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血に溺れた少年の話

 

 ……朝から騒がしい。面倒だと思いながら天板を押し上げた。こんなことなら昨日のうちに移動を開始するべきだったと後悔する。


 手荷物だけを持ってこの場所を移動するつもりだったが、まさか朝から大きな音に目を細めることになるとは。


 さて、辺りは……静かだな。

 交戦が始まったのかと思ったがそうでもないようだ。

 だったらささっとここから離れた方がいいな。天板を足で蹴って入り口を閉じる、こうして長めに過ごした巣を後にした。


 朝から俺の気分を悪くした大きな音の正体は、意外に近くにあった。それは先程まで過ごしていた拠点から歩いて、少しの場所で起きていた。


 横転した車がそこにはあった。


 見慣れない車だ、軍事用にしては武装されていない。白い車体には大きなコンテナが付いている。衝撃で開いてしまったのだろう、扉が開いていた。

 その中身は空だが異様だった。

 壁が柔らかい素材で囲まれている、白い部屋のようにも見えるが……一体何を運んでいたのか。

 運転席の方を見たがフロントガラスは血だらけになっていて向こう側が見えない。おそらく中で人が死んでいるだろう。

 これだけを見ても何もわからない、周りに気配も痕跡もないとなると調べようもない。

 疑問に思いながらも横転した車を後にして南に向かい始める。南には小さな拠点がある、そこまで歩くのは少し億劫だがここよりは安全だろう。


 青い空の上には大きな雲が浮かんでいる。一雨来るかもしれない、足早に進んでいく中で誰かの掠れた声が聞こえた気がした。 

 ジャリッと砂が擦れる音を最後に、足を止める。耳を澄ませるとやはり何かが聞こえる。

 ゆっくりとそちらへ向かっていく。

 音に敏感になっているのは、元からであるがこの時は胸騒ぎがした。それは今まで聞いたこともないほど弱々しい声のせいかもしれない。


 大きな岩の裏から赤い線が出来ている。血だ、臭いでわかった。ゆっくり、ゆっくりとそれに近付いていくと岩の裏には子供が倒れていた。

 血溜まりの中に沈んでいる、おそらく自身の血液だろう。この量ではもう俺の手には負えないとわかるくらいには大量の出血だった。

 

黒髪で白い肌。服は赤黒い血にぐっしょりと濡れて、自分の体を抱きしめるように丸まっている。

 年齢は……十歳を迎えているかいないか、戦場にいるには不釣り合いな年齢だった。

 少年はこちらに気が付いたのか、ゆっくりと目を開いた。その瞳の色は緑色で、微かに差し込んだ日光にその色が宝石のようにもみえる。

 涙が溢れて、掠れた声が俺に届いた。


「こ、ころして」


 殺して?

 殺さないで、ではなく?

 俺は思わず聞き返したくなった。命乞いをする人はいくらでも見てきたが、殺して欲しいと言われたのは初めてだった。


「もう、痛いのは。いやだから」


 泣きながら死を懇願する少年に俺は言葉を失った。何があったかは知らない、わからないが。

 この年齢の子供が自身の死を願うなんて、おかしい。

 平和な世界で生きている人から見れば『そんな悲しいことを言うな』と言うかもしれないな。しかしこんな世界に絶望したなら、おかしくはないだろう。


 俺は少しため息を吐いて銃を引き抜いた。銃口を少年に向ける、どうせ死ぬなら楽にしてやろうか。

 引き金に指をかけた。いつもだったら躊躇なく撃っているだろうに。


 向けられた銃に、少年が少しだけ笑顔を浮かべるから。


 俺の指がびくりと動いてから、力が入らなくなってしまった。俺が動揺している間に、少年は静かに意識を失ってしまった。


「……はぁ」


 俺が殺さなくても、もう死ぬだろ。

 動揺を紛らせるようにそう自分に言い聞かせた。とはいえ、もう見てしまったものを見なかったことには出来ない。

 困った、とりあえず……こんなところに放置するのも寝覚めが悪くなるだろう。


 俺は手を伸ばして少年の小さな体を抱き上げた。ぐったりと力が抜けていて完全に意識がないようだ。

 しかし変なことが一つだけある。


「……血が止まっている?」


 血溜まりはこんなに広がっていたのに、少年を抱き上げた時にはどこからも出血がない。

 服に染み込んだ血がポタポタと落ちるだけだ、不自然なことに驚きながら少年の体を確認した。

 服には拳銃で撃たれた損傷があるが、少年の体には傷がない。


「どうなってるんだ?」


 重症に見えたが傷口はない、少年も眠っているように落ち着いた呼吸をしている。先程まで死にそうに息をしていたのに。

 医者でもなければ治療をする道具もないため、休ませることぐらいしかできないのだが。


 俺は深く息を吐いてから、来た道を帰ることにした。

 混乱する頭のまま少年を抱えて俺は巣の中に戻る。子供を地面や床に寝かせるのも悪い気がしたからだ。

 それに子供を抱えて新しい拠点に向かうのはトラブルがあった時に対応しきれない。

 リスクを考えれば、戻る方が悪手にはならないだろう。


 なんで俺がこんなことを。


 自分自身にそんなことを問いながら答えが出ない。しばらくため息を吐きながら、元の場所へと歩いて行った。 


 ***


 まさかここに戻ってくるとはな、少年を片手で抱えるとランプに火をつける。狭い部屋は明るくなり、再び家主を迎え入れた。

 まぁもう使う気は無いし、血だらけのまま寝かせてやってもいいだろう。ボロボロのベッドへ少年を横にしてやった。


 そうしてようやく、俺は床に腰を下ろして状況を整理することができた。


 さて困ったもんだ、どうするか。こんなところに倒れている子供なのだ、親も家族も探したところで見つからないだろう。

 とはいえ……ここで休ませてやって元気になった少年を『じゃあ元気でな』と放り出す訳にもいかないわけで。

 どうみても自分の身を守れるほどの年齢ではないのだ。ここまでしておいて、もう知らないと言えるはずもない。


 ……いや、俺が非道であるなら。そもそもこんなところに子供なんて連れてこないのだ。我ながら何をしているのやら、俺にとってこんな子供はどうでもいいだろうに。

 子供を殺すのは寝覚めが悪いから。

 それだけの理由だった。


「はぁ」


 ため息ばかりで解決策もない、街まで赴いて孤児院にでも預けようか。そもそも街まで向かうのにいくつ命があっても足りないだろうが。

 と、いうことは。

 しばらく俺がこの子の面倒を見ることになるということだ。


「……エコーに相談してみるか。俺子供なんて育てたことないし」


 厄介なことになってしまったなぁ、そう頭を掻きながら少年が目覚めるまで待っていることにした。

 

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