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百合短編『ユキアカリ』 【クリスマス編】

作者: みるきぃ

昨日書いた短編があまりにアレすぎたので浄化のために書きました。


今度はちゃんと、メリークリスマス。

約束の時間を10分過ぎた。

夜8時の駅では、クリスマスを着飾った老若男女がやって来てはすぐさま旅立つ。

一ヶ月前から丁寧に育てられたイルミネーションが、うれしげで急ぎ気味の行き交う顔を照らす。

なんだかいつもより、時間が間延びしている気がする。

特別な夜は、特別だと思う分、長い。

濃くはないけど、水の中にいるみたいに感触が存在する。


20分も待ちぼうけの私の手、たぶん保冷剤すら温かく感じる。

あいつが来るまでなんとなく触らないでおいたスマホをついに取り出した。

着信が1件。

『ユキちゃんどこ?』

10分前に届いていた。


予感というものは、前振りなんかなく唐突にやってくる。

このセリフは、待ち合わせ場所にいる人間……と、待ち合わせ場所にいると思い込んでいる人間から発せられるセリフ。

電話を入れると、ワンコール目で出た。


『もう、ユキちゃんどこおんねん。仕事帰りで汗かいてんのに、お姉さん風邪引いてまうで』


スマホを見なかったのは私の落ち度だが、それ以上の失態が向こうにはある。


「アカリ。いまどこ」


『え。えっと、おっきい電灯あるでしょ。そのふもとのとこに』


「そうじゃなくて、駅名」


『へ? 青梅駅やけど』


やっぱり。


「私は青海駅にいる」


『だからオウメやろ?』


「違う。アオミ」


『アオメ?』


「アオミ。そっちはオウメ」


『おーう、うん? なぞなぞ?』


見事にやっちまった。

これはもしかしたら、東京育ちの私が説明しなかったのが悪いのかもしれない。


電話越しの恋人は状況が理解できていないようだ。

こんなド定番のミスをわざわざ注意するのもな、といわないでおいた自分がバカだった。

アオミ駅はうちのマンションから三つしか離れていない駅だし。

よくある間違いを知らない人間は、それを防ごうという考えすら浮かばないのだ。


「私たちはいま、50キロ離れたところにいる」


『な、なんてこった。それはつまり、わたしたち、引き裂かれた恋人同士……』


「勝手に離れただけだけどね」


そっちが一方的にな。

という一言は胸にしまっておいた。


『ようわからんけど、とにかく今日はもう会えんのかな?』


「そういうこと。正確には仕事納めまで会えない」


『なんか、とても罪深いことしてしまったみたいやね』


「まぁ、クリスマス残業させられなかっただけよかったってことにしよう。こうして電話はできるんだし」


『そーそー。落ち込んでたらせっかくのお祭りも台無しや。それよりこっちはビルがいっぱいできれいよ。そっちは?』


「こっちはザ・クリスマスって感じ。豪勢なイルミネーションとサンタのコスプレで溢れかえってる」


『そっちのが楽しそうやな。はぁ、わたしもそっち行きたいなぁ』


単身赴任か。

このやりとり。

というツッコみが浮かんだのは、私にも大阪スピリッツが芽生え始めている証拠かもしれない。

なんていうと、大阪の人に怒られるのだろうか。


「そっちにバカボンパパがいるから、せっかくだし記念撮影しておいで」


『あー、おったおった。めっちゃかわいかった』


でもまぁ、こんなちぐはぐな聖夜も、一度くらいいいかもしれない。

電話があれば、こうして恋人のかわいい大阪なまりも聞けるんだし。

目の前にいない分、いっしょにいる感覚がむしろ強いとさえ思える。

なんて、柄になくロマンチックすぎるか……。


『あ。言い忘れてたけどケータイの充電がもうそろそろ切れ』


言い終わる前に、ブツリと通話が切れた。


特大のため息とともに、スマホの電源を切った。

お前らにロマンチックは似合わねえよ。

そう、サンタのおじさんにいわれている気がした。


カバンにしまってあるプレゼントは……友達か同僚に譲ろう。

高かったけど。

こんなにおもしろい思い出の前じゃ、あげてもきっと霞んでしまう。


思い出はきれいじゃなくていい。

50あたりになったとき、バカみたいに笑えるような思い出のほうがいい。

そんなことを考えてふっと笑いがこぼれると、前を通った5歳くらいの男の子がギョッとした顔で私の方を見つめてきた。

ナニ見てんだよ。

通り過ぎるまでにらみ返してやった。

……うーん、なんていうか、ダサいなぁ。私。

まわりの人にはどう見えてるんだろ。


でもこのくらいがちょうどいいんだろうな。

高価なプレゼントとか子供にやさしくとか、いい子でいましょうとか、私には似合わないよ、うん。

身の丈に合った聖夜を過ごそうじゃないか。


メリークリスマス、さっきの坊主。

プレゼント代に悩まなくていい幸せを噛みしめて過ごしな。





突然、何者かに後頭部をどつかれた。

思わず前にのめり、変なうめき声が出た。


「にゃっはは! おそれいったか、わたしの演技力!」


聞き慣れた大阪なまりが私のうしろで高笑いする。


……ああ。

どうりでベタな間違いだと思った。

あんたの考えそうなことだ。

金のかからないサプライズプレゼントだこと。


メリークリスマス。

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