アジサイと点滴2
空間にそそくさ入り込んだ花子さん、宮子さん、桜子さんはすぐさま辺りを確認した。
「ん?」
三人は固まった。空間を開き、夢の世界に入り込んだはずがどこにでもありそうな建物に到着した。
色々な医療器具があり、ベッドもある。窓の外は雨が降っていた。
「ここは……病院?依頼主の夢……ですよね??」
「想像に乏しい夢ねー。病院にいるのに夢でも病院にいるなんて……」
宮子さんと花子さんが話していると桜子さんの笑い声が聞こえた。
「ほぉー!見てよ!アジサイが病棟にふつーに咲いてるよ!!」
「あら……ほんと……じゃあ夢だわ。部屋にアジサイが咲いてるなんてみたことないもんね。しかもアジサイ祭りが開催されてるし病棟と外が合わさってるわ」
よく見るとアジサイが廊下に沢山咲いており、「アジサイ祭り開催!」との看板があった。
「しかし……人がいないですね……。鮮やかなアジサイと人のいない薄暗い病棟……不気味です……」
宮子さんが依頼主を探した。きっと何気なく当たり前のように部外者である自分達に話しかけてくるはずだからだ。
「……だいたいすぐに見つかるんですが……」
「……いないわね……」
三人は忍び足で薄暗い廊下を歩く。今回三人は大きくなったりせず、ドールのままだ。
壁に張り付きながら廊下を曲がるとやたらと明るい部屋があった。
「明るい部屋がある……」
「プレイルームって書いてあるわ……。病院内でオモチャとかあるとこじゃない?」
花子さんは桜子さんに答えつつ宮子さんに目配せをした。
「あそこに子供がいる可能性がありますね。行きましょうか」
宮子さんは頷くと再び忍び足で廊下を渡った。プレイルーム前のガラスのドアから中を眺めると案の定、小学生に満たない幼い女の子がおままごとセットを広げて遊んでいた。
友達はおらずひとりだ。
少女は中をうかがう宮子さん達を見つけると笑顔でドアを開けた。
「いらっしゃい。かわいいお客様ね。お人形さん?おままごとしましょ!」
やたらとませた言い方の少女はさっさと三人を中に入れた。
「……役に入り込んでる?」
「……みたいね」
桜子さんと花子さんがブツブツ言う中、少女は気にすることもなく三人に役柄を言い渡した。
「みつあみのあなたはメイドさん。メイドさんの格好してるから」
「……そのままですか」
宮子さんはふむふむと真面目に頷いた。
「あなたは……お父さんね」
「……!?」
少女は桜子さんに目を向けるとまさかの役柄を言ってきた。
「あ、あのー……お父さん?に見える??」
「黒い髪で短いから」
「……はあ……」
少女の思考回路でお父さんのイメージがそうらしい。
「で、あなたは……フランス人形みたいだけど……子供!」
「えーっ!お母さんがいいわ!」
「ダメ!お母さんは私!」
少女は渋る花子さんに無理やり役柄を言い渡した。
かなりアンバランスな劇になりそうだ。
メイドがいて両親が日本人風なのに子供がフランス風。
「パパ!いつまで寝てるの!今日は仕事でしょ!ママもう仕事行くわよ!」
「……あれ?これなんか始まっちゃってる??桜子!とりあえず寝なさい!」
花子さんは桜子さんを無理やり横にした。
オモチャの家具のうち、机で寝てしまっているが気にしない。
「あら!パパ!なんで机で寝てるの!寝相が悪すぎよ!」
的確に指摘をされてしまった。
「仕方ないなあ……ベッド……ベッド……あった」
桜子さんはオモチャ箱からオモチャのベッドを取り出し、とりあえず寝た。
「メイド!食事のよーいを!」
「え?あ、はい……」
子供の発言はいつも突然だ。宮子さんはいきなりの役で慌ててオモチャ箱から食材を取り出す。
「うう……食材しかない……。なんか料理になってるオモチャは……」
なんとなくてきとうに皿に置いたらがっつり叱られた。
「あなた!トマトは切って置きなさい!丸々レタスを置く人がいますか?ジョーシキでしょ!朝から鳥の丸焼きなんて食べられないわ!目玉焼きと味噌汁、フライドポテトもね!」
「……フライドポテトは朝からいいのですね……」
おそらく、今少女が食べたいものが口から出ているようだ。
「みぃちゃんも起きなさい!学校よ!朝ごはん食べて!」
「みぃちゃん?あ、あたしか……。は、はーい!」
花子さんは机にごっちゃに乗せられてる食材の前まで来た。
「なにやってるの、お着替えが先よ」
少女は突然に花子さんを掴むと服のマジックテープを剥がし始めた。
「ちょっ!!裸にすんの!!ま、待って!えー……お母さん!服はね、着替えたの!一瞬で!だから平気だわ!」
「あらそう?」
花子さんの叫びに少女は普通に頷いた。
そこは重要ではなかったらしい。
「メイドがごはんを作ってくれたわ。皆でいただきますよ」
「は、はーい……」
三人は少女に圧されて小さく頷いた。
「いただきま……」
花子さんと桜子さんは何かを感じ途中で止まった。
刹那、点滴のパックがどこからかやってきて突然に襲ってきた。わけがわからない。
「……っ!?」
「桜子さん!花子さん!戦闘の準備を!」
宮子さんが叫ぶ。
桜子さんと花子さんはなんだかわからないまま魔法のステッキを手から出現させた。
ここは夢の中。なんでも起きるしなんでも武器にできる。
「てか、なんで点滴が襲ってくるの!?」
花子さんが叫ぶ中、点滴は針を出して攻撃してきた。モンスターをイメージしたのかかわいらしい目が点滴についている。しかし、針を飛ばしてきたりとやることは激しい。
宮子さんはシールドを出して初回の攻撃は防いだ。
「……へぇ」
少女は宮子さんを見てなんだか納得したように頷いた。
そして二回目の点滴攻撃に自らぶつかった。同じようにシールドを出す。夢の世界なので何でもアリだ。
「できた!よーし!赤ちゃんは寝てて!ママが守る!」
「赤ちゃん!?あたし?」
少女は花子さんにそう言っていた。いつの間にか子供ではなく赤ちゃんになっていた。
「赤ちゃん……もしかして妹か弟がいたり?」
桜子さんは魔法のステッキから星の塊を出し、攻撃しながら少女に話しかけた。
「生まれたばっかりの妹がいるよ」
「……花子さん、思い切り赤ちゃんになって泣きわめいてみて」
「はあ!?」
桜子さんの言葉に花子さんは首を傾げた。
「いいからさ」
「……わ、わかったわよ。……うっわーん!!!こわーい!!!」
花子さんは桜子さんのごり押しに無理やり怖がった。
すると少女は顔を引き締めて頷いた。
「大丈夫!ママが守るから!……ハッ!」
少女は自分で言いながら何かに気がついた。
「……そっか……ママもパパもこういう気持ちだったのか……パパはお仕事でママは赤ちゃんのお世話……赤ちゃんを守らなきゃいけなかったんだ……。じゃあ、私は?」
少女は前ほどとは違い悲しい顔に変わった。今にも泣きそうだ。
「そもそも……なんで入院に?」
宮子さんは番傘を出現させ、クルクル回して点滴の針を弾きながら尋ねた。
「……怪我したの。転んで骨折れてたの、黙ってたの。そしたらね、入院になっちゃって……点滴してるの」
少女は五歳くらいの女の子に戻った。小さくつぶやいている。
「点滴怖かったんですね……。だからあんな化け物が……」
宮子さんはなんだか笑ってしまった。ピンポイントで単語を言う子供はその単語を気にしている。
今回は点滴だ。
なんだかわからないが点滴という言葉を覚えたらしい。
「もー!泣き叫ぶ演技疲れるわ!戦うわよ!」
忘れられていた花子さんは気合いを入れると声を上げながら魔法のステッキを振るった。
「物理なら斧とか剣とかにすれば?」
「アックスにするわ!おりゃー!」
桜子さんに指摘され、花子さんは斧を出し点滴に攻撃を始めた。
「……あなたは愛されてますよ。そんな忙しい中でご両親はお見舞いに来たでしょう?産まれて間もない赤ちゃんはお母さんがいないと何もできません。忙しいお母さんを見て痛かったのを我慢したのでしょうが、お母さんも人間ですから言わないとわからないこともあります。寝不足でフラフラしていてあなたの状態に気がつかなかったことを後悔しているかもしれません」
宮子さんは少女に優しく語りかけた。少女は迷ったように頷く。
「気がつかなくてごめんねって泣きながら言われた……。私は気がついてほしかった。お見舞いになかなか来ないのも私は入院しちゃったから忘れられちゃったかなって……」
「そんなことはありませんよ。むしろ、お母さんが心配です。長女が入院して次女が乳児なんて狂いそうですが……、それでも何にも言わずに少なくても面会に来るんですからあなたが愛されてないなんて言ったらお母さんもお父さんも傷つきますよ!」
「……それはやだ」
「でしょう?」
少女の即答に宮子さんも即答した。
「じゃあどうすればいいの?お母さん達の気持ちを知りたい」
「……お母さん、大丈夫?って声をかけてみたらどうですか?あなたの心はお母さんを心配しています。そうしたらお母さんも何が大丈夫じゃないか言うと思いますよ」
「なるほどー」
少女は理解したのか何度も頷いた。
「ちょっとー!!この点滴野郎強いんだけど!」
花子さんが宮子さんに助けを求めていた。
「……とりあえず、あの点滴、やっつけますか?」
「うん!!」
宮子さんの問いかけに少女は元気に頷いた。飛びかかろうとした時、ぼんやりした声が聞こえた。
花子さんでも桜子さんでもない声だ。
「じゃーん……。わたくしが操作中だったのだ……。おもしろーいぞー。ほーら」
点滴野郎の裏側に宮子さん達と同じサイズの少女ドールが引っ付いていた。巫女さんの格好をした黒髪長髪の少女だ。
「……あ、みいこだ……」
桜子さんが呆れた顔で巫女さんドールを見上げた。
巫女さんドールは「みいこ」と言うらしい。
「あんた、なんでそっち側であたし達に襲いかかってくんのよ!」
花子さんが怒鳴るとみいこはぼんやりした顔をぺちゃんこな笑顔に変えた。
「まあー……わたくしも人助けで来たからー……神様の手伝いと言えば巫女さんでーさ」
「……たまたま同じ世界に入って違う方向から女の子の願いを聞いてあげようとしたようだよ」
桜子さんがみいこの言葉を代弁してつぶやいた。
「なるほど……」
「まー、なんだかこいつをやっつける的ーな話になってるみたいだーし、わたくしも四対一だが負けないよー。いけー!てんてきまん!!」
点滴はみいこを乗せて針を飛ばしてきた。
「うわああ!……そうかあ……あいつっ!入り込んだ心に作用して器用に召喚術が使えるやつだった!!」
「とりあえず防ぎます!」
宮子さんがすばやく番傘を回して針を弾いた。
「じゃあー、てんてきまんキャスターこーげきー」
弾かれたとわかったみいこは違う攻撃をしてきた。点滴のキャスターで回転しながら点滴チューブをしならせて鞭のように打ってきた。
「右だよ!」
少女が宮子さんに叫ぶ。宮子さんはすぐさま左に飛んだ。鞭は強く音を立てながら床をえぐった。
「なんだぁ!あの威力は!」
桜子さんが目を丸くしながら魔法のステッキからピンク色の謎光線をてんてきまんに当てた。
「むっふっふっ!そんなー光線はーきーかーなーいーぞー」
みいこはガラスのような四角い板をてんてきまんの前に出現させて光線を弾いた。
「うわわっ……」
「でやああ!花子スペシャル!アックスくるくる!!」
桜子さんが跳ね返った光線をシールドで弾いている中、花子さんが斧をくるくる回しながら振りかぶった。
「ネーミング……ダサいですね……。まあ、いいです。援護します」
宮子さんは番傘を閉じて飛んでくる針を叩き落としながら花子さんを援護した。
「私も……私も!」
少女もてんてきまんに果敢に攻め、指先から強力そうな光線を出した。
ここは彼女の心の中である。彼女が世界の中心であり、彼女が一番強い。
「うわー!こりゃーやーばーいー」
みいこは花子さんの攻撃と少女の攻撃で慌てて、てんてきまんから離れた。
「おりゃー!!」
少女と花子さんの気合いにより、てんてきまんは特撮のように火花を散らして消えていった。
「あわわー!たーいさーん」
みいこは頭を抱えつつ、そそくさと世界から出ていった。
「何よ……。あいつ、特撮のラスボスみたいじゃない。次週もありそうだわ……」
花子さんはため息混じりにつぶやいた。
「というか……巨大化はしないんだ……」
桜子さんはなんだか残念そうだった。
「いいですか?もうたぶん、大丈夫なので帰りますよ」
宮子さんが桜子さんと花子さんに伝えた刹那、辺りがプレイルームからアジサイがよく咲く有名なあのお寺に変わった。
「……あら?いつの間にか鎌倉になってるじゃないの」
「皆、遊んでくれてありがと。怪我する前にパパとママとみぃちゃんと私で日帰り旅行する予定だったんだ。アジサイがきれいだから見に行こうって話で……こんな感じだったの……パンフレット……」
花子さんの言葉に少女が半分涙目で語った。
「そうだったんですね。でも、今年はアジサイが咲くのが遅れたんですよ。だからまだ大丈夫です。退院はいつですか?」
「……明日」
「では問題ないでしょう。楽しんできてください。アジサイは土によって色が変わるそうですよ。赤と青、どちらも美しいですから」
「うん」
宮子さんの言葉に安心した少女は照れた笑顔で答えた。
「もう終わり……かな?」
世界が徐々に薄れていく……。
少女が夢から覚めるのだ。
「じゃあ、時間みたいだからあたし達は帰るわよ。じゃあね」
花子さんも笑顔で手を振り、慌ただしくブンちゃんの神社に繋がる空間を出した。
「ばいばい」
最後に少女の弾む声が聞こえた。