最終話十二月だよ!クリスマスの夜2
しばらく経ってからウキウキしてるみぃこが神田の世界を出した。雨が落ちる水たまりのような波紋が絶えずついている円形の謎空間が目の前にぼんやり現れた。
「本当に行くのかよ……」
「いこー!」
ブンちゃんは行く気満々なみぃこにため息をつくと神田の世界に入り込んでいった。
入り込んだ世界でまず最初に見えたのはクリスマスツリーだ。それからどこか西洋風なレンガの町並み。
「……?」
そして雪が積もっていてあちらこちらにイルミネーション。おまけに夜で澄んだ空に星が輝いていた。
「……星……。って……一回来た時と世界観違くねぇ!?」
「ちょうどいいねー。どっかの家のベッド探そうかー。雰囲気で求めるでしょ」
みぃこが勝手に民家のドアを開けて中をうかがっている。今回はドールはドールサイズだ。現実に近い価値観のようである。
「ベッドって……バカバカ!寝るんじゃねーだろ!それに民家の人が……」
「ありゃ。誰もいませんねー。外にも人がいませんねー。じゃあ野外でも……」
「ちょっ……なにをさせようとしてやがる!俺はとにかくすぐ帰るぞ!」
呑気なみぃこにブンちゃんは焦った。
「あ、てゆか、人がいない世界ならベッドでもつれあってもオケー!よし、ブンちゃん、頑張れー。応援してるからー。夢の中だから何しても大丈夫ー!足りないモノあったら出してあげるからね!お好みで!」
「コラ!ふざけんな!!」
ブンちゃんはわかりやすく怒鳴った。
「えー、なに怒ってんのー?」
「夢でもな、やっていいことと悪りぃことがあんの!……たく、人間離れしてやがるな……。こんなはずじゃなかったんだが……」
みぃこに罪悪感みたいなものはないようだ。過激な発言も素で言っている。
「……待てよ……。人形は人の心を映す鏡……。もしや、この危険な思想は俺にも……」
ブンちゃんが独り言を言っていると半袖短パンの女と目があった。
「……ん?人はいなかったはずだが……って神田!?」
薄着の女は神田だった。
「ちょっ……寒くねーのか?」
ブンちゃんは神田の格好を見て青い顔で呟いた。
「ああ、私の神様!こんちはーっす!寒くないかって?大丈夫、大丈夫!寒さ感じます?」
神田が話しかけてきてはじめて寒さを感じていないことに気がついた。雪が降っているが全く寒くない。
「……寒くねーな……」
「寒くないでしょ?クリスマスだからキレイな世界にしてみたくてね。キレイでしょ。ここ」
「あ、ああ……」
神田の笑顔を見てブンちゃんは知らずに顔が赤くなっていた。
幻想である神は夢という形でしか人間と出会えない。だから人間は神に入り込んではいけないし、神も人間に入り込んでもいけない。
現実で出会うことはないからだ。
ブンちゃんはそれがわかっていた。だから入り込みたくなかった。
だが、神田に出会って二回目、神田はブンちゃんを意識してしまい、ブンちゃんも神田を意識してしまった。
「みぃこ、帰るぞ!」
「はー?なんで?こっからベッドでしょー?ベッドインならツインがオススメでしょー?」
呑気なみぃこに頭が痛くなるブンちゃん。
「うるせーよ!ベッドベッドって女の前で!」
「ベッド?」
神田はきょとんとしていたがそのうちみるみる頬が火照っていった。
「あ……え……いや……えーと……ベッドに買い換えよう!とか思わなかったか?」
「あー!そっちかあ!思った!思った!今度、実家出るからベッドにしようと……」
「ベッドならツインがオススメだ。って……なに言ってんだよ!俺!」
ブンちゃんはみぃこを睨むがみぃこは笑っていた。
「ぎゃははは!自分で言ってるしー」
「……っち!帰るぞ!!」
「待って?なんで怒ってるわけ?私、なんかしました?」
神田が不安そうな顔になったのでブンちゃんは慌てて首を振った。
「してない。してない」
「じゃあ……ベッドをツインにした方がいいってお告げしにきたわけでしょうか?」
神田の頭にはハテナが回っている。
「おーい……どうすんだよ……みぃこー」
ブンちゃんはみぃこを睨みながら小声でささやいた。
「あー、さくらちゃん、ブンちゃんはさくらちゃんを抱きたいんだってー」
「はぁう!?」
ビックリ発言のみぃこにブンちゃんから変な声が漏れた。
「……え?なに?私、神様に抱かれちゃうわけっすか?それ、さいっこう!よし!じゃあさっさとベッドを……そっかあ!だからツインとか……」
「まーてぇ!!!」
なんかおかしな思考回路の神田に柔道の審判のような鋭い声をブンちゃんは上げた。
「あれ?なんですか?野外がいいとか?萌えるポイントってムズいっすよねー!」
大方みぃこと同じ事を言う神田。
「違う!ちがーう!!」
ブンちゃんは顔を真っ赤にしながら全力で否定した。
「じゃあなんなの?なんか特殊なプレイなの?口から魂抜くとか?尻子玉を抜くとか?」
「カッパか俺は!!……そんなんじゃねー!!どんなプレイなんだよそれ!こえーよ!」
「尻子玉プレイ?」
「ぎゃはは!!なんかエロいー!!」
神田の言葉に腹を抱えて笑っているみぃこ。クリスマスの夜なのに下品な内容で盛り上がっている。
「……もうやだ……」
ブンちゃんはしゅんと下を向いた。
「……で、結局何しに?」
神田が話を元に戻し首を傾げた。
「……何しに来たんだろうな……俺は……。心が折れそうだ」
「サンタさんにしちゃえばー?」
「また勝手なことをっ……!」
みぃこの呑気な発言にブンちゃんはプルプルと肩を震わせた。
「神田のプレゼントは……俺だ!待たせたな!みたいなー!みたいなー!」
「ナニソレ!かっこいい!」
みぃこと神田は馬が合うのかなぜか会話が成り立っている……。
「……サンタさんか……」
ブンちゃんは二人の様子を見て目を細めた。
……みぃこ……。
やっぱり人間の元にいないとまともにならない……。
「なあ……」
ブンちゃんが盛り上がっている二人を呼んだ。
「おー?ついにプレゼントに!?」
「ならない!!」
みぃこの言葉を押し退けブンちゃんは続ける。
「なあ、神田。人形は好きか?」
「……ん?好きですけど。かわいいから」
神田は先が見えず首を傾げる。
「そいつ……クリスマスプレゼントにもらってくれないか?」
ブンちゃんはみぃこを指差して神田を見据えた。柔らかい風が吹き、雪が舞い上がった。
「……え!?」
「そいつ……そいつな、みぃこは……俺が……『俺が作った』人形なんだ」
「ハア!?」
ブンちゃんの発言で近くのもみの木から一斉に多数の声が上がった。
「……って……」
ブンちゃんが目を見開いてもみの木を見るとブンちゃんをいままで手伝っていたドール達がわらわらと現れた。
「嘘だよねー?」
「マジで?」
「やべー!!」
「趣味全開でごじゃる?」
「信じられません!」
それぞれ声を上げて収集がつかなくなったがブンちゃんは慌てて声を上げた。
「なんでお前らがいんだよ!!しごっ……仕事は!?」
「あー、仕事よりもブンちゃんの恋愛事情のが心配でついてきちゃったの」
花子さんが代表で答えた。
「そうだわよ!神田ちゃんを抱くとこ皆で見よって来たんよのさ」
続いて雪子さんも呆れた顔で続けた。
「ちっ、なんでぇ!ちょっとエッチになるかと思ったら爆弾発言しやがってよ!」
イチがブンちゃんを睨みながら呟いた。
「抱かないしエッチにならない!!……くそっ……どいつもこいつも……。というか知られたー!恥ずかしすぎる……」
ブンちゃんは顔を真っ赤にし、涙目で顔を手で覆った。
「……まさか!ブンちゃんがみぃこを作っていたとは!!幼女人形でハアハアしてたんですか!?気持ち悪いです!!私は嫌いではありませんが!!」
めいちゃんが興奮ぎみに尋ねてきた。
「……う、うるせー!!展示されてる人形通りに作って俺のお手伝いを作りたかっただけだ!神の手伝いなら巫女だろって思っただけ!」
「ほー……どうやってお作りに?」
はーちゃんが興味津々にブンちゃんに詰め寄る。
「……俺が生まれた当初に手伝いがほしくて自分の髪を切って人形製作キットの無植毛ヘッドに俺の髪を植毛して目を描いて巫女の服を着せただけだ!いち早く九十九神になったのがみぃこだよ」
「……ほうー……人形の作り方が本格的ー」
はーちゃんが感心の声をあげた。
「もう!うるせー!お前ら!黙れ!黙れ!」
次々に声を発する人形達を黙らせてブンちゃんは再び神田に向き直る。
「神田、みぃこを……もらってくれないか?俺の神社前に置いておく……。俺はっ……俺は……お前が好きになっちまったみたいだが……お前は人間を好きになれよな」
「えー……と……もしや……サンタさんだったり?」
「ちがーう!!」
ロマンチックになりそうだったが神田が見事にぶち壊した。
だが無理もない。ブンちゃんは神田をずっと見てきたが神田はブンちゃんの姿を見たのは二回目。
幻想で処理されているので神田はまだブンちゃんが本当にいるとは思っていない。神と人間の関係はいつもこうなのだ。
「ま、まあ、とにかく……みぃこを……」
「そこの話すお人形、もらえばいいんですか?」
目が泳いでいるブンちゃんに神田はストレートに尋ねた。
「あ?あ、ああ……。人間の方に渡るのは出歩いてるのじゃなくて本体だ。出歩いてるのは霊体だから……」
「よくわかりませんがわかりました」
「みぃこ、お嫁さんにいくのかー?イエーイ!!」
みぃこはまだよくわかっていない神田ににんまりと笑みを浮かべた。
「……じゃあ、俺は……行くよ……」
ブンちゃんはどこか切な気に微笑むと神田に背を向け歩き出した。
「……待って!」
神田に呼び止められたブンちゃんは足を止め、振り返る。
「もうちょっと……一緒にいたい」
「……神田……」
神田は寂しそうにブンちゃんを見ていた。ブンちゃんの言葉に注目が集まる。
見守るドール達が固唾を飲む音が聞こえた。
「……俺……」
ごくり……。
「もうちょっとお前といたい……」
ささやくような声で言ったブンちゃんは顔を赤くしてうつむいた。
「ふぅー!!」
その時、どんちゃんどんちゃんと指笛やらマラカスやらタンバリンやらの音がやかましく響いた。
ドール達が祝福の音楽を奏でたようだった。とてもやかましい。
「だー!うっせー!!やかましい!!帰れ!もうお前ら全員帰れ!」
「では、祝福の鐘を鳴らさせていただきます」
「宮子さん!どんどんやれでございー!」
「やれやれー!」
「やめろー!!」
ブンちゃんを無視しドール達に頭を下げた宮子さんは手からハンドベルを取り出し鳴らした。澄んだ空気にハンドベルの美しい音色がこだまする。
「やめろっつーの!!結婚式か!!帰れー!!」
ブンちゃんは人形達を追い回しひとり残らず退散させた。人形達は腹が立つほどすんなり世界から出ていった。
「くそっ……興味だけで覗きにきやがってー!」
「あははは!」
ひとり残ったみぃこはただおかしそうに笑っていた。
「あのー……」
神田は戸惑いながらブンちゃんをうかがっている。
「あ……神田……」
「さっきのはどこまで本気?」
「さ、さっき?」
ブンちゃんは早くなる心臓を抑えながら震える声で尋ねた。
「抱いてくれる……みたいな話」
神田はやたらと色っぽく頬を赤らめるとわずかにブンちゃんから目をそらす。
「えっ……あ……だ、抱けないよ……。俺、神だから……」
「……そっか」
なんだか寂しそうな顔をする神田にブンちゃんは我慢できなくなってきた。
「あ……こうすることなら……できるかな……」
ブンちゃんは神田を抱き寄せ、腕を神田の背中に回す。神田もブンちゃんに腕を回してきた。
「……はずかしー……」
「ねぇ、キスは?キスはできるでしょ?」
かわいい顔を向けられてブンちゃんは思わず唇を塞いでしまった。
「ん……」
二人の吐息が漏れる。
ここはどちらの世界なのだろう。
わからなくなってくる……。
ここは実はブンちゃんの世界でブンちゃんの妄想が神田を出現させたのかやっぱりここは神田の世界なのか……。
「……わかんなくてもいい……」
ブンちゃんは熱くなってくる身体を抑えずに今度は神田を強く引き寄せた。
「おーぅ!!いーねー!もっとやれー!」
みぃこが横やりをいちいち入れているがブンちゃんにはもうどうでも良かった。




