五月人形の勇ましさ2
イチとロクが社外に出ると『お人形ランド!』の展示ドール達を眺めている青い髪の少年ドールを見つけた。
羽織袴を着ている浪人風のドールだ。腰にはつまようじを差している。
「おー!あいつ、平次郎だろ!!つえードール連れていこーぜー!」
イチがさっさと平次郎に歩み寄るとフレンドリーに話しかけ始めた。
「よぅ!俺達の仲間になれ!強い男を見せるんだい!」
「な、なんだ……いきなり……」
平次郎はイチを迷惑そうに見据えていた。
「兄貴、それじゃあなんだかわかんないよ。てか、そういうでしゃばりタイプは洋画とかだと最初に死ぬ……」
「うるせー!!とりあえずレッツだゴー!だぜ!」
「……というわけで」
イチとロクは平次郎を仰いだ。
「結局、どういうわけだ……」
平次郎は戸惑っていたがなんとなくついてきた。イチは理由をつけて話すのが苦手でロクは理由を説明するのを面倒くさがるので平次郎はその辺を感じつつ、ついてきたのだろう。
「じゃあ、夢の世界、オープン!」
イチが手を横に広げて靄のかかる世界を出現させた。
「レッツだゴー!」
「あー、兄貴ー。僕が先ー!」
イチとロクは争いながら靄がかかる向こう側へとさっさと入っていった。平次郎は軽くため息をつくとゆっくり世界に入り込んだ。
「ほー!!すげー!!」
イチは世界に入り込んでから歓喜の声を上げた。
この世界はなんというか江戸時代だ。それにこの世界の持ち主のアレンジが加わっている。完璧な江戸ではなくどこか違う。
しかも歩いている人間はなぜかドールであるイチ達と同じ身長だ。
「どっちかと言えば……侍とか忍者とか多いね」
「……忍者が白昼堂々、黒ずくめで買い物するか……?」
平次郎は呉服屋さんで着物を選ぶ奇妙な忍者に頭を抱えた。
「うはー!忍者だってよ!!かっけー!!侍だ!かっけー!!光る刀じゃーん!!かっけー!」
イチは興奮ぎみに跳びはねていた。
「……なぜ、蛍光灯のような刀が……」
「有名なSF洋画に出てきそう……ぷっくく……」
さらに戸惑う平次郎と笑いが止まらないロク。
しばらく江戸風な町をのんびり興味津々に見ていると女性の悲鳴が聞こえた。
「む!」
「悲鳴だ!!行こうぜ!」
「どっかの時代劇みたいな悲鳴なんだけど。ま、いいか」
イチ達は悲鳴の方へと走り、路地を抜けた。
路地を抜けた先で浮世絵のようなのっぺりした世界が広がっていた。ちゃんと日本橋みたいな橋もある。大通りの方で人々がざわついていた。先には大きな呉服店があり、その呉服店の娘さんが悲鳴をあげたようだ。
「よーい!娘っ子!どうしたよ?」
なにかにかぶれているイチが変な抑揚で話しかけた。
「ものとりが!強盗が!!」
娘はパニックになりながら道の先を指差す。
「そちらに強盗が逃げたということらしいな」
平次郎は腕を組んで冷静に頷き、つぶやいた。
「てか、この店、『うにくろ』って書いてある!どっかの有名店にクリソツなんだけど!あはははー」
ロクは全く関係のない事でひとり盛り上がっていた。
「おい!とにかく追っかけて、ひっとらえるぞぃ!ごよーだぁい!!」
イチが楽しそうに道なりに走り出してしまったので平次郎はため息まじりに追って行った。
ロクは笑いながらついてきた。
しばらく走るとこれまた時代劇にありそうな山小屋が現れた。
小屋は大きな杉の木の裏側にあった。
平次郎は杉に身を隠して中をうかがったがイチが「へーい!!」と山小屋の扉を思い切り開け放った。
「何やってんだ……。あいつはバカなのか?」
「たまに……」
平次郎の困惑した顔にロクは呆れた声で返した。
「へーい!へーい!ごようなんだよ!!覚悟しやがれぃ!!」
イチが高らかに言い放つ。
山小屋にいたのは数名の人相悪い盗賊団達。
「あー?こちとらタダでお縄になるわけやぁないでしょお?おまいら火盗か?」
盗賊団のひとりが柄悪く叫んできた。
「ひとう?なんかあったまりそうだな! 秘湯はいいぞ!お前らはゴエモンブロ行きだ!!イエーイ!」
なんだかわからないイチは無理やり話に合わせた。会話が意味わからなくなってきている。
「火付け盗賊改方だバカやろう」
「いでっ!」
見かねた平次郎がイチの頭をつまようじで軽く叩いた。
「長谷川平蔵かよ……ぷっくく……」
ロクはまだ笑っている。先ほどから突っ込むところが多くて楽しいらしい。
「こちらには浪人さんがいるんでぇ!強之助さん!よろしくでさぁ!」
盗賊の内のひとりが少年に向かって頭をさげていた。
「ん?」
イチ達は目を疑った。
少年は幼くて小学生になりたてくらいの年齢に見えた。どうみても現代にいる男の子で申し訳ないが強そうには見えない。
目は丸くてかわいく、お母さんに切られたのかきれいなアーチを描いたおかっぱ頭、手足は細い。
「……弱そう……だな……」
「弱くないもーん!!」
平次郎の言葉に少年はすぐに反応した。
「こいつ、依頼主か?」
「みたいだね」
イチとロクは眉をひそめた。
「強い男とは!悪!悪役こそかっこいい男!ヒーローは飽きた!」
少年はビシッと指をさしてきた。
色々とかっこよさを求めすぎて迷宮入りしているようだ。
「はあ……」
抜けた返事をした一同に少年は刀を抜いてきた。
「おー!待ってましたぁ!!平次郎!いけー!」
イチは気合いだけすごくあったが平次郎に丸投げした。
「……仕方ない」
平次郎はため息混じりにつまようじを構えた。つまようじは手のひらサイズのドールが持っているため、大きさは人間が刀を持っているのと同じくらいだ。ただ、今はなぜかドールの大きさが人間に統一されているため、つまようじはデカイ。
少年はチャンバラをやる勢いで平次郎に襲いかかった。
それを見た盗賊団も猿のように飛びかかってきた。
「おーし!ロク!いっくぜー!」
「僕はやだよ」
イチが盗賊団と乱闘になった。飛び火してきた盗賊をロクはため息混じりに軽やかにかわすと五芒星を描き結界を張って盗賊を弾き飛ばし始めた。
「あー、楽。向こう終わるの待ってよっと」
「くそぅ!あんな楽な方に逃げやがって!かっこわりぃぞ!」
イチが盗賊を柔術で飛ばしながら叫ぶ。
「カッコ悪いな……あれ」
少年は小さくつぶやくと平次郎に刀を振りかぶった。
「カッコ悪いか?」
平次郎がつまようじで刀を軽やかに弾いた。
「だってかっこわりぃじゃん!親父みたいだもん!立ち向かわないで逃げるんだ!」
少年はなんだか怒っているようだ。チャンバラがかなり荒々しい。平次郎はうまく少年に合わせながらチャンバラを継続させていた。
「まあ確かにカッコ悪いかもしれんが……お前の父上はそうやって争いを避けて家族を守っているかもしれん」
「わかんないよ!!こないだ、親父……パパの会社のパーティーに出たんだよ。でもパパは重要そうな会社の会話に入らなかったんだ!!」
少年は叫びながら刀を凪ぎ払う。
平次郎は後ろに飛んでかわした。
少年の父親の会社は社員の家族を呼んでパーティーを開くことがあるらしい。最近の会社だと親睦を深めるためによくあることだそうだ。
「話に入れなかったのかもしれんぞ?父上はいくつだ?」
「二十四だよ!」
「ずいぶんと若い父上のようだ。まだ会社の序列からすると下の方だろう。上役の話には入れなかったのだ」
少年の刀を上手く受けつつ平次郎は諭すように言った。
「そんなのダサいじゃん!!」
「……皆そんなもんだ。お前だって小学六年と話せるか?」
「は、は、話せる!俺は強いから!」
少年は興奮ぎみに言うと刀をさらに激しく振った。
「強さとは……物理的な強さとおだやかな強さがある。あいつら二人を見ていればわかる」
平次郎は刀を避けながらイチとロクを指差した。
イチは「おりゃー!」と叫びながら盗賊を投げ飛ばしており、ロクは結界内から様子をうかがっていた。
「お前の父上はロク方面のようだがあれはあれで争いをせずにどうやって事が終わるか考える優しい強さのタイプ。イチの方は正義感が強くて悪は成敗する物理的な強さのタイプ。あれを改めて見てどう思うか?」
「……足したらすげー強い」
平次郎の質問に少年は小さくつぶやいた。
「その通り。反対に見えるが合わさると状況によって判断ができる新しい強さが生まれるわけだ。つまり、悪役の強さこそダサいのだ」
「なるほどー!!」
平次郎のよくわからない発言に少年は思うところがあったのか目を輝かせた。
「お前の父上は……出世するほど物理的な強さが増えてくると思うぞ」
「そっか!!パパはカッコよかったんだ!」
少年は先程とは変わり、満面の笑みで頷いた。
「おうりゃ!!」
イチがした背負い投げにより盗賊が涙目で飛ばされてきた。
それを見た少年は「こっちはやっぱダサいな」と盗賊を冷めた目で見ていた。
「ささえつりこみあしー!!」
イチは様々な柔術の技を楽しんでいるようだがあまり容赦はない。
少年はだんだん顔が曇ってきた。
「やい!!そこのお前!やりすぎだぞ!」
「おいおい!こいつは悪い奴らだろ!成敗!成敗!だろ?」
飛んで入ってきた少年にイチは眉を寄せた。
「もう戦意を失ってるじゃないか!もういいよ!」
少年がそう叫んだ時、ロクが目に入った。ロクはただ結界を張って座っているだけだと思っていたがよく見るとロクの後ろに動けない盗賊が何気なく入っており、守られていた。
「おお!」
少年はなんだか感動を覚えた。
「わかったようだな。おい、イチ、もう終わりだ」
「えー!こいつら悪い奴らなのに!」
「少年の心が変わった。もうよい」
「へーい」
イチはいそいそと攻撃を止めた。
「……二つの強さを持つこと……それが真の強さ!つまり……」
少年は平次郎を見据えた。
「ん?」
「お兄さん!『強そうな顔』を教えてください!」
少年は平次郎に早口で想いを伝えた。
「えー!?」
イチとロクは目を見開いて驚いていた。
「……強い顔……とは清く優しく生きていれば自ずと出てくる……いくぞ」
平次郎は羽織をなびかせると山小屋を出ていった。
「うー!かっくいー!」
「……かな?」
イチとロクも少年に手を振りつつ外へ出た。
ちょうど岡っ引きみたいな格好の男達が盗賊達をお縄にしている所だった。
「あー、忘れてた!おい!少年!お前の世界はなんで時代劇?」
イチが振り返り、少年に問いかけた。
「ああ、じっちゃんがよく時代劇見てて……かっこいい侍が出てくるから……」
「あ!なるほど!ありがと!じゃなー!」
ぽかんとしている少年に軽くお礼を言うとイチは平次郎を追って行った。