桜吹雪のマラソン2
とりあえずブンちゃんの社から外に出た雪子さん、うるこ、いつよしくん。
「で?ぶっつけで行くよのさ?」
「うんどーかいってこと!?やりたいよー!!」
うるこは飛び上がって喜んでいた。
「では僕は保護者でございますねぇ!パパ!あーパパ!パパよしくんなんちゃって」
いつよしくんはなぜかノリノリだ。
「パパはどうでもいいよのさ。じゃあぶっつけで親子の夢にダイブだわよ!」
雪子さんはさっさと手を横に広げて世界への扉を開いた。
足を踏み入れるといつの間にか運動会になっていた。
運動場で子供が走っている光景だ。
「あら?なにもしなくても運動会じゃないのよさ」
「運動会というよりマラソンみたいですがね?」
走っている子供の距離は長い。
運動会ではなくマラソン大会のようだ。
おかしなことは人形である雪子さん達と子供達の身長が同じという事だ。
「私達が巨大化したか子供らが小さくなったのかわからないよのさー」
「走るぞー!おー!」
うるこは素早くスタートラインに立っていた。
「オーイ!待つよのさ!!やる気なのー!?」
雪子さんが止めようとした刹那、なぜか運動場を囲うネットについていた電工掲示板が『走らないと爆発します』と打ち出してきた。
「なにー!?なんで爆発するのよさ!?」
「夢だからわけわからんですね。とりあえず僕は保護者として参加しますよぉ!」
「オーイ!いつよしー!!」
去っていくいつよしくんを仕方なく見つめ、雪子さんはうるこを追っていった。
スタートの合図はかなり簡単に発せられた。皆がいっせいに走り出す。
いまの段階では誰かユカちゃんなのか勘十郎なのかわからない。
というより大人の男性はいつよしくんくらいしか見当たらない。
いつよしくんは保護者として観戦するのかと思いきや普通に楽しそうにスタートラインに立っていた。
「あんたも出るんかいな……」
雪子さんは呆れた声を上げながら走り出した。
「うるこ、まっけないぞー!一番だぞー!」
うるこは一気に先頭に躍り出た。
「はやい!」
雪子さんがそう思ったのもつかの間、うるこは何かに当たり雪子さんのところまですっ飛ばされてきた。
「うるこ!?どうしたのよさ!」
「わからないー!なんか強力なゴムみたいなのにバチーン!!痛くなかったけど」
「ゴム!?」
「あれみてください!」
いつよしくんが先頭を走る少女が持っているものを指差した。
少女はオモチャの魔法のステッキのようなものを持っていた。
「あ、あれは!少女に流行りのアニメ『まじょーんマジョールノ』のステッキよのさ!!」
「詳しいですねぇ。なんか魔法のようなものを使ったようですが」
「なるほど!やっていいならあたしも!!」
うるこは手から光の球体を出現させバレーボールのように一番前の女の子を狙って放った。
「ちょっ!」
雪子さんは叫んだが一番前の女の子は軽く避けた。
女の子はかわいく舌を出して挑発してきた。
「……んむぅ!」
うるこはだんだんむきになってきて声を荒げながらすごい速さで前の女の子に突進していった。
「うおおおー!」
「あー!うるこ!!あの子は意思を持ってから一年経ってないよのさ!!追いかけるよのさ!保護者!」
雪子さんはいつよしくんに早く前に行けと背中を叩いて促した。
「ええ!?あ、はい!では!」
いつよしくんがスピードを出そうとした刹那、辺りがなぜか桜並木に変わり頭にハチマキをまいた体操服の男の子がバトンを持って前を走っていた。
マラソン大会だったはずで世界観がよくわからないがまわりは変わらずに走っている。ただその男の子だけ異質だ。
桜が舞う中、赤いバトンを片手にかなりの速さで走っている。
「速い!まるで何かに追われて……はっ!」
いつよしくんが言い終わる前に男の子のバトンから強風が発せられた。
「うわわ!ち、近付けませーん!」
いつよしくんが戸惑っていると今度はバトンから空気砲が飛んできた。
なぜか重たい音がして気がつくと地面がえぐられていた。
「うわあっ!……あの子、勘十郎だわよ!!たぶん!夢だから子供の姿でもおかしくないよのさ!勘十郎の前を走ってるのはユカちゃんよのさ!!」
雪子さんが空気砲を危なげにかわしながら叫んだ。
「では、勘十郎さんを思い切り焦らせて早く起こしてあげましょ!」
「よーし!私もハチマキよのさ!」
「あ、雪子さんは頭に被るものによって能力が変わるんでした!すごいですね!」
ハチマキをした雪子さんは突然に身体能力が上がった。空気砲を軽々避け、空を舞うように走り始める。それを見た男の子は慌てて逃げはじめ、空気を矢のように鋭くさせ吹き矢のようにバトンから放った。
風をきって飛んできた実態のある空気の吹き矢を雪子さんは走りながら避け男の子のすぐ後ろ辺りまで迫った。
不思議とまわりを走っている子供はリアクションもなければ男の子の攻撃も当たらない。まるで風景のようだ。
「魔女っこ帽子よのさ!」
雪子さんはハチマキの上からツバの広い魔女帽子を被った。
「風のお返しよのさー!」
雪子さんは人差し指を男の子に向け竜巻のような風を発生させた。
男の子は冷や汗をかきながら目をつぶった。
「あぶなーい!バリア!」
その時、少女の声が響いた。おそらく先程の女の子、ユカちゃんだ。
ユカちゃんは少し前を走っていた。魔法のステッキをかざしている。
「嫌な予感が……」
雪子さんがつぶやいた刹那、男の子の前にオブラートのようなガラスのような透明な盾が現れ、雪子さんの竜巻を弾いた。
竜巻はそのまま跳ね返り雪子さんを襲った。
「やっぱりぃー!!」
「雪子さん!!」
吹っ飛ばされた雪子さんは涙目で回転しながら飛んでいったが咄嗟に飛び上がったいつよしくんに助けられた。
「いつよしー!ナイスよのさ!」
「それより、みてくださいよ」
いつよしくんは華麗に地面に着地するとユカちゃんと男の子を指差した。
「ん?」
よく見るとユカちゃんと男の子……たぶん『勘十郎』の横で腕を組んだ少女がふんぞり返っていた。
どことなく仲間の雰囲気を纏っている少女はうるこだった。
「あんた……なんで……仲間雰囲気……なんかやな予感が……」
「一位をとるのは『あたしたち』だ!!」
「おー!!」
うるこのかけ声にユカちゃんと勘十郎は同時に拳を上げる。
「ちょ、ちょっ……ええ!?」
「僕を見られてもぉ……」
戸惑った雪子さんに睨み付けられたいつよしくんは頬を赤くしてクネクネ動いていた。
「そらー!やっつけろー!」
うるこは満面の笑みで大量の桜吹雪を操り雪子さん達に飛ばしてきた。桜の花びらはまるで凶器のように強風で纏まり襲ってくる。
「なーにやってるよのさ!!うるこぉ!」
雪子さんは手を前にかざして風を巻き起こし桜吹雪を跳ね返した。
「ユカちゃん、勘十郎!すすめー!」
「わーっ!」
雪子さんが桜吹雪を跳ね返している間にユカちゃん、勘十郎、うるこは素早く走り出した。
辺りは桜並木の一本道に変わった。桜はどこまでも続いている。
うるこはなんだか爽快な気分になった。
「やっぱ春だよね!!ユカちゃん!」
「う、うん!お友達、いっぱい作ろうと思ったんだけど楽しい友達だけでいいのかも!」
「楽しい友達だったらいっぱい作ればいいじゃん!いなかったら探せばいいじゃん!一緒に遊べる友達は多くても少なくても関係ないよ!一緒にいて楽しければそれでいーよ!!あははは!」
うるこは豪快に笑っていた。
「じゃあ、私とうるちゃんは友達だね!あ、君も……」
ユカちゃんは隣を走る勘十郎をちらりと見た。
「ん?うん!お友達だね!僕は一番で桜並木を駆け抜けるよ!」
勘十郎がさらに足に力を込めた。
「あー!待って!!」
ユカちゃんもさらに足を前へと出しはじめた。
「うるこー!!やったよのねー!!なんでそっちについてるのよさー!!」
雪子さんが消防士の帽子をかぶり手から水流を飛ばしてきた。
「皆!水が襲ってくるよ!やっつけよう!」
うるこの掛け声でユカちゃんがステッキを勘十郎がバトンを構え、うるこが得たいの知れない光の球体を沢山出現させた。
爆音やら爆風やら色んなものが飛び交い白熱した戦いだったがうるこ達はゲラゲラと笑っていた。
子供は何が楽しいかわからない。
「これは一体保護者の僕はどうすれば……」
ひとりおどおどしながらついてきていたのはいつよしくんだった。
しばらくして突然に少年と少女は消えてしまった。
「あれ?消えちゃったね?なんでー?」
うるこは首を傾げて寂しそうな顔をしていた。
「夢から覚めたに決まってるよのさ……。はあ……長かったさぁ……」
雪子さんはヘニャヘニャとへたりこんだ。周りには先程まで使用していた帽子達が散乱している。
「そっかあ……夢だから……楽しかったのになあ」
「てか、うるこ!収集つかなくなっちゃったよのさ!!夢をかき混ぜただけになっちゃったのよさ!」
しんみりしているうるこを雪子さんがガミガミ叱った。
「まあまあ、そんな怒らずに……」
「一番なんもしてないいつよしに言われたくないのよさ!!」
「あれ?僕、いつから呼び捨て!?」
「最初からよのさ!だいたいあんたは……」
雪子さんのお叱りはいつよしくんに飛び火した。
「あーあ……楽しかったのになあ……」
うるこはいつの間にか終わったマラソン大会をしんみり思いながら桜と青空を仰いだ。