月夜のイケメン2
女性従業員の心の世界へはブンちゃんはなんの障害もなく入れた。
「ほーら、入れたよのさ」
雪子がいたずらな笑みを浮かべ得意気にブンちゃんを見る。
「……ま、まあ入れたな……。普通の神は弐(夢幻霊魂の世界)には入れないんだが……。なんだ?人形に任せすぎて夢で救ってくれるって願われるようになったのはマジってことか?」
ブンちゃんは顔を曇らせた。
「つーことは……やっぱ俺は女になっちゃうかもしれねーの!?うわー!嫌だー!!」
「そんなことよりうるこを止めるだわよ!」
悶えるブンちゃんに雪子はうるこを指差して叫んだ。うるこは目を輝かせながら草原を走り回っている。
ここは青い空に気持ちのよい風が吹いてくる広い草原だった。
「うるこ!落ち着くよのさ!」
「ねー!誰もいなーい!!きもちぃー!!」
うるこははしゃぎながらどこまでも走って行ってしまった。
「ああ!オイ!勝手に行くなー!」
ブンちゃんはうるこを追い走る。この世界では人形は人形サイズのようだ。たまに人形が人間と同じ大きさだったりするが今回は違うらしい。
「全く!世界の主がいないよのさ!」
雪子はうるこを追いながら辺りを見回す。
どこまでも草原だ。
だがなんだか視線を感じるのだ。
見られているような……。
刹那、前を走るうるこが何かに撃たれ倒れた。
「え!?う、うるこ!」
「そっから撃たれたぞ!」
ブンちゃんが倒れたうるこを両手ですくい上げて近くの草むらを指差した。
「え……?……とりあえず……」
雪子はスナイパーの帽子を取り出し、すばやく被った。
雪子の特殊能力、それに関係のある帽子を被るとその能力が使えるという。
スナイパーの帽子を被ると近くの敵や遠くの敵が見やすくなるのだ。
「む!!よく見りゃあスナイパーだらけだわよ!!スナイパーがいっぱいいるよのさ!」
「なんだって!?」
雪子の言葉にブンちゃんは戸惑いの声を上げた。
その時、一瞬意識が飛んでいたうるこが目を覚ました。
「あ、うるこ、大丈夫か?」
「……はぅ♥️ブンちゃん、だいちゅき♥️ブンちゃんはカッコイイ♥️」
「……はあ??」
うるこの突然の告白にブンちゃんは頭がおかしくなりそうだった。
撃たれて気を失ってから目を覚ましたうるこの目はハートだった。
「……あのスナイパー……いや……弓!?つまり恋の矢を放ってくるよのさ!?」
雪子には遠くにいるスナイパーの男が持つハート型の弓が見えた。
「はあ??」
さらに頭がおかしくなりそうになっているブンちゃんは戸惑いすぎて頬を赤らめている。
「ちっ……スナイパーはそろいも揃ってイケメン揃い……乙女の世界だけど変な世界観だわね!!」
「ちょっと待った……弓矢に射たれたら俺もこうなんのか?」
ブンちゃんはうるこを気味悪そうに見つめながら尋ねた。うるこはクネクネ不気味に動きながらブンちゃんに愛の言葉を囁いている。正直気持ち悪い。
「私達人形に愛を囁くのはごめんよのさ」
「俺だってやだぜ」
「じゃあ避けるよのさ!右!」
雪子に突然言われ、ブンちゃんは慌てて右に避けた。ショッキングピンクなハート型の矢がブンちゃんの足すれすれに落ちた。
「ひ、ひぃ……」
ブンちゃんは涙目になりながら矢から離れた。
うるこはまだまだ愛の言葉を発し続ける。
「ブンちゃん……ちゅきよ……。ブンちゃん……」
「雪子さん!うるこが気持ち悪い!」
「いいから避けるよのさ!あんたが当たったらもっと気持ち悪い!」
雪子はブンちゃんに叫ぶと手からライフル銃を出現させた。
スナイパーの帽子を被っているためスナイパーに関連するものが出せる。
「雪子さん!そんなのぶっぱなしたら死んじゃうぞ!」
「大丈夫よのさ!当たるけど気絶するだけの夢ならではの銃だわよ。そんなことより、左!」
「うわっと……」
雪子の言葉通りに弓矢が飛んでくる。ブンちゃんは悲鳴をあげながら避けた。
「いくよのさ!スターフレッシュ!」
雪子が叫ぶと持っていた銃から黄金色に輝く星が大量にビームのように発せられた。
「うわ……なんじゃありゃ?しかも新鮮な星……」
ブンちゃんはスターフレッシュに苦笑いを浮かべながらも雪子の攻撃に目を見開いた。
黄金色に輝く星達が一直線にスナイパーに命中。
スナイパーは目に星を映して倒れた。
「ハートに対抗するは星だわよ!」
「ちょっとよくわからんが助かった!」
胸を張る雪子にブンちゃんは手を合わせた。
「まだまだ来るよのさ!」
沢山いるスナイパー達が一斉に恋の矢を放ってきた。
「ロケランバージョンのスターフレッシュ!!よのさァ!!」
なんだか激しい音をたてながら輝く星をぶっぱなしている雪子は全力でうるこのようにはなりたくないらしい。
「ひぃーん!来るんじゃなかったよー……」
ブンちゃんはあわあわと逃げ惑い隠れる場所を探していた。
「はっ!……あれれ?あたし……」
その時、うるこが我に返った。
ブンちゃんは唐突だったので戸惑ったがうるこに確認する。
「戻った?戻ったか!……あー!良かった……。それより敵襲だ!」
「てきしゅう?あ!敵!!よーし!」
うるこはブンちゃんを見て首を傾げたが敵襲と聞いて意気込んで雪子の所に走っていった。
うるこは単純である。
「す、すばやい……あのことは黙っておいた方がいいか……」
ブンちゃんはひとり取り残され呆然としていた。
とりあえず、恋の矢とやらは雪子達に任せてブンちゃんは安全そうな茂みに入った。
なぜか草原に一ヶ所だけ林があった。
「ったく……サバゲーかよ……」
頭を抱えたブンちゃんは林に隠れつつ、茂みを掻き分けて中の方へ進む。中に行けばとりあえず、弓矢に当たる確率が下がり安全だと思ったからだ。
茂みをかきわけていると何かとぶつかった。
「きゃっ!」
「ん?」
突然に女性の声が響き、ブンちゃんは足を止めた。
ブンちゃんの体に弾き飛ばされて尻餅をついたのはよく見る顔の女性だった。
「あ!お前はっ!従業員の神田!……とと、ぶつかっちまってたな。ごめん」
ブンちゃんは焦りながらぶつかったことを謝罪した。
「あ……えー……こちらこそごめんなさい……。えーと……部族の方ですか?日本語がお上手で……」
「ハァ!?」
神田とかいう女性に突然どこかの部族と間違われた。
まあ、無理もない。ブンちゃんはコシミノ一枚だ。
「俺は神だ!てめぇらがブンバボンバとかつけたあの神だよ!」
「!?……あのお人形ランドの!!」
神田は目を見開いて驚いている。驚くのは当然だ。自分達がてきとうに創った想像の神が目の前にいるのだから。
「ほんとにあの部族みたいな姿……」
「あ、元々こうじゃないぞ!お前らがこう想像したからこうなったんだぞ」
ブンちゃんは自分の体を指差しながら神田に必死に言い寄る。
もしかしたら着物を想像してくれるかもしれない。
ブンちゃんはこう見えて日本神なのである。
日本の神の正装である着物が着たい。
「へぇ……やっぱり男だったんだ……」
「ん??」
神田の発言にブンちゃんは固まった。
……待て……今確実に男かどうかを疑う言い回しじゃなかったか?
……まさか、従業員達からも女だと思われはじめて……
「まっ、待て!俺ははじめから男!ガチガチの男だ!男の子です!!」
ブンちゃんは必死に神田に再び言い寄る。
「あ、あの……」
あまりに必死すぎて神田に近寄り過ぎたらしい。神田は戸惑っていた。
「げ……ごめん。だいじょーぶだよー……俺は怖くないよー……。だからちゃんと紳士な男性を思い浮かべてくれよー……」
ブンちゃんは少し距離をとると神田に頭を下げた。
人間に祈る神とは……。
「は、はあ……でも着物じゃなかったんだ……少し残念」
「き、着物はっ!着物はあんたの想像が強ければ着物になれるんだよ!!着物着たいよ!俺、日本神だよ!!」
ブンちゃんはまたも必死に神田に言い寄る。
「は、はあ……じ、じゃあ私が考えたもので良ければ……」
「そ、それでいい!うん。文句ない!」
ブンちゃんがあまりに必死なので神田は苦笑いを浮かべつつ自分が思い描いた着物をブンちゃんと融合させて想像した。
「はっ!」
ブンちゃんが気がついた時には、なんか衣服を纏っている感じがあった。
よく見ると真っ赤な羽織に白の袴を着ていた。
「着物だ!!やったー!!着物……ん?」
ブンちゃんは赤色の羽織を脱いで裏側を見た。
『お人形ランド!』と金色の習字体でデカデカと描かれていた。
なんだか成人式などでヤンチャな人達が着ている袴のような感じだ。
「……いや……あの……これ、いらなくない?」
「いえ!お人形ランド!の守り神なんですからいります!!」
「あの……上は羽織だけ?」
「ええ!胸と腹が最強に萌えます!」
「……」
この神田というやつはまともな思考の持ち主ではなさそうだ。
そもそもサバゲーのような世界でなぜか恋の矢を放って襲ってくるイケメンがいる世界だ。
わけがわからない。
ブンちゃんに対しても不思議な思考回路で処理していたに違いない。
「……これはこれで恥ずかしいぞ……」
ブンちゃんは赤色生地の金色の習字体で『お人形ランド!』と書いてある羽織をとりあえず再度羽織った。
何はともあれ和風っぽくなれたのが嬉しかったのだった。
尻餅をつきっぱなしだった神田をかっこよくエスコートしながら立たせてブンちゃんはわざと『お人形ランド!』の羽織をなびかせる。
「はあ……やっぱりイイ!」
神田は頬を赤らめて感動した。
しばらくよくわからない余韻に浸っていたところ、雪子の声が響いた。
「あー!あっち飛んでったよのさ!!」
「ん?」
ブンちゃんが振り向こうとした刹那、恋の矢がブンちゃんにグサリと突き刺さった。
「げ……」
ブンちゃんは顔を青くした。
ふと神田が目に入った。いままでなんとも思わなかったが神田がやたらに魅力的に見える。
「ま、まずいっ……」
「あ!恋の矢が……」
やたらとスローモーションに見える中、ブンちゃんは神田を押し倒した。
「名札、神田しか書いてねぇ。名前が知りてぇな……」
男性特有の少し怖い色っぽい表情でブンちゃんは神田に床ドンらしきものをする。
「きゃー!!これ、イイ!!私ね、サクラ。神田サクラよ」
神田が顔を赤らめて目を輝かせているがブンちゃんはおかまいなしに指で神田の顎を撫でた。
「サクラか……いい名前だな……。かわいいお前にはピッタリの名前だ」
「……うげー……」
近くで雪子が気持ち悪そうに見ていたがブンちゃんは気にならなかった。
「あはは!雪子!ブンちゃんがおもしろい!」
「……さっき、あんたあんな感じだったよのさ……」
爆笑しているうるこに雪子はため息混じりに呟いた。
「……それよか、あれはちょっとまずいよのさ……。いますぐよからぬことをしそうだわよ……」
「さっきの戦いで矢を放った男を倒せば呪いが消えるってわかったよね!」
「誰が放ったかわからないから全員倒すしかないよのさー……」
雪子がため息をついた時、恋の矢が再び飛んできた。
「イエーイ!倒すぞぉ!」
うるこは手から電撃ビームを放ち男達を倒し始めた。
「ったく、行為に及ぶ前にかたをつけるよのさ!」
雪子は星が大量に出る謎のロケランを構えてぶっぱなし始めた。
爆発音や破裂音が響き、気がつくと草原は焼け野原になっていた。
雪子達の本気を前に次々と散っていく男達。目が星になった男と電撃により痙攣して気を失ってる男達が積み重なっていく。
なんだか倒れ方も二次元の男によくある儚い倒れ方で雪子をイライラさせた。
「神田の世界は夢だから二次元男と三次元のあたしらが同列にいられるのも不気味よのさ……」
雪子は倒れた男を視界に入れると残りの男を倒した。
「あはは!顔が苦渋の顔してる!これでもとことんイケメン!」
うるこは倒れている男の頬をブシブシと突っついた。男は声優のような低い透明感がある声音で「う……」と呻いている。
「さあて……まあ、大方片付いたよのさ」
雪子がふぅとため息をついていると林の奥で「ぎにゃあー!?」とブンちゃんの叫び声が響いた。
雪子とうるこは顔を見合わせて呆れたため息をついた。
「元に戻ったよのさ?」
「行ってみよ!」
二人が戻ってみるとブンちゃんが顔を真っ赤にしてしゃがみこんでいた。逆に神田は嬉々とした顔で目を輝かせている。
「あーあ……」
「キスったか??キスったのか!!」
頭を抱える雪子に興奮顔のうるこ。
「唇が触れた!!触れちまったよ!」
「なんだ、ソフトか」
ブンちゃんの言葉にうるこはそっけなく答えた。
「あんたは元気な少女人形じゃないのよさ??熟年の奥さんみたいな言い回し……」
「さ、帰ろっか!あー、楽しかった!」
うるこは飽きてしまったのか収集のつかなくなった現場で帰る宣言をした。
「てか、これ解決したわけ??願いも忘れちゃったよのさ……」
「確かー、ブンちゃんがこの人の中でかっこよくなってればいいんじゃなかった?」
うるこは神田を指差した。
神田はなんだか満足そうであった。
「あー、そうだったよのさ?まあ、いっか。ブンちゃんの問題だし。なんか変な羽織着てるし……」
雪子はため息をつきつつブンちゃんを見据えた。
「か、神田……、あの事は忘れてくれ!!恋の矢が……」
「刺さったんですね!わかります!!彼氏いない歴年齢の私に対した恋の矢が!!感動!今度は恋人で甘くてとろけるデートとか!きゃー!」
「いや……あのー……お前、そんなだからモテないんじゃ……」
神田とブンちゃんはなにやら盛り上がっていた。
「ブンちゃん、帰るー?」
「帰るって……これでいいのかよ??なんも解決してないような……」
つまらなくなったうるこは先程から帰りたがっている。
「でもほら、もう世界が……」
うるこは青空を指差した。
青い空はジグソーパズルが剥がれるように宇宙空間へと変わっていた。
「あわわ……」
「なんかわけわからなくなったけど、あんたの彼女が目覚めるよのさ。帰るよのさ」
「お、おう……まじか。彼女じゃねーんだけどな……」
ブンちゃんは雪子に連れられて彼女の世界から離脱した。




