桜吹雪のマラソン1
桜の開花発表がされて一週間。世間はお花見する人間達で溢れていた。レジャー施設、『お人形ランド!』では桜が咲いているわけではなく、しかも室内なためお客さんはほとんどいない。しかし、展示されているお人形のまわりは造花の桜で彩られていた。
本日も暖かく晴天なためお客さんはほぼいない。
この施設の職員から施設活性化のために祈られて現れた神、ブンちゃんは職員が建てた神社内でやたらと明るい声をあげていた。
「いえーい!リスナーの皆さんからのお便りを紹介するコーナー!」
相変わらずのコシミノ一枚でちゃぶ台に紙を並べてひとりで話している。
「えーと、東京都にお住まいのユカちゃん七歳から!友達百人作りたいですがクラスが百人いません。友達百人作らせてください……。なるほど、お兄さんはね、浅い付き合いの友達百人作るよりもほんとに仲良しな友達を二、三人作る方がいいと思うなあ!」
「……というか、なにしてんのよさ?」
ちゃぶ台にちょこんと座っていた桃色の髪をした学生服の少女人形があきれた顔でブンちゃんを見ていた。
「あー、雪子さんか。あんたは桜みたいな髪で春にピッタリだな!」
「春が待ち遠しくて作られた人形だからよねー。名前雪子だけんど。……で?なにしてんのよさ」
ピンクな少女人形雪子さんはやたらと明るいブンちゃんを気味悪そうに見据えながら尋ねた。
「みてわかるだろ?ラジオだ!少しは仕事が楽しくなるかなと……」
「ほんとにやってたわけじゃなかったのよね……」
「ほんともなにも人間に見えないし声も伝えられねーんだから……」
ブンちゃんは肩を落とした。
「じゃあ読み上げたやつはどうしてるのよさ?」
「ど、どうしよう!?」
ブンちゃんは突然に戸惑った顔に変わった。
「困ったよのさ……」
「とりあえず、ユカちゃんのは自力でなんとかしてもらって……」
「まあ、友達は作ろうと思わなきゃ作れないよのさ……他には……」
雪子さんはうんうんと頷くとちゃぶ台に散らかっている紙をめくり始めた。
「ああ、それ、ラジオのおたより感出すために『お人形ランド!』の手作りパンフレットを散らしただけだ」
「……オイ!」
雪子さんは絶妙なタイミングで突っ込みを入れた。
「ああ、そういえば電子データの中におもしろい参拝客が……」
ブンちゃんはひらめいた顔をして頭の回線からあるデータを引き抜いてきた。
「ん?」
「谷地畑勘十郎さん五十二才からで……」
「ここはメルヘンな子供のための人形館なのよさ……」
「まあまあ、いいじゃないか。お客さんだから」
呆れる雪子さんをブンちゃんがなだめながら先を続けた。
「会社でお花見の席取り係になったらしいんだが朝が苦手で起きられる自信がないんだと。で、起きられますようにって……」
「……しょうもないのよさ……。大人なんだから目覚まし十個くらいいっきにかければ起きられるのよさ……。てかなんでこのマイナーな神社に……」
「そう思うだろ?なんでだって思うだろ?子供と一緒に来たんじゃねーかな?」
怪しむ雪子さんにブンちゃんは楽しそうに答えた。春だからかブンちゃんは陽気になっているようだ。
「まさかと思うけどユカちゃんの名字は……」
「谷地畑だな」
「……」
しばらく沈黙が訪れた後、ブンちゃんが派手に声を上げた。
「親子だ!!!」
「まあ、だからなんなのよさって感じよのさ……」
「じゃあ二人まとめて叶えてやるか!」
ブンちゃんは意気込んで拳を高く上げた。
「頑張るよのさ」
「ちょっ……なんとかしてよー!」
小さな雪子さんを強引にすくい上げてブンちゃんは頭を下げた。
「なんとかって何すりゃあいいのよさー……」
「なにすりゃあって……そ、そうだ!父親と娘の夢をつないで運動会とか!」
「相変わらず発想がぶっとんでるよのさ……。なぜ運動会?」
雪子さんはため息をつくとブンちゃんの手のひらに座った。
「早く起こすなら焦らせること、焦るといえば運動会!友達ができるのも運動会だ!!」
「わけわからないよのさ……」
雪子さんが頭を抱えているとひときわ元気な少女の声が響いた。
「うんどーかい!!やりたい!!あたし、うんどーかいする!!」
「ああ……この声は……」
さらに頭を抱えた雪子さんの横で金色の髪を肩先で切りそろえている元気そうな少女が顔を出した。
ブンちゃんの腕を知らぬ間によじ登ったらしい。
瞳に光が多く入っており目が大きく見える。
「うるこ……」
「うるちゃんか!ちょうどいい!ふたりで親子の願いを叶えてあげてくれ」
「あのねー、運動会してもユカちゃんのリアル友達はできないよのさー」
「俺がさっき言った内容がユカちゃんに伝わればいいなと……」
「ああ、浅い付き合いよりもーってやつよのね?」
「そうそう」
ブンちゃんはなんだかんだ言って優しい。なんでも叶えてあげようとする。
まあ、ほぼ動いているのは人形達だが。
「仕方ないよのさ……でも、最近九十九神化……意思を持ったらしいドールうること二人はまだ怖いよのさ……。私も最近意思を持ったし、新人コンビは危険よのさ」
雪子さんはやる気にはなったが不安のようだ。
「やってくれんならひとりベテランをつけよう!いつよしくん!」
ブンちゃんが人形の名前を呼ぶとシルクハットにスーツ姿の男性ドールが現れた。
「いつよしくんだ」
ブンちゃんは楽しそうに紹介した。
「……彼はモデル人形よのさ?」
男性ドールいつよしくんは観賞用ドールのような華やかさはない。
「モデル人形というか、マンガとかデッサン用のアクションドールのが近いかな」
ブンちゃんはいつよしくんに目を向けた。身長は二十七センチだ。一般的な男性のモデル人形のようだ。特にムキムキだったりということはない。
「いつよしです。なんかパパになったみたいですなあ」
いつよしくんは表情があまりないが照れているようだった。
「彼を保護者にするからよろしく!」
ブンちゃんは笑顔で頷いた。