることがわかったのか、男の人は『あぁ』と言葉を返してきた。
「別に気にしなくていい、子供が気を遣うなよ」
男の人の表情は怒っているようには見えなかった。どちらかといえば表情がないように見えて、僕にはその人が何を考えているのかわからなかった。
「それで、どうしてあんなところに倒れてた?」
男の人は僕にそう尋ねてきた。
僕には説明をするのは難しくて、浮かんだ言葉を繋げることしかできなかった。
「僕、白い部屋に居て。その部屋が大きく揺れたら、扉が開いたんです。怖い人が入ってきて……僕、本当に怖くて。逃げようとしたら、痛くてそれで」
男の人は少し目を細めた。
僕の話し方が気に入らなかったのかもしれない、僕が話すと大人の人がイライラするのはわかっていたから。
だから僕はあまり人と話をしたくない。僕のせいでみんなをイライラさせたくないから。
「あぁ、そうか。あの奇妙な車の中身は君だったのか」
「……くるま?」
僕にはわからない言葉だった。男の人は腕を組んで少しため息を吐いた。
「ちょっと面倒なことに巻き込まれてしまった気がするな」
「ご、ごめんなさい」
「いや、俺がしたことだから。それで、君はどうしたい?」
「どう……って言われても、僕にはわからなくて」
僕は俯いてしまう。どうしたいのかと聞かれても僕は今まで『こうしろ』と言われたことをしてきただけで。
僕が何かを決めてきたことはなかった。
「戻りたい場所とかないのか?」
「僕には、家はないから」
僕の回答で、男の人は完全に困りきった顔をしていた。
「ご、ごめんなさい。嫌なら出て行きます。迷惑をかけません」
僕の口癖だった。人に迷惑をかけるのが怖くて、面倒だと思われるのがすごく嫌だった。嫌われるのがすごく不安で。
初めて会った人にもそれが無意識に出てしまって、どうしていいかわからなくなる。
「……はぁ、あのな。別に俺がしたことなんだから謝る必要ないだろ」
「ご、ごめんなさい」
あぁもう、と頭を掻いて男の人は僕から離れていった。僕は困ってしまって静かにベッドに座っていることした。
部屋を見渡すと、小さな部屋みたいで。窓がなくて扉が一つ。僕の座っているベッドと小さな机が一つ。
部屋の奥には沢山の木箱が無造作に積み上がっていた。
男の人は部屋の隅でため息を吐きながら、口から煙を吐いている。それが初めて見るもので僕はびっくりしてしまう。
僕の視線に気がついたのか、男の人は遠くから話し出した。
「とりあえず、もう少し横になってろよ。俺も気分落ち着かせるから」
「は、はい」
僕は言われた通り、ベッドへ横になった。
少し硬いベッドだったけど、今までみたいに眠る怖さがないのはなぜなんだろう。
僕よりも体が大きくて、怖そうな男の人なのに。白い人たちと話している時より安心するのはなぜなんだろう。
考えているうちに、まぶたが重たく感じてゆっくりと意識が沈んでいった。