亡霊男の日常②
戦場に住み着いている者はロクなものではない。なぜならここは法律が通じないからだ、故に指名手配された極悪人が隠れるためにやってくる。
国同士で殺し合いの陣地取りをしている中でその影に住み着いた俺たちには、まともな生き方はできない。
自分のために誰かを殺すことは普通で、殺される方が悪いのだ。ここには命の尊さなんてものはない、人権も儚さも何もない。
ここに落ちた者は二度とまともな世界に戻ることはできない。それが、普通なのだ。
今日も頭の向こう側から銃声がする。距離が離れていればいるほど、銃声は虚しく聞こえた。
この音の先で容易く命が奪われるのだ。一瞬で、拒否権もなく。虚しく誰かの命が散っていく。
「エコーの言う通り、本当に近付いてきてるな……俺も拠点を変えるか」
独り言が多いのは俺がここに来る前からだ。そのはずだ、いや……どうだろうか。
最近は昔のことも思いだせない。思い出す必要もないからだ。
あの変わり者の店主、エコーと話すぐらいしか暇つぶしがないのだ。無言のまま一日を過ごすと頭がおかしくなりそうになる。
だから一人で喋り出すのだ。
自分の声を忘れてしまいそうなほど、広がった空白を埋めるために。
「おいっ」
突然声をかけられて、俺はゆっくり振り返った。そこには武装した二人組が銃口をこちらに向けていた。やれやれ、物騒だな。
「こんなところで何をしているんだ?」
「民間人には見えないな」
俺はため息を吐いて両手をあげる。話している言葉はわかるから、おそらく大国の人間であることはわかる。
一番困るのは何を言っているかわからない小国の言葉なのだ。そういう意味ではまだ言葉が理解できるから助かるな。
「武器がないかチェックするからな、動くなよ」
「動くな、って言われて動かない馬鹿に見えるか?」
俺の冷たい声に二人が言葉を失った。いや、なにか言おうとしたのかもしれないが……俺が受け取らなかった。
引き抜いたそれが擦れる音、その次に乾いた銃声が二回。
それだけで名前も顔も知らない誰かの命が終わる。
「なんで反撃されないと思うのか、不思議だな。それは脅すためのおもちゃじゃないんだぞ」
そう、これは人を撃つための武器なのだ。発砲しなければおもちゃだが。
糸のように薄い煙が銃口から昇り、左手に握られた拳銃で二人の命を奪ったところで、もうなんとも思わない。
倒れている男たちに手を伸ばして、さっきまで脅しに使っていた銃を取り上げる。使い手がこんなんじゃ、銃も可哀想だ。
俺がもらってやるよ。
あと、貰えそうなものは……ナイフやら銃弾やら。貰えそうなものは貰っていくのも大切なことだ。
死人にこんなもの必要ないだろう?
「やれやれ、困ったもんだ」
自分が殺されるなんて微塵も思っていなかったのだろう。甘すぎて、こちらが困惑してしまうレベルだ。
本当に戦争をしているのか?
俺だったら、声をかける前に発砲してるね。
***
ただの鉄板に見えるそれに手をかけて、戦利品と共にその底へと降りていく。暗い亡霊の巣へ降りていった。
ライターの灯りが辺りを照らし、その先にタバコを寄せて煙が立つ。タバコの次はランプに火をつけた。
狭い部屋はすぐに照らされる。コンクリートの床と壁、排気口が一つ。小さな机にランプを置くと、タバコを吸いながら古いベッドに腰をかけた。
この部屋には荷物なんてものはほとんどない、だから別拠点への移動には困らないが。名残惜しいのはこのベッドか。
戦場でこんなものがあるのも珍しいわけで、柔らかいものが恋しくなるが。
流石にこれを持っていけるわけがない、簡単に荷造りをするか。そんなことを思いながら、タバコの煙を吐いた。
別に生きていたくないが、面倒なことに巻き込まれたくない。どっかの国に捕らえられて捕虜なんて、笑えない話だ。
いや、でも今は一服済ませたい。
ここはなかなか過ごしやすい場所だったせいか。離れると決めたせいで気分が悪いのかもしれない。
「明日にするか」
タバコがギリギリになるまで、吸いながら買ってきた物や奪った物を麻袋に突っ込んだ。
柔らかいものに横になるのは、もうしばらくないだろう。恋しく思いながら、横になって軽く眠りについた。