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再会

パッと見ても全く外傷はなく、さっきの衝突もほとんどダメージがないようだった。

走って逃げるのは無理。空を飛ぶのも無理。

――それなら、なんとか一撃かましてから逃げるしかない。


そう思ってしまうほど、俺は焦っていた。

とりあえず一撃を躱してから、神威で上手く吹っ飛ばす。


そう思い、ものすごい勢いで走ってくる化け物に対し、それっぽい構えをする。

しかし、あと数メートルというところで化け物の腕が伸び、息を吞む間に目の前にくる。


「な―――!」


当然のように反応できず、とっさに身を守ろうとする。

その瞬間、目の前に迫る化け物の腕が消えた――いや、切り落とされた。


()()だ。両手に白く輝く短刀を持っている。

ノラはそのまま俺と化け物の間に着地し、その勢いのまま一瞬で化け物の懐に入り込む。


「ふッ――!!」


そして、化け物の腹を思い切り蹴り飛ばす。

ノラの数倍はある巨体が宙を舞い、地面を抉りながら滑るように転がっていく。


「生きているようで何よりじゃ」

「な、なんで…?」


俺にはノラが助けに来る理由が分からなかった。

この世界には見捨てられたようなものだと思っていた。


「そんなもの決まっておろう。お主を助けに来たのじゃ」


呆然とする俺に向け、ノラは振り返ってニコッと笑った。


「だから、なんで…!?」


半ば叫ぶように疑問をぶつけると、ノラは少しバツの悪そうに視線を外す。


「……すまなかった。言い訳がましいが、お主を追い詰めるつもりはなかったのじゃ」


ノラが俺に向けて言葉を紡いでいく。

だが、それを遮るように起き上がった化け物が叫び声をあげる。


『オオオオオオオオオ――――ッ!!!』


腕を失ったが、こちらを攻撃する意思に変わりはないようだ。


「っと、まずはこやつを倒してからじゃな」

「お、おい、大丈夫なのか…?」

「まあ、お主はそのまま見ておれ」


心配する俺をよそに、ノラは余裕の表情だ。

先ほどは不意打ちが入ったが、ノラと化け物ではどう見ても体格差がありすぎる。

少しでも攻撃が当たったらひとたまりもないだろう。


化け物もそう考えたのか、遠距離での手数の多い攻撃を仕掛ける。

化け物の背中から無数の蛇を模った触手が生え、凄まじい速度で噛みつこうと迫ってくる。


「浅はかじゃな」


そう言うとノラは両手に短刀を構え、そのまま正面から突っ込んでいく。

一見無謀な行動だが、化け物とノラとでは決定的な違いがあった。


それは()()だ。


化け物を遥かに超える速度で華麗に攻撃をかわし、目にもとまらぬ早業で全ての触手を切り落とす。

切り落とされた触手はまるで霧のように消えていく。


しかし、それを予想していたかのように化け物は残った腕を巨大化させ、思い切り薙ぎ払う。

これでは真っ直ぐ飛び込んでいたノラには逃げ場がない。


「まだまだ甘い」


化け物の作戦勝ちと思いきや、ノラはそれを全く意に介さず、全てぶった切って強行突破する。

ただ真っ直ぐに。


化け物は苦し紛れにノラを食らおうとする―――が、ノラの姿がない。


次の瞬間、化け物の体に横一閃が走り、そのまま霧のように消える。


「さらばじゃ。安らかに眠るがよい」


消えていく化け物の後ろにノラの姿が見える。

どうやら一瞬で背後まで移動し、とどめの一撃を入れていたようだ。


「さて、邪魔者もいなくなったの」


ノラは平然とした表情のまま歩み寄ってくる。

先ほどの戦闘を見ても、ノラは明らかに只者ではない。

一体どこに俺を助ける理由があるのだろうか…?


「なあ、なんで俺なんかを助けるんだ…?」

「“なんで助ける”か…。では逆に聞くが、お主は死にそうな者がいた時に見捨てるのか?」

「それは……」


思わず言いよどむ。

脳裏に先ほど助けられなかった少年が思い浮かぶ。

煮え切らない俺の様子を見て、ノラは優しく言葉を続ける。


「お主のことじゃ、ここへ来て様々なものを見て、様々な事を感じたじゃろう。ここでは毎日のように人が死ぬ。もはやそれを嘆く者も少なくなってしまった。わしはな、それが悲しくて仕方がないのじゃ」

「じゃあなんだ、ここで死ぬ人に比べて、俺は1ヶ月あるだけマシだとでも言いたいのか?」


自分から見ても最低の言葉が口をついて出る。

転生してから様々な出来事が起きすぎていて、俺には自分でも何がしたいのかわからなくなってしまっていた。


「そうではない。お主が“生きること”に執着する理由もわかる。じゃが、お主は独りで生きようとしておる。誰にも頼らず、誰も信じず、たった独りで。“生きる”ということは独りでは成しえぬことじゃ」


混乱している俺に対して、ノラは諭すように語りかけてくる。

その言葉は疲れ切っていた俺の中に、あたたかい湯水のように流れ込んでくる。


「助け合いなどと子供騙しのことを言うておるのではない。人も神も変わらぬ。良くも悪くも、誰かと支え合い、認め合いながらでないと生きていけぬのじゃ」


ノラの言わんとしていることは、とても大事なことなんだと思う。

でも、俺には少ししか理解できなかった。

だからこそ、俺は前世でまともに生きることさえできなかったのだろう。


イマイチ理解できていない俺の様子を見て、ノラが焦ったように言葉を付け加える。


「まあ、その、わしはお主に生きて欲しい!生きるのが難しいならわしを頼れ!ということじゃ!」

「……なんでそこまで俺を信頼してくれるんだ?」


ノラは、んー…と少し悩んでからこう答えた。


「信頼とは時間をかけて示すしかないものじゃ。いくら言葉を並べても、いくら理由を並べても、それは信頼にはならぬ」


正直わしにもよくわからぬがな、と苦笑しながら続ける。


「じゃが、自分を信じてくれる者が一人もおらぬのは辛く、生きる感覚を狂わせる。それはわしにもよくわかる。いまこの世界でお主を信じている物は誰もおらぬ。じゃからこそ、わしはこの世界で最初にお主を信じる者になろう」


ノラは微笑みながらそう言い切る。

――ああ、たぶん俺が求めていたのはこういう言葉だったんだろうな…。


「ありがとう…」

「べ、別に感謝されることはしておらぬ…!むしろ、お主にはこの世界で辛い役目を押し付けてしまっておる。じゃから、わしにはわしができることをしているだけじゃ」


俺が素直に感謝の言葉を述べると、ノラは照れたように顔をそらす。

少し赤みがかった頬と忙しなく動く尻尾を見て、俺まで少し恥ずかしくなる。

ノラは場を仕切り直すようにコホンと咳払いをすると、再び神妙な面持ちで話を続ける。


「じゃが、お主にも選択肢がある。このままこの世界で神として生きるか、もう一度死ぬか」


――もう一度死ぬ。

また仕切り直して、転生する。

正直全く考えていなかった選択肢だ。


「神が死んだとして、転生できるかどうかはわしにもわからぬ。こんな選択肢しか与えてやれぬのは申し訳ないが、このホムラの神を務めるのは苦しいものじゃ。何も成せず、苦しんだ挙句に死を迎える可能性もある。じゃからこそ、どうするかはお主に決めて欲しい」


ノラは真剣に俺のことを考えて提案してくれているのだろう。

だからこそ胸の奥から熱いものがこみ上げてくる。


ちゃんと受け止め、自分の中にある思いに向き合わなければならない。

息を整え、俺は思いを言葉にして吐露する。


「俺はちゃんと生きることができればそれでよかった。だからこそ転生できると聞いた時、すぐに飛びついたんだ。『ああ、これでやり直せる』ってな。他のことはどうでもよかった」


ホムラの景色やあの少年のことが俺の頭の中をよぎる。

ボロボロの家々、自分が生きるのに精一杯の人々。ここの神になるのは素直に厳しいと思う。

それでも、俺は前を向いて言葉を綴る。


「でも、違ったんだ。ダメなヤツがいくら転生しても、すごいヤツになるなんてことはない。世界が変わっても、自分が変わろうと思わなければ何も変わりはしないんだ。だから、俺は変わりたい。変わるきっかけをくれたこの世界で生きてみようと思う。これが俺の答えだ」


ノラの目を見てしっかりと言い切る。

俺が伝えられる言葉はこれが全てだった。


いつかこの選択を後悔する時が来るのかもしれない。

『後悔しない選択』とよく聞くが、たとえ正しい選択をしていたとしても、絶対に後悔しないなんてことはないのだろう。


それでも、いつか後悔してしまった時に、あの時の俺は真剣に精一杯考えて選んだのだと思えるようにありたい。


そして、それ以上にこの選択に後悔しないように生きていきたい。

そう、心の底から思った。


「そうか、それはよかった」


俺の答えに対してもノラは優しく微笑んだ。


2人の間に和やかな雰囲気が流れた――次の瞬間、《《ノラの脇腹を影の槍が突き刺した》》。


ノラの足元の地面から伸びる影が彼女の体を貫いていた。


「え――――?」


ノラの体から際限なく流れるどす黒い血。

貫かれた瞬間に飛び散った血が、俺の顔や服にもこびりつく。


口の端からも血が流れている。

そして、そのまま影はノラを投げ捨てる。


力なく空を舞ったノラは道端の壁に激突し、そのまま地面に倒れ込む。


俺は目の前で起こった出来事を理解できずにいた。

そして、理解できないまま影の化け物たちに囲まれ、理解できないまま殺されようとしていた。


本当に一瞬だった。声をあげる暇すらなかった。

まるでそうあるべきであるかのように、化け物が俺の首に向けて一撃を放った。


しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

ノラが間に入り込み攻撃をはじいていたのだ。


「すまぬ、油断した…!」


ノラは両手に持つ短刀で化け物の攻撃を防ぎつつ、俺に声をかける。

何か答えようとしたが、とっさのことに返事がうまく声にならない。


『グオオオオオオ――――ッ!!』

「煩いぞ、下衆が…ッ!!」


ノラは攻撃してきた化け物を一瞬で細切れにして吹き飛ばす。

しかし、化け物たちは数の有利で押し切ろうとしているのか、全く臆することなく攻撃を仕掛けてくる。

当然だが、ノラだけでなく俺にも攻撃が飛んでくる。


『グルルアアア――――ッ!!』

「うおぁ…っ!?」


横からきた刃のような一撃を紙一重で躱すが、腕にかすかな切り傷が入る。

俺は四方からくる攻撃に対応しきれず、体中に切り傷ができていく。


「ユズル!ここはいったん引くぞ…っ!!」

「引くって、どうするんだ!?」


次々と押し寄せる攻撃を躱しつつ、叫ぶように返事をする。

どう見ても逃げられるような状況ではない。


まともに動くことができない俺の様子を見て、ノラは短刀で攻撃を捌きつつ、こちらに走ってくる。


「手を取るんじゃ…っ!!」


ノラが勢いよく手をのばす。

それに合わせて手を出すが、目の前にいる化け物に邪魔をされ、わずかに届かない。


「クソったれがぁぁぁ!!!」


俺は意を決し、化け物に飛び掛かりながらノラの手を取る。

影の刃が体中に刺さり、思わず痛さに顔がゆがむ。


「よしっ、ゆくぞ!」


ノラは俺の手を取るや否や、化け物の攻撃をかいくぐりながら勢いよく空へと飛びあがった。

一瞬で空中を数十メートルほど駆け上がり、ホムラの上空で静止する。


わらわらと群がっていた影の化け物たちは、逃げられたのを確認すると、溶けるように景色と同化して消えていった。

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